白銀の少年の嘆く殺害の約束を
「いって!」
少し先から聞こえた悲鳴。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
そうっと壁から顔を出すと、3歳上の兄の怒った顔が見えた。
「……ってえー」
その前には、やたらと綺麗な身なりをした、夕焼け色の少年。それに、
「人形?」
透き通った肌をした、白銀の美しい人形が、いた。
「お兄ちゃん、ぶつかったの? あんなに早く歩くからー」
「あっちは走ってたぞ!」
緑色の髪をあちこちにはねさせた兄が顎を押さえながら叫ぶ。
「ったく、何か急ぎの用事かあ? 変なガキしょいやがって」
人形は美しかった。でも着ているものは物凄く汚かった。血に汚れても、いた。
「その人形、壊れてるの?」
ぽつりと出した言葉は、夕焼けを傷つけてしまったらしい。急に泣きだした夕焼けを見て、僕はあわてた。
「シトラス、うちの主治医を呼んでこい。俺の部屋にだ」
「え?」
状況が読み込めなくて、ぼけっと兄を見つめ返すと、強く睨まれた。
「さっさと行け! 邪魔だ」
「っ! ご、ごめんなさ……っ」
思わず泣きそうになると、人形が首を振った。
「邪魔だなんて、言っちゃ、駄目だよ」
「エディー!」
「邪魔な人、なんて……どこにだっていないんだから」
「……っ!」
だっと走り出す。
「ってて。待っててっ!」
くたりと、完全に気を失って倒れている天使のような人間の少年を後ろに見る。あの人形みたいな人を死なせちゃダメだ。
「来い」
兄が夕焼けから人形を奪って背負う。夕焼けの手を握って、家の方へと引っ張っていく。
「大人は酷い」
ぽつりと涙を零した少年に、少年がため息を付く。
「それが、世界だ」
「金は? どうせ持ってないんだろ」
緑髪の少年が分厚い封筒を医者に渡す。
「後で返」
「いらない。子どもから金なんて取りたくないんでな」
「おっ、俺と同じくらいだろっ!?」
上質のベッドの隣に置かれた椅子に座っているドゥルースが立ち上がろうとする。それを制した少年が呆れた顔をする。
「嫌だから大人の責任にして家を出るのは、馬鹿と子どものすることだ」
「お兄ちゃん!」
弟が駄目だよ、とふるふる首をふる。ぎゅっと腕を掴んでいる姿が、ベッドにいる人形とかぶって。余計に自分が情けなくなった。
「車をよこすから、帰れ。……守りたいなら、世界を変えろ」
ぽんっと頭に手を置き、ぐしゃりと髪をまぜられる。
「大人を、殺せ」
殺害でもない。冗談でもない。世界を変える。その、言葉は、
「変えたいよ……!!」
とても重かった。
これがシトラス・ブラッドの忘れた、これがシュウ・ブラッドとドゥルース・フィンティアの覚えていた、これがエディス・ディスパニ・エンパイアの知らない苦い会合だった。