白銀の少年の嘆く顔の約束を
はぁ、はぁ、と切れた息のままで走り続ける。逃げ場所を求めて走り続ける。
「うわ!」
度々人の肩がぶつかったが、すみません! と頭を素早く下げて、その場を離れる。誰にも顔を見られたくなかった。
「……エディスさん」
胸をつぶす程に自分の心を占領する、その名。まるで呪詛のように、口から零れ出す度に自分を切れない鎖で縛りつける、その名前。
立ち止まり、窓に顔を向ける。この顔も名前と同じ、エディスの心を、体を切り刻んで苛むものだ。母親そっくり、というよりも母親そのものだとしか思えない自分の顔に手で触れてみる。何度、この顔に切り傷をつけようとしたことか。何度、この顔を焼いてしまおうとしたことか。何千、何万とこんな顔でなければと考えたことか。
「女みたいな顔じゃ、ない」
先程言われた言葉が追いついてきた。女みたいな顔してるくせに、とあの男は言った。そうだ、顔。
「女の顔なんだ」
エディスさんの顔。自分の顔だけれど自分だけの顔ではない、この顔。こんな顔でなければ自分はきっとここにはいない。いや、それどころか今生きてもいないだろう。
エディスにとって、顔だけが自分を表すものだった。誰もが自分の顔だけを見、自分の顔を理解したつもりになり、顔に話す。もはや自分という存在はどこにもなく、エディスという自分の母を表すものばかりだけが残っている。
母親の顔を持っていなければ、男でなければ、と悩み続けた言葉がまた頭の中をぐるぐると回る。
「エディスさん、エディスさん」
自分を自分だと認識してくれた人はもう傍にはいない。夕暮れはとっくの昔に沈んでしまった。あるのは深い闇ばかりの、醜い自分と歪んだ世界だけ。
「エディスさん」
呪いのような存在にすがること。それだけが今のエディスを生かす方法だった。
「……助けて」
まだ、頭を抱き、小さな手を強く握り締めて泣く子どもでしかないのだから。




