僕が生きている理由
「死んで……?」
エディスは耳を疑った。こんなに優しそうな女性から、そんな言葉が出るとは到底思えなかったのだ。
「死んで」
「な、なんで」
「この国のためによ」
理解ができなかった。全く、この女性が何を言っているのか、エディスには分からなかった。
「正確に言うと、死ぬわけではないわ。この国と共に生き続ける」
「一体、どういうことですか」
シュアラロが横目でスッとエディスを捉えた。
「あの詩を、あなたは知っているのでしょう?」
あれ程優しく見えていた微笑みも、今はもう、そうとは見えない。
「それとどう関係が?」
「あるわよ。あれの中で描かれている天使はあなたのことだもの」
魔物はそらを飛ぶほうせきをおとし
お姫様がそれを使った
神様はそれを嘆き
白のお山にもぐり
天使を待つ
「俺が天使……!?」
お姫様に魔物、神様に天使。怪しげな登場人物ばかりの詩。
けれど、あれは事実だ。実際に母が行ったことだ。
「一体、母は何をしたんですか」
「生きる人としての罪、最悪の罪にエディスは手を染めたの」
「神様でも殺したんですか」
「ええ」
エディスは神を信じない。祈る瞬間があれば勉強し、鍛練をする。そのため、祈ることをしない。そしてその存在もあまり信じてはいなかった。
「そして、神に成り変わろうとしているわ」
だから、それの何が罪なのか全く分からなかった。
「……あのさ、その……ごめんなさい」
ぽり、と首の後ろをかき、
「俺の母親、妄想癖でもあるのか?」
と言ってしまった。
「妄想?」
何を言っているの、と顔を凝視され、エディスは固まった。
「妄想じゃないわ。神は本当に存在するの」
存在するわけねーだろ。エディスはそう言いたかった。
「はあ……」
だが、あまりにもこの女性の目が恐ろしくて、そうしか返せない。
「この国には元々、数多の神がいたの。人と共に生きる神が。しかし、別の世界から来た神を見て、どこかへいってしまったの」
神様でも陣地争いをするのか、俗物的すぎて有難味ねえな。
「エドワードくん、君は神がどこに消えたと思う?」
「空の星になった」
童話の中ではそうなっていた。現実的に考えても、そんな感じだろう。
「童話の世界ではないの」
馬鹿げたことを言うんじゃないの、と呆れた顔をされたエディスは苦笑する。
「神は人の中に入った」
白い指を顔の前に出される。
「あなたたちは、それを魔物と呼ぶわ」
「え……」
くすくすと笑うシュアラロに、エディスは呆然としたまま。
「そうよ。あなたたちが毎日楽しそうに殺しているのは、神が入っただけの人。能力者の能力は生きている人に神が入った時に貰える恩恵よ」
それも、死骸。
「これを聞いてもあなたは戦えるのかしら」
自分の困っている姿を楽しそうに見ている女性。
「それとも、これを聞いたら、生きている人間も殺せるようになっちゃったのかしら?」
「そ、んな……こ、と」
ねえ、とは言い切れなかった。きっと、いつか自分はそうなってしまうだろう。生きている人を殺そうが、死んでいる人を殺そうが、同じ人間であることに変わりはない。
だが、エディスはすぐに首を振り、その思いを払いのけた。
「魔物については分かりました。それで、母が神を殺して成り変わろうとしていることと、俺が死ななければいけないのと、どう関係があるんですか」
「あなたは、神への供物」
何を馬鹿な質問をしているの、とでも言いたげな顔をするシュアラロに、エディスは引いた。神への妄信者だ、この人は。
「あなたを捧げることで、神は傷を癒すことが出来、神はまた私たちの前に姿を現して下さるのよ……!」
肩をわし掴みにされ、エディスは引き攣った声を出した。
「何で、俺が……」
「何で? どうして? アンタが?」
小さく呟いたことに対しての反応が過剰すぎる。
「アンタの母親が傷をつけさせたんでしょう!! 子どものアンタが責任をとるのが当たり前でしょう!」
口の中で白く光る、鋭い歯。それにエディスは見覚えがあった。吸血鬼、と言う前に、エディスの肩にシュアラロがかぶりついた。
「光栄に思いなさいよ、泣いて喜びなさいよ! 世界中の誰もが代わりになりたいと言って、羨ましがることよ!」
「アンタ、頭おかしいのかっ! 正気に戻れよ、しっかりしろ!」
「おかしい? 私が? 違うわ、おかしいのはアンタの方よ!!」
肩を押して離れると、服ごと皮膚が引きちぎられた。それにエディスが床に膝をつくと、爪を首に立てられ、引っかかれる。
「アンタだけが神を見たことがあるっていうのに!」
「俺が神を?」
そんなの見たことない! と手を振り払うと、シュアラロは床に伏した。
「あるわよおぉおおぉおおアンタ魔法使ったでしょうがああ」
「魔法!?」
神が魔法で呼び出せるって、それもどうかと思う、と思いはしたが、エディスはずっと黙っていた。
「フィンティア家の奥にしまわれていた禁魔法をアンタ使ったんでしょう」
エディスは目を見開いた。
「ほらぁ……あるんじゃないの」
ガリガリと首から胸までを爪で何度も引っかかれ、血がだらだらと流れてきた。それをシュアラロが舌で舐める。
「それにアンタ、他の能力者や魔物よりも濃い神の味がするわ」
「血で分かるものなのかよ」
ぺろりと指についた血を舐めてから、シュアラロは笑んだ。
「ええ。なあに、知らないの? 私は食べないけれど、エディスは食べるわよ、人を」
「……え?」
エディスは唇を震わせて、唾を飲み込み、
「う、嘘だろ」
もう一度訊ねた。
「いいえ、本当よ。あなたの母は、魔物と能力者を主食として生きているの」
「そ、んな、馬鹿な」
「そうなのよ。そうして、神の力を自分の中に溜めて生きているの」
そんなはずがない、と首を振るエディスの頭を撫で、胸に膝を埋めた。
「ぐ、あああああッ!」
痛みのあまり、大声で叫んだエディスの顔の近くまで寄る。
「だから、あなたが殺して、神に身を捧げなさい」
「嫌だ!」
「往生際の悪い子ね」
頬を叩き、舌打ちをした。
【王の剣よ
神に捧げる者の血よ
我が命に答え
姿を現したまえ】
そう唱えたシュアラロが掲げた右手の周りに光が集まっていく。次第に収束していった光は、一本の赤黒い剣へと姿を整えた。
「さあ、王の息子よ」
エディスの右手を掴み、その不気味な剣を握らせようとする。
「これで私の胸を貫きなさい」
「な、なにを……」
「貫くのよ、この胸を」
そう言われ、握らされた剣をエディスは見た。柄も刀身も、なにもかもが黒い。そして、まるで今さっき人を切ってきたかのようにテラテラと赤い液体で濡れていた。
「そんなことができるか!」
「死骸を殺せるんでしょう? 私は今まであなたが殺してきた魔物と同じ生物よ」
叫んでも、シュアラロは表情を変えない。さあ殺せ、さあ早くこの胸を突け、刺せ! と怒鳴る顔だ。
「私の胸を突けば、あなたの中にいる魔人の力が解放されるわ」
ラグリドリス、ドゥーラグオウス、シューラアッガーシャン、イシュトギルス、アーバンラジュ、ジュジュアデア、セッチューガガイラ、グラバスイイット、ガルバディスト、ルルラルラウディー、アウガスディラウド、ジュドウアガルバンディア、ダイダラメーデ、アガランドワイス、ミレイネンジャット。エディスが召喚することのできる魔人だ。軍に入る前、フィンティア家の奥にしまわれていた魔法書にて知り、契約を交わした。
「政治の全てを担い、王の助けとなるエンパイア家、魔法の研究を任されていたフィンティア家。どちらも王家の血を強く継いでいるわ」
エンパイア家の者が、必ずエディス達の起こしたことを知っている。事実はそこから入手しなさい」
「……エンパイア?」
手を重ね、エディスに剣を握らせた。
「さあ、私を貫いて」




