白銀の少年の嘆く海の願いを
水が光に照らされる。その中で浮いたり沈んだり、掻き分けて行く人を見ながらエディスは立ち尽くしていた。
「何やってんだ? あれ」
生まれてからずっと中央で暮らしていたエディスは、人が水の中ではしゃいで、楽しそうにしている意味が分からなかった。冷たくて気持ち良さそうだとは、見ていて思ったけれども。
その背中に、そーーっと近づく者がいた。
「わっ!」
大声を出し、エディスの背をとんっと軽く押した。まさか、そんなことをされるとは思ってもいなかったエディスは見事に海の中へ落ちてしまう。
がぼがぼと水の中でもがき、半分溺れかけているエディスを見て、後ろから飛び出したリキッドが、堤防から海に飛び込む。
「エディス!」
そして、すいすいと水を掻き分けて泳ぎ、エディスを後ろから抱えて岸まで泳いでいく。
「何しやがんだよっ、この馬鹿!」
げほげほと咳き込むエディスの背をさすりながら、リキッドがリスティーを見る。
「リスティー、危ないじゃないか」
「ご、ごめんっ。まさか泳げないとは思わなかったの!」
ひとしきり咳き込み、落ち着いたエディスは石の上に手をつき、べったりと腰を落ち着かせた。
そして、蒼い目で海を見る。
「初めてだよ、こんなにいっぱいの水なんて見たの」
「中央にはないの?」
「あるわけないだろー」
何言ってんだよお前、と言われたリスティーは、だって海がないなんて信じられないわ、と言いながらエディスの隣に座った。
「ねえ、もう夏よ」
「そうだな」
黒いコートを羽織り、フードを深く被っているエディスは、ここでは完全に変人だった。
「暑くないの?」
「んなワケねーだろ」
死ぬほど暑いよと言うエディスの姿を見、リスティーは爪先をピンクに染めた指を口元に持っていった。
「溶けちゃいそうね」
「えぇ?」
「アンタは氷みたいだから、こんな所にいたら溶けちゃいそうね」
リスティーが白いパーカーのジッパーを下す。すると、中に着ている下着のような服がほぼ丸見えになる。エディスは、見てはいけないものを見てしまったような気分になってしまい、ぱっと上半身ごと顔を反らした。 「だから、早く中央に帰れるようになるといいわね」
アンタが誰も殺さないで、と付け加えた彼女の顔を見る。
「……何よ、変な顔しちゃって」
口をパクパクと開くと、リスティーはそれに小さく噴き出した。
「分かってたに決まってるでしょ、私もリキッドも」
南に来る軍人の目的なんて一つだけだもの、と言って笑うリスティーに、リキッドがはは……と苦笑する。
「アンタは望んで南に来たの?」
「ああ」
「どうして?」
「俺は反軍に家族を殺害された」
たった一人の家族、たった一つの光。あの人だけは失いたくなかった。捨てられて、傷ついて、死にかけていた俺を温かな腕で抱きしめてくれた。愛してくれた。俺なんかを家族にしてくれた。 「反軍は人は殺さない。守るためにある組織よ」
「軍と違って無償で魔物退治を引き受けてくれるんだったな、確か」
「ええ、そうよ」
エディスはリスティーから顔を外し、はっと笑った。
「んなの、できるわけねーだろ」
普通に考えて無理だ、と言うと、
「無理じゃない、やってる!」
とリキッドが叫んだ。
「武器や遠征費用はどこから出されてんだよ。個人の出費? そんなことさせるような組織なんかもつはずない。反軍の活動だって仕事だろうが。我武者羅に突っ込んで行って、後先考えないような奴は自己満足をしたいだけの馬鹿か、目立ちたがり屋だ」
淡々と言い切ったエディスの言葉に、リキッドは口を閉じる。 「反軍は資金集めのためにアンタの家族を殺した。そう言いたいの?」
「後で確かめたら屋敷の金が根こそぎ盗られていたからな」
それと、と続けようとするエディスを二人は凝視していた。
「どっかから情報を入手したのか知らねえけど、王子を誘拐して王家をゆすろうともしたな」
「嘘」
キッとエディスを睨みつけたリスティーに、エディスは嘘じゃないと言う。
「嘘よ。……軍が囲ってるから、そんなことはできないわ」
「ソイツじゃないんだ」
「え?」
水が滲み込んで重たくなったコートを脱ぎ、腰近くまである左髪を手で絞る。
「……まさか、アンタが?」
頷くと、リスティーはそれであの名前なのね! と吐き捨てる。
「お前、色んなことを知ってるなあ」
「当たり前よ。ここをどこだと思ってるの」
馬鹿なことを言わないでよ、と横目でエディスを見たリスティーは、
「あたしの父さん、殺したい?」
と訊いた。
「まあ、うん」
即答したエディスに、リスティーはそうよねーと額に手を当てた。
「でも、この七週間何もしなかった。……本当に殺したい?」
訊ねられ、髪に手をやったエディスを見て、リスティーはふっと息を吐きだす。
「そんな酷いことを言う奴は、こうよ!」
と言って、エディスを再度海に突き落とした。
また素直に落ちたエディスは深く沈んだ後、浮き上がり、リスティーに対して叫ぼうとした。
が、上着を脱ぎ、下着のような形をした小さな布きれだけになった姿を見て、バッと顔を反らしてしまう。
綺麗なフォームで飛び込み、自分のところまで泳いできたリスティーに、手を握られる。エディスはあーだとかうーだとか、よく分からない音を口から出した。
「ねえ、エディス」
「……な、何だよ」
「あたしの知ってる情報をアンタにあげる」
と言うのに、エディスは眉を寄せる。
「だから、」
「だから、ちゃんと見て、ここを。南を見て、南の人と接して」
凝り固まってたら勿体ないわよ、と笑うリスティーに、エディスは首の後ろに手を当てた。




