白銀の少年の嘆く再会の約束を
「開けろ」
端的で、傲慢な命令口調。ガンガンと硬い拳で強くドアをノックしておきながらのその言い草にエディスは少しだけ顔を顰めさせた。
「後数時間待ってくださいねー、今開けますから」
ひどく間延びした、ぼんやりと味の無い声だ。だけど、エディスはその声に目を見開いた。
「開けろ。扉ぶっ壊すぞ」
「えー、そんなことしたら訴えますよー不法侵入で訴えちゃいますよー」
ケラケラと実に楽しげな笑い声に、エディスは思わず言葉を口から零した。
「ジェネアス……?」
「あ?」
それに、エディスの前に立って扉をガンガンと叩きまくっているビスナルクが振り返った。
「なんでお前、コイツの名前知って」
「ジェネアス、俺だ! エディスだ!」
おっと、とエディスに扉の間に入ってこられたビスナルクは足を一歩分後ろに下げ、扉を強く叩く姿を首を傾げながら見る。
「エディス? ダレっすか、それー」
「奴隷市場で水をかけた奴だろ、お前! あんだけ盛大にかけといて忘れたとか言うなよ!?」
普通は忘れているはずだ。だけど、コイツなら。奴隷になるために人間を育てるような場所で生きていたコイツなら、覚えているはずだ。そう思ったエディスはもう一度名前を呼んだ。そうしたら、ぱっと扉が開いてカリンと痩せた少年が飛び出してきた。
「エディス!」
「う、うわ! ちょ、重っ」
がばっと抱き着いてきたのを受け止めきれなかったエディスはひっくり返ってしまう。
「……大丈夫か」
煙草の煙を吐き出したビスナルクが、エディスの右腕を掴んで起こすのを助けようとしてくれる。だが、ぐりぐりと胸元に顔を押し付けるジェネアスに邪魔され、起き上がることができなかった。
「エディス、エディス。良かったですよー。アンタもちゃんと生きてたんスね」
ぼろぼろと大粒の涙を流しながら笑うジェネアスにエディスは大げさなまでに首を振り、口を開けて笑った。
「ああ、俺もちゃんと生きてたぞ!」
小さな、小さな頃にした約束を初めて果たせたことに、心から喜びを感じて。
「エディス、コイツはちょっと前まで西で研究をしていたんだ」
「西ってことは……能力者の研究か?」
「そうッス」
紅茶の葉をティーポットに入れながらジェネアスが答える。
「支援者は一体誰が……? まさかブラッド家か!?」
「いえ、あんな衰退の見えた家の支援なんか受けてないッス。あんな汚いところの金で研究を汚したくねッスからね」 ジェネアスの言うことにエディスはうんうんと激しく頷く。
「……ストロベリィみたいになりたくねッスよ、僕」
「ストロベリィ? 友人か?」
問うと、ジェネアスが頷き返す。
「ブラッド家から支援を受けながら能力者の研究をしていた女の子ッス。尤も、ローラ様との密接な関係を知られてからは酷な扱いを受けちまって、亡くなってしまいましたが」
アイツの研究結果を見せてもらったことがあるんスけど、凄かったんスよ、と笑う。その姿に同郷の者の強さと強かさを教えられたエディスは自分の心の弱さを恥じた。
「ああ、それで……僕の支援者のことだったッスよね。僕の支援者はとりさんッス」
「とりさん?」
誰のことを言ってるのかよく分からない、と首を傾げたエディスに、ビスナルクがははっと笑った。じろっと半眼で見ると、すまんすまんと申し訳なさそうにする。
「とりさんってのは、西の最高責任者、トリエランディア・グラッセヨ大将のことだ」
「ああ、元帥のパートナーだった……」
前元帥ローラの右腕、大将トリエランディア。智にも武にも優れ、普段だけでなく戦場ででも穏やかな様子を崩さず、剣をまるで自分の手のように使い、舞のような戦いをする人だという話をよく聞いた。どんな人か一度でいいから見てみたくて、一度だけ中央に来た時にこっそり草の中に隠れて見ていたらすぐに気づかれた。怒られる? と思ったのだが、そんなことはなく、ふわりと微笑むだけだった。その微笑があまりにも元帥に似ていたものだから、それで本当にパートナーなんだな、と胸にじんわりと馴染んだ。
「能力者たちに必要になる人物たちです、何があっても頼みますよ、とローラ様から言われてたそうなんだけど……ストロベリィだけは僕も、とりさんも間に合わなかったッス」
「お前だけでも助けられて良かったよ、ジェネアス」
「嬉しくないッス、姐さん」
「そう言うな。ストロベリィはこれでいいと言っていた」
そう言われると、ジェネアスはそうッスねと言い、それきりそのことについては話さなくなった。
「エディスはまだそんなに多くの能力者に会ったことはないんだよな」
「ああ」
「じゃあ、まだ首を捻りたくなることはないって訳ッスね」
人を見て首を捻りたくなるってどういうことだと言いたくなったが、自分を押さえてないと答えるだけにした。
「能力者は外見が変わらない」
「え?」
「能力が発生したその時間のままで体の時が強制的に止まる。原因はサッパリ分かってないんスけどね」
「じゃあ、もしかして」
自分の両手を見つめるエディスを前に、二人は顔を見合わせ首を縦に振った。
「お前も成長しない。だから、シュウ・ブラッドの傍にいるんだろ?」
身を乗り出すようにして問うビスナルクの眉間には深い皺が刻み込まれている。
「なんで、それっ」
「でないと、何故ローラ様の第一予言にシュウ・ブラッドなんかの名前が出てきたのかが分からなくなるからだ!」
目を見開いたエディスを、呆れたように見てソファーの背にもたれ掛った。横を向いて息を吐き出す。
「当たらなきゃいいと思ったがな」
「ゴメン」
エディスが頭を項垂れようとする前にパンパンと手を叩く音が暗い雰囲気を吹き飛ばした。
「まーまー。だから僕のとこに連れて来たんでしょ」
立ち上がったジェネアスがにっと唇の端を上げる。
「能力者を成長させる薬をエディス用に作れってことッスよね、姐さん」
「そうだ」
それならお手の物ッス! と意外と綺麗に整頓されてあるデスクにジェネアスは向かっていく。
「能力者を成長……そんなことできるのか?」
不安げにするエディスを振り返り、突き上げる左腕を右手首で受け止める。
「西でかなり勉強しましたから。……それに、なんにしたって不可能なことなんてないんスよ!」
その逞しい姿に、エディスは顔の力を緩めた。
「そうだな」
「そうッス。だから、ちょっとお茶でも飲んでくつろいでるんですよ」
椅子に腰かけ、黙々と作業するジェネアスの猫背をぼーっと見つめる。
ジェネアスに会った頃の自分はまだ本格的なエディスではなかった。母の姿を見失ってはいなかった。そう思うと、本当に彼ともう一度出会えたことが奇蹟のように思えてくる。
「出来たっス」
すっとジェネアスが取り出してきたものを見、二人はぱちりと瞬きをした。
「……これって」
「煙草じゃねえか」
ビスナルクが自分の愛用している品を取り出し、見比べてみるが、全く同じ姿をしている。
「火をつけて吸って下さい。これなら見つかっても不良行為をしてるだけかって思われるから安心ッスよ」
受け取らないんスかー? と首を傾げられ、エディスは慌てて手に取って、マジマジとそれを見る。
「成長を促す煙を出しますが、効果はじわじわとしか出ません。もしなんかで一気に成長したいということがあったら自分に言って下さいッス」
これがアンタと別れてから俺がやってきたことの結晶ッス、とにこやかな笑顔で言われた。そして、今度はエディスが逆にジェネアスに抱きつく。
「わっととっ」
慌てて抱きとめたジェネアスは、エディスの髪をボロボロに傷ついた手で撫でる。
「アンタは何年経っても泣き虫のままなんスね……」




