白銀の少年の嘆く殺人の約束を
「頑張るねー、少年少尉」
「そりゃドーモ。で?」
浅黒い肌に短い黒髪。肉食動物を想像させる男に手を出すと、ん? という顔をされた。ん! ともう一度手を突き出す。
「なんか褒賞! アンタのやりたくない事やってんだからなんかくれよ!」
「あー、やっぱ欲しい?」
「当たり前だろ! タダ働きさせすぎだ、アンタ」
「なー、苦労するよなー。だから俺はしない」
一般的に見ればいい笑顔。あまり憎まれることなくすっと人の中に入り込んでくる笑顔だ。俺も、もしかしたらこの男を好きになっているのかもしれない。コイツがミシア・マリアンヌ・ルイースで、俺の上司で、マリア元帥を殺した奴のパートナーで、俺の敵なのにどうしてだか憎めない。強引で陰湿なやり方だけど、敵を陥れたり部下の使い方が上手い。必ず自分の命令をきかなければいけない状況にさせる技術がコイツにはある。尊敬できる上司だ。最初に戦場で見かけた時は、へーっ、面白い動きをしてる奴がいるなーなんて思った。忌まわしいくらいにすごい。
「苦労するの嫌なアンタの代わりに苦労してやってんだからなんか少しくらいはくれたっていーじゃねーか。単独行動だからって軍からは俺だけ戦歴だって認めてもらえなくってボーナス貰えねーんだからさ。……俺の給料かなりヤバいんだけど」
軍師准尉が支えるべき相手の軍師がいない時に何かとてつもなく素晴らしいことをしても、それは軍の利益になっても軍師准尉本人の利益にはならない。結局のところ、軍師のサポーターでしかないからだ。今の俺みたいに頻繁に一人行動をしてるとサポーターが出張っててウザい、もしくは上司に嫌われてんだなぷぷっという感じに思われる。だから軍師に嫌われてない限りは向こうも気を使って一人だけで出ることがないようにしてくれる。それに、軍師准尉もそんな危険行動をしたいとは思いたがらない。
「じゃあ、別の仕事やってみるか?」
「別の仕事ぉ?」
「そ。難しくて辛ーいお仕事だけど、やれば今の一人仕事を無しにしてやれるし、一気に出世できるぞー」
いーだろー? な顔をする奴に想う。きっとロクでもない仕事だろうし、得するのはお前だろ。
「で、やる? やらない?」
「いや、仕事内容くらい教えてくれたって良くないか?」
今日ここに入ってきた頃からニヤニヤ笑いが止めない。……コイツと俺だと、俺の方が明らかに弱い。わざわざ自分で手を下す程もない小者にしか見えてないだろう。
「難しいことだが、やること自体は難しくない。お前自身の精神力が強けりゃ何とでもないことだ」
実際、コイツに関しての俺の行動は無知で無鉄砲だ。コイツの所に志願するって言った時のビスナルク指南官の怒鳴り声と頬にくらった一発の痛みは忘れてねえ。
「何だよ」
「不必要な市民を殺せ」
驚いた。全部、頭の中から言葉が、文字が吹っ飛んだ。何も口から発せなくなった。
「どっ、ど……っ」
何を、何を。何を言った、コイツは。とんでもないことを、言われた。言われたような気がする。
「どうして、んなこと」
体中から嫌な汗がぶわっと出てきて、体が冷たくなった。でも頭はカッカッと熱い。なんだって、そんな……自分たちが頑張って守ってる人達をわざわざ殺すようなことをしなくちゃなんねえんだ。
「そんな馬鹿げたことは反軍のやることだろーが! 軍のやることじゃねえ!」
ニヤニヤとした笑いがニマッとした笑みに変わる。へえーとでもいうような顔だ。
「なんだあ、お前、反軍なんて知ってたのか」
「し、知ってるに……決まってるだろっ。軍に勤めてんだから」
「そいつらと、そいつらに味方してる奴らを殺すんだよ。軍が守ってやると言ってやってるのに、コイツらはいらないと言ってる。自分たちだけで守れるってな」
それは、そうだ。軍に出動を要請するには大金が必要となる。そう軽々と呼べるものであない。あまりに多くの被害が出そうな場合や、商業地区、少しでも謝礼金を払うことのできる裕福な者たちが住んでいる場所になら緊急で出動する。だが、大抵は放置されることが多い。それでは、誰もが素直に支援してくれるはずがない。
「だから、殺すのか」
「ああ。余計な奴がいると他の奴まで腐っちまうからな」
軍を腐らせたのはコイツだ。こんな風に、この国で暮らす人々を苦しませるようなことをしているのは、コイツだ。
「これは軍の命令だ」
ローラ元帥亡き後、トリエランディア大将は西に引いて行ってしまった後、軍を内側から変えていったのは。
「南に行け」
自分の部下に、軍に従わない人民を殺害させているのは。
「そして、反軍のリーダーを殺してこい」
逆らえば左遷。そうすれば誰も逃げることはできない。
「了解しました」
諦めるか、それでも進むかの二択ならば、俺はどんなに見にくく歪んだ道だとしても進む方を選ぶ。それが、この名前であることの理由だ。エディスである以上、絶対に諦めない。這いつくばっても俺は生きるんだ。




