白銀の少年の嘆く学校の願いを
しゅるりと布ずれの音をさせながらネクタイの形を作っていき、きゅっと締める。最後に形を整え、完成させる。
「ん……こんなもんかな」
鏡で綺麗にできているかどうかを確認してから、紺色のブレザーを羽織る。それから、もう一度変じゃないかと確かめる。そして、一緒に映った自分の顔と髪を見て、ため息をついた。
「目立つ」
椅子の背にかけられたコートをエディスは手に取った。それを被りながら、一度も行ったことのない場所への期待を膨らめていた。
しかし、すぐに頭を振り、
「仕事だ」
と言った。
軍人養成学校の紺の制服。着ることのなかったその服を着た少年の顔は、薄く嬉しさにほころんでいる。
この先にある、自分の向かう残酷な行先をまだ知らず、自分は自分で作ったレールの上に乗って歩んでいるのだと、そう勘違いをしてしまっている、少年は。
「リッ、ティーは、ぱ、ぱや……っ、ぱ」
長い茶色の髪が、後ろに広がる。しなやかな体は、後ろを走るリキッドをぐんぐんと置いていって進んでしまっていた。
「リス……ぐ、うえ……」
走りすぎたのか、えづき始めたリキッドに気が付いたリスティーが足を止めて振り向いた。
「なによぉ、リキッド」
「はっ、早いよリスティィ……」
「ええー? そんなに早く走ってないわよー!」
嫌だもう、と言われてしまったリキッドは、額の汗を手で拭い、嘘だと呟いた。
「……先に行っていい?」
「い、嫌だ」
「でも、あたし急いでるの」
困らせないでよ、という顔をされてしまったリキッドはごめん、と言う。
「どうしてそんなに急いでるんだ、君は」
「転校生が入ってきたのよ」
「こんな時期に?」
「そう」
変だと思わない? とリスティーに言われたリキッドが苦笑する。
「上の階級の出で軍にツテでもあるんじゃないか?」
「そうかもしれないけど……ソイツ、マントを被って顔隠してるらしいの」
変でしょ! 明らかに変でしょ! と叫ぶリスティーに、
「変だね」
と返す。
「でしょっ! だから早く見に行きたいのよ!」
「……はい、はい」
また走り始めた幼馴染を見て、リキッドは心底ため息をつく。
「それに、あの人だとしたら」
「え?」
けれど、リスティーが何か言ったので顔を上げて何か言ったかと訊いてみた。
「なんでもない!」
と笑ってスピードを上げられてしまった。
見世物小屋だ。完全に見世物小屋だ、とエディスは心の中で呟いた。顔は見せていないはずなのに、なぜ。
教室の壁全体を覆っている見物客の視線にエディスはフードをさらに下げる。そのフードが目立つ原因になっているとは気づかずに。
「ちょっとごめん、前開けてー」
という明るい声が牢かから聞こえてき、エディスは思わず顔を上げかけた。
「ごめーん、通して」
とても聞き覚えがある声だった。
「初めまして! 私はリスティー・フレイアム。よろしくねっ」
この学校で始めてエディスに向かって、引き攣っていない笑顔を向けた。初めてそう言い、手を差し出したのは、茶髪にオレンジ色の眼をした少女だった。
「ねえっ、もう案内はしてもらったの?」
首を振ると、リスティーはエディスの手を掴み、立ち上がらせる。
「じゃあ、あたしが案内してあげる」
と言い、堂々とした様子で戸口まで歩いていく。
「前開けてー」
その姿に、周りは静かになりながら真ん中を開けた。
「リ、リスティー」
人並みの中に入り込んでもがいているリキッドを見つけたリスティーは、行ってきまーすっ! と明るく手を上げた。
「ねえ、名前はなんて言うの?」
「エ」
エディス、とつい言いそうになり、口を手で押さえる。本名を言ってしまったら、元も子もない。任務失敗に繋がる可能性もある。
「名前。知らないと呼び辛いから、教えてくれない?」
偽名、偽名。……シュウ、は駄目だし、シルベリアもダメだ。本名は教えたくない――とエディスは頭の中でぐるぐると回転させた。
そして、
「ドゥ、ドゥルース」
真っ白になった頭のままで名乗ってしまった。
「ドゥルース?」
「ドゥルース・フィンティアだ。よろしく」
と手を出したエディスに、リスティーは訝しげな表情のまま、握り返す。
「ねえ、そのコート暑くないの?」
「暑い……けど、俺光に弱いから、着てなくちゃいけないんだ」
「ふーん。まるでヴァンパイアみたいね」
彼女が肩にかけている物を横目で確認し直したエディスは乾いた笑い声を出した。
エディスはもう、彼女が何の用で自分のところに来たのか分かっていた。その上で一緒についてきている。
「あたしの剣をあなたに貰ってほしいの」
だから、彼女がこう切り出した時も、比較的落ち着いて、
「いいよ」
と言えた。
それにリスティーは、満面の笑みを浮かべさせた。




