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『僕がいた過去 君が生きる未来。』本編  作者: 結月てでぃ
白銀の少年の嘆く愛の願い

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夕闇が夜を連れてくる

「はい、コーヒー」

 リスティーがエディスの隣に座る。白いソファーの前に設置された長テーブルの上に、コースターを敷き、コーヒーを置く。

「ガムシロップとミルクはいる?」

 中央では見かけることがなかった水状の砂糖を勧められたが、エディスはいや、いいよと断った。

「明日で終わりね」

「ああ」

「遅刻しないでよー。作品発表するんだから!」

 しかも二つも! アンタ明日はものすっごく大変になるわよ!! と力説され、エディスは頷いた。

「まだどうなるか分からないけど、これで中尉くらいになれたらいいわね」

「……そんなに簡単にいくと思うか? 俺、軍兵器開発部じゃないんだぞ?」

「そんなの、分からないじゃないっ!」

 苦い顔をして返すと、リスティーは握り拳を作って、威勢良く言い切った。

「ね、本当にもういいの? 大丈夫なの?」

「さあなあ。どーにかなるだろ」

 頭の後ろに両手を当てたエディスに、リスティーは目を吊り上げる。

「地方に飛ばされたらどうするのよ!」

「トリエランディア大将のいる西だったら行きたいなあ」

 なに馬鹿なこと言ってるのよ! とリスティーが怒鳴る前に、親父さんがにょっと頭だけ上から出してきた。ギョッと驚いた二人は言葉を失くし、別々の方向にのけ反る。

「ミシアの野郎は元気みてーだな」

「た、大佐のことをお知りに?」

「同僚だったからな」

 ソファーの背もたれに手をつき、上半身を曲げた状態で話す親父さんの頭をリスティーが手で押し返す。

「アイツを中央に置きっぱなしにしちまったのは、俺たちの責任だ」

 二人の間に無理矢理割り込んで座り、ふいーっと息を大げさに吐き出しながら背もたれに腕をかける。目を閉じてから話し始まる。

「俺たちは皆、一人の魔物に魅入られちまったのよ」

「一人の、魔物」

 エディスが繰り返すと、親父さんはそうだ、と頭を撫でた。

「背が高いだけの、薄暗い目とボサついた髪と青白い顔をした、ひょろっちい奴だった。周りも不気味がって話し掛けようとしなかったし、ソイツも誰かと話をしようとしなかった。けれど、ソイツの力は、俺たち軍人にとっては魅力的だったんだ」

「親父さん、ソイツ……なんの魔物だったんだ?」

 深い深い闇。あの日見た、どれよりも深く濃密な闇が頭の中にぼんやりと浮かんでくる。

「癒しのヴァンパイアだ」

 あの日見た、暗い色を放つ――しかし、不思議と綺麗だった男。忘れられない人だ。大切な人を失った日に出会った、魔物。夕陽が沈んで、エディスの目に見えるようになった夜。

「癒しの能力を使わせようとしたのか?」

「いいや、違う」

 なら、なぜ? と訊こうとしたエディスの頭を撫で、親父さんは曖昧に微笑んだ。

「これは知らない方がいい。君は軍人だ」

 ぽり、と頭を申し訳なさそうにかき、

「とにかく、ソイツは凄かったんだ」

 とだけ言う。

「それでまあ、ソイツがいれさえすれば人間なんていらない、なんて馬鹿げたことを言う奴も出てきてな。軍が荒れ始めたのはその頃からだ」

 何か分からないが、凄い能力を持った魔物。そんな危険な生物を考えなしに近くに置いていて良かったのだろうか。エディスはそう思った。半分ヴァンパイアの魔力が混ざった自分がいること自体が駄目だということが分かっている。ならば、本物の魔物は殺害されてしまうものではないのだろうかと不思議だった。

「そんな危険な人を軍はよく放置しましたね」

「えっ! あ、ああ……トリエランディア大将が中央にいたからな。ローラ元帥も大丈夫だとおっしゃっていたし」

 おっとりとしているが、頼りになるローラ元帥とトリエランディア大将。この二人がいれば確かに大丈夫だったとは言い切れない。

「全体的に人任せだったんですね」

 そう呟くと、親父さんは細い目を見開いた。

「あっ、いや……す、すみません!」

 悪気があったわけではないんです、と両手を上げて言うエディスを見、リスティーがぷっと吹き出す。

「あたしと同じこと言ったっ」

 えっとリスティーを見、えっえっと親父さんを見た。ぐしゃぐしゃっと頭を撫でられ、肩をがっしりと手で覆われる。

「そうだ、だから人の手を借りたくないミシアが今変に頑張ってる。けれど、アイツのはよくない頑張りだ」

 ふーっと息を吐き出し、親父さんはエディスのコーヒーをぐびっと飲み込む。

「俺は、ローラ元帥とトリエランディア大将が頭だった時の、あの軍全体が一体になったような感覚に浸るような軍が大好きだったんだ。もう一度だけでいいから、あの二人の元で働きたい。そう、何度も何度も思っちまうよ」

 愛されている指導者。あの二人についていくのは楽しそうだ。自分も、できることならば一緒の舞台に立ちたかった。

「今の軍、元帥が誰かとか……訊いたことがないんですが、一体誰なんですか?」

「誰でもない」

「誰でもない?」

 元帥とは、軍の中心となる人物だ。全ての軍人の命を背負い、王と共に生き、民を守る。それが元帥だ。

「そんなはずは、ないでしょう」

 その元帥がいないとは、どういうことだ。どうやって軍は機能しているというんだ。

「なら、君は今の元帥が誰か知っているのか?」

「…………いえ」

 少し前までローラ元帥が亡くなっていたという事実さえ知らなかったのだ。今の元帥が誰かなど、知るはずがない。

「ローラ元帥亡き後、元帥は誰もなれなかったんだ。あの人の後を継げる人は今の軍にはいない。だから、今は、それを好機ととったミシアが中央に残ったボンクラ大将に命令を下して動かしている」

「ミシア大佐になぜ、そんな権限が……?」

「能力者の娘を軍に売ったんだよ、奴は。魔物の代用品としてな」

 能力者がいなければ戦うこともできない軍。なんと、情けないことだろうか。

「男ってのは、愛した女のためには何でもしてやりたい生き物でな、奴は面倒だ」

「はあ。愛、ですか」

 親父さんはそーよそーよ! と一人で勝手に盛り上がる。エディスは首を傾げ、リスティーは馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに息を吐いた。

「……ミシア大佐が愛した人って……」

 オヤジさんはふっと怪訝な顔をするエディスの顔を覗き込んだ後、さあ? と零した。

「人の恋愛についてなんて覚えないんだよー、悪いね」

 と言ってから、時計に目をやる。そして、立ち上がった。

「もう遅い。リスティー、送っていってやれ」

 えーっと頬を膨らませつつも、リスティーは腰を上げる。

「ちょっとだけしか送らないからね」

 そして、エディスにそう言って笑った。

「一人で帰れるから大丈夫だぞ」

「いいからいいから」

 迷ったりしねーよ、と苦笑しながらソファーから離れる。その背中を押しながら親父さんは自分の娘と、信用できるはずがない中央の人間を玄関まで連れていく。

「うちの娘に送ってもらえるのなんて、滅多に経験できないことなんだぞーう」

 などと言われ、エディスは苦笑しながらも、靴を履く。

「もう帰っちゃうの?」

 と、母が慌てて走ってくるくらいに急だった。

「あ、はい。ご馳走になりました」

 いえいえ、とリスティーによく似た美人のお母さんがにっこりと笑う。軍人でもなければ、反軍でもない彼女は、ふんわりと柔らかい雰囲気の人だった。性格は父親に似たのか、勝気な娘とは真逆である。

「また南に来たらここに寄って下さいね」

「はい、ありがとうございます」

 最後に深く頭を下げてから、リスティーと一緒に外に出て行く。外は、肌にぴったりと湿気が張り付いてくるような、むっとした暑さだった。

「急に暑いな……」

「なによ、だらしないわね」

 家を出て一つ目の角を曲がってすぐにそう呟くと、リスティーは顔をしかめた。

「慣れてないんだから仕方ねーだろ」

 あははっと笑うリスティーを蹴るフリをすると、さらに大きな声で笑う。エディスはちくしょーと言いながら、前を見る。

「本っ当、ギラギラしてるよな」

「そうね」

「でも、嫌いじゃない」

 リスティーはエディスの正面に回り、顔をじっと見た。

「本当?」

「本当」

 そっと、リスティーの手が触れてきた。エディスはそっと握り返し、好きだ、と微笑む。

「ん、よろしいっ!」

 目に痛い程の夕焼けは、黒々とした光を帯びて、若い男女の姿を包んでいた。夜がもうすぐお前たちの傍に来るぞ、そう言いたげな、不気味な笑顔をしていた。

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