白銀の少年の嘆く喀血の約束を
【いでよアリィード!
極寒の地に住まう氷狼よ!
我の呼びかけに答え
悲水の凍る嘆きを奏でたまえ!】
ほのかに薄水色に光る紋章。その中にドゥルースがいた。
【氷狼の王者の嘆き】
最後の呪文を唱え終わる。すると、ポンッという音と一緒に一匹の薄水色の狼が出てきた。
「よっと」
それを腕に抱えて、ドゥルースはこっちを見た。
「はい」
木陰で座っていたエディスの所まで来て、その狼を差し出す。きゅーんと可愛い声を出すアリィードはまだ子どもだ。狼の王者、というよりかは子犬だ。
「あ、ありがとうっ」
極寒の地、アイフリードで暮らすアリィードはひんやりと冷たい。
あの日から徐々に体力が落ち、顔色も少し悪くなっていき、この一年でエディスはどこか儚すぎる程の美しさを持ち続けていた。
夏の少しばかり、暑い日。上着を肩に掛けているエディスのためにドゥルースはアリィードを呼び出した。それに頬をすり寄せ、エディスは弱い微笑みを浮かべた。
「ドゥルース」
嬉しそうに微笑むエディスが好きだった。美しく、可愛いエディスの容姿が好きだった。儚く、消えてしまいそうなエディスが好きだった。俺だけしか頼る事が出来ないエディスが好きだった。
「エディー」
きゅっとか弱い体を抱きしめる。この体も、この心も、全てが。全てが、俺の物。この美しい人形が、愛しくて愛しくてたまらなかった。
そんな暴力的な思いと共に。その細い腕を。その細い首を。手を差し込めば、さらさらと音を立てて零れ落ちる髪を。寄せればしっくりとなじむ腰を。桃色に染まった唇を。か弱く儚い体を。花がほころぶような笑顔を。優しい言葉を。全てを。全てを、守ってやりたい。この腕に抱いて、優しく甘いお菓子だけを食べさせて。苦しみや怖いもの一つなく、幸せを感じさせてあげたい。
「う、ぅ……っ」
ふるっと腕の中のエディスの体がふるえる。
「エディー!?」
けほけほと急に咳き込み始める。
「大丈夫? 苦しいのか!?」
「だ……ぶ……」
口に手を当てて、しばらく息をつめた後。
「だいじょうぶ。僕は、だいじょ、ぶっ。だから……心配、しないで」
手を離して、笑う君。
「エディス……」
ごぽっと、妙な音がした。
「あっ」
ふさいだ両手から血がぽたぽたと落ちる。
「大丈夫。大丈夫」
けほけほと咳をするたびに血が。
「誰か、医者を!」
ドゥルースが周りにいる大人に叫んでも。皆冷たい目で見るだけ。
「何故だ! なんで、誰も!!」
ドゥルースと目の合った使用人――仲間――が、エディスを見る。汚い物を見る目で。
「坊ちゃま。そのような下の者と付き合ってはいけません」
そう。汚い物だ。エディスは自分のことをそう認識していた。
「なんでだよ! エディスは俺の家族だろ!?」
薄れゆく景色の中で、唯一、正確に把握できるものの服の裾を掴んだ。夕焼けが僕を見る。
どうしてそんな顔をするの?どうしてそんな辛そうな顔をするの?
「俺が、連れて行くからっ!」
ダメだよ。ドゥーが汚れちゃう。僕の汚れが付いちゃうよ。
でも、もう分からないや。世界がもう、分からない。エディスさんも、お父様も、分からない。
分かるのは。もう、ドゥルースしか、分からない。
「エディス、生きて! 死ぬな!」
エディスを背におぶったドゥルースが呼びかける。
「俺が守るから! 絶対にエディスが守るから!」
ドゥルースがお屋敷から離れて走る。いい。もう、いい。十分だ。いっぱい、いっぱい、守って貰った。
「大好きだよ。一番、大好きなんだっ!! だから、死なないで!!」
うん。僕もだよ。僕もドゥルースが大好き。一番好き。
「ドゥー、いなくならないで……」
大好きな人は、いなくなっちゃったから。ドゥーまで、どこかに行っちゃわないで。僕を、僕を捨てないで。
「ごめんなさい」
こんな言葉で許してもらえる、僕の罪じゃ、ないけど。