永久の決意
軍からの命令によってだが、自分が殺そうとしていた人物との面会。例え主旨がそれだとしても、これは学校の友人の家に遊びにいく、というシチュエーションでもあるのだろうか。
唾を飲み込んだエディスはそんなことを考えていた。
「えーっと、なんて言えばいいんだ、こういう時」
チャイムのボタンを前にして、指を突きだしたり引っ込めたりを繰り返している。明らかに変な人物だ。
学校の制服や軍服ではおかしな人になる。かといって中央から持ってきた私服だと暑苦しい。そう思ったエディスは前日ショップで買った服を着てきていた。ただ立っているだけならば女の子に見間違える程に綺麗な少年。しかし、行動がよく分からず、他人の家を覗こうとしている不審人物になってしまっていた。
「アンタなにしてんの?」
「のわあっ!!」
いきなり肩に手を置かれたエディスは、奇声を上げた。
「普通にチャイム押して入っといてくれて良かったのに。どうしたの?」
ピンク色のキャミソールにデニム素材のショートパンツ、花の飾りがついたサンダルを履いたリスティーが、エディスを不思議そうな顔で見ていた。
「そ、そういうわけにはいかねーだろ……」
「アンタって派手なこと言うくせに肝小さいわよねえ」
呆れたように半眼で見られ、エディスは口の中でもごもごと悪態をついた。
「まっ、いーから入って入って」
そんなエディスの背をリスティーが押して、門の中に入れる。玄関の黒いドアのノブを掴んで開ける。
「おっかえりーリスティーちゅわあああん!!」
熊とゴリラを掛け合わせたような外見の大男が飛び出してきた。
「うっ、うわああああッ!」
それに正面から抱きつかれた上にひっくり返されたエディスは悲鳴を上げた。
「あんな薄着で出かけたりして、パパ心配しちゃったんだぞうー」
と言いながらも顔中にキスをしてくるのに、エディスは待て待て待て! と叫びながら男の顔を手で押さえる。
「……ん? 君、誰だあ?」
そこでやっと気づいたのか、男はすっとんきょうな声を出した。
「あたしはこっちよ、バカ親父」
リスティーがその男の背中を蹴った。
「いやー、悪かったねー」
「い、いえ……」
倒すはずだった人のあんまりな姿を見てしまったエディスは、視線を合わせられなかった。
「それで、えーっと」
「エディスです」
「エディス君か! よっしゃ、エディス君、今日はこの家でゆっくりしていきなさい!」
ソファーを叩き、がははと笑う。むさ苦しい軍よりもさらに泥臭いイメージのある反軍。そのリーダーだと思うと、確かにそんな感じがする。
「はい、ありがとうございます」
笑顔で頷くと、男は苦笑した。
「信じられねえなあ」
エディスを眺め、男は小さく言葉を零す。
「こんな子どもに殺人をさせようだなんて」
「簡単にいらない奴が排除できて便利なんだろ」
人は、自分が大切に思っているもの、愛しているものに対しては優しい。対象物が病んでしまう程にその愛情は深い。だが、大切に思わないもの、興味を抱かないものに対しては、無情になることができる。冬の凍て付く風のように、相手の体を冷やす。
「俺はここに貴方を殺しにきました」
「そして、殺さずに帰ると」
そんな風になりたくない。俺はドゥルースやシュウのように太陽になることはできない。けれど、あの時見た人が入り込むことのできない闇になることもできない。
「ええ、それ以上のものを貴方の娘さんから頂きましたので」
闇になれないのならば、光を持っているはずだ。どんなに微かで、薄い光だろうと、誰かの道しるべや灯になることはできる。
「それで中央でない所に移動させられようと構いません」
俺は死なない。誰かに死ぬ運命だと決定づけられようと、神がそれを望んでいようと。生きることを諦めない。俺が、他の誰でもない俺として達成したいと決めたことをやり遂げるまでは、殺されても死なないでいる。絶対に。
「俺は腐った軍を変えます」
絶対にだ。
「そうか」
もう何も失わない、失わせない。もう、誰にも似合わない涙なんて流させない。
「そういう馬鹿で融通のきかない男の言い草、俺らは大好きだぜ」
俺はこの国に住む人が大好きだ。どんな奴も自分の決めたルールに基づいて、精一杯生きている。生き生きと仲間同士支えながら、笑い合いながら生きている。
その人達にこんな暗いところを見せたくない。泣かせたくない。死なせたくない。笑ってほしい。隣にいる人達のために笑っていてほしい。周りを泣かせないでほしい。
俺にだって、泣かせたくない奴が少なくとも一人はいる。アイツは年上のくせに涙もろくて、甘くて、優しい。ああいう奴には、人の二倍くらい笑わせてやりたい。人の倍以上に集まってきた人達を、全員幸せにすることができるから。俺も嬉しいから。
「待っていてくれる奴がいるから早く帰りたいですしね」
「おっ、彼女か!?」
俺にはない力で包み込んでくれるアイツが好きだ。守ってやりたい、支えたい。
「いや……男です」
シュウ、お前が見ている空は青いんだろうな。
「けれど、大切な人なんです」
こっちの空は……赤黒い。




