白銀の少年の嘆く朝食の約束を
ガチャンと音を立ててアルミ製のおぼんを白い長方形のテーブルに置く。
「お早うございます」
一人無言で椅子を引いて座るシュウの所に、周りに座っている人達に頭を下げて挨拶をしながらエディスが歩いてくる。
「シルベリアさん、お早う御座います」
その後に綺麗すぎる笑顔を張り付かせたシルベリアが挨拶を無視してゆっくりと優雅に歩いてついていく。
「こちらにどうぞ」
シュウの座っている席の左隣と前の椅子を引いた男がにっこりと笑った。
「ああ、悪いなレイヴェン。ほら、行くぞ」
おぼんを手に持ったまま近くのテーブルで朝食をとっていた坊主頭の男と仕事の話をし始めようとしていたエディスの腕を掴み、引きずっていく。するとエディスはすみません、また後で! と慌てて頭を下げた。
「どうも」
にこにこと笑顔のままでいる男――レイヴェン――にまた頭を下げると、テーブルにおぼんを落ち着かせ、シュウの隣に腰を下ろした。すでに朝食を三分の一ほど食べ進めていたシュウはそれを横目で確認したが、全員が席に着いたのを知ると、目をふせ、大きく口を開いて出し巻き卵にかじりついた。
「いただきます」
手を合わせた後、他の三人も箸やフォークを手に取り、食べ始める。寮の朝食はバイキング形式になっているため、主食もおかずも全員バラバラになっている。
青のりを巻いた大きな握り飯にかぶりついているシュウのおぼんには、もう一サイズ大きな握り飯が二個と鯵の塩焼きに味噌汁、そしてつぶ餡がたっぷり入った白い皮がつやつやとしたまんじゅうがごろりと三つ乗っていた。シルベリアはミルクをかけたシスコーンを主食にし、シャキシャキと歯ごたえのあるキャベツとこんがり小麦色に焼いた玉ねぎの入ったオムライスと皮がカリカリのベーコンを二枚とじゃがいものコールドスープを食している。
「シュウ、塩を取ってくれませんか?」
「ん」
自分の右手の横に設置されてあった塩の入っている小瓶を投げてよこしたシュウに、物を投げてはいけませんと注意することも忘れない。とろとろに米と芋が溶けて混ざり合った芋粥に塩をかけるのはレイヴェンだ。油でテカテカに光る焼き麺に自分の握り拳ほどもある大きな饅頭なようなものに手を伸ばす。噛むとじゅわっと肉汁が口いっぱいに広がってき、顔をほころばせる。見ると、中には脂身が薄く色づくほどに煮込まれた豚の角煮とたまねぎがぎっしり入っており、ぶ厚めの皮の表面には白ゴマがふってあるボリュームたっぷりの品となっている。海老がぷりっぷりで歯ごたえが良い海老チリに、ピーマン・たけのこ・豚肉が甘辛いソースで炒められたチンジャオロースと、飲み物の烏龍茶で少しは押さえられてはいるものの、かなり油っぽいメニューになっている。
「おい、お前もっと食えよ」
その前でずっと黙って食べていたエディスのおぼんの中に入っている品を見たシュウが眉を顰めた。
「あまり物食うの好きじゃないんだ」
そう言うエディスの前にあるのは、中はふわっと外はカリッとソフトな口当たりが優しいロールパン一個とレタス・トマト・コーン・ツナのサラダ、たっぷりミルクを入れたカフェオレだけ。
「好きじゃなくても食え。他の奴の邪魔になるぞ」
もし戦闘中に栄養不足で倒れでもしたら、エディスのようなヒョロヒョロとした外見の子どもは即刻戦力外として放り出されてしまうだろう。仮にも軍人として、体が資本とする者としてここにいるのだとすれば、どんなに気分が悪くなろうとも、吐きそうになろうとも、無理にでも食べなくてはならない。
「俺は食物を摂取しなくても大丈夫だ」
あまり腹は減らないし、栄養もそんなに必要じゃない、と言うとシルベリアとシュウは微妙な顔になった。俺別に人間じゃないからさー、しんどくなったらお前らで補給するしー、と言われているようなものなのだからだ。
「そういえばシュウ。こちらの方はどなたで?」
二人して暗い気分になっていたところで、横から穏やかな声が入り込んできて、我に返ったように無理のある明るい声を出した。
「そうだ、紹介し忘れてたな。このガキはエディスだ。昨日出会ってな、なかなか話の分かる奴だからつい夜中まで話しこんじまってたんだよ」
「珍しいですね、二人と話が合う戦闘科員なんて」
笑顔でそう返され、背中に冷や汗を流しながらも知ってたんじゃねえかよと言う。
「それはそうでしょう。この方、この間ミシア大佐付けになられたことで名前流れてましたから」
この年――いや、年は関係ないか――とこんなひ弱そうな体で、アイツんとこに?
「やられたな」
とシュウが口に出すと、エディスは目を少し細めた。
「何がですか、シュウ」
「あ、いや……なんでもねえ」
シルベリアに短く息を吐いてテーブルの下で脚を強く蹴られ、レイヴェンに首を傾げられてから自分の失言に気付いたシュウは苦笑して手を横に振った。
「変な人ですみません。昇進、おめでとうございます。エディス軍師少尉」
「祝いのお言葉、真にありがとうございます。バスティスグラン中尉」
笑顔で差し出された手を握り返したエディスの顔を他の者は信じられないという顔で見つめた。
「お前、戦える、のか?」
「は?」
「お前戦えたのかって、訊いてんだよ」
「戦えなかったら戦闘科にいられないだろ」
馬鹿かお前、という顔をエディスがするのも無理はなかった。軍師少尉とは、軍の隊列の後ろから戦の様子を見、時には軍師に様子を伝え、助言をし、時には後列から敵を薙ぎ払い状況を変える役目を持つ役職である。つまりは強力な魔法攻撃を得意とする者でなければ勤まらない役目だからだ。
「だったら、何で昨日は……いや、まずお前自分のこと軍曹って」
対して、昨日任務外の戦闘をすることになったシュウとシルベリアは少し苛立ち気味の声を放つ。まだ実戦配備されていない新米がピーピー泣いて逃げ出すのはまだ許せるが、軍師少尉がそれをやったとなると、話は別になる。
「戦ってた、けど」
「は?」
「ヴァンパイアだけは、苦手なんだよ」
カァッと白い頬を薄く染め、唇に手を触れたエディスの目が伏せられたのを見た三人まではなんだか初々しい女の子を辱めた気持ちになり、別々の方向を見上げた。
「じゃあ、なにか? ヴァンパイア以外だったら逃走してなかったと」
「や、俺は逃げてたんじゃなかったんだけど」
絶対に俺を追ってくるだろうから、場所移動してから倒そうと思ってたんだよ。他の奴を巻き込みたくなかったし、アレじゃあ俺も顔見せれないだろ、とエディスの口から出てきた説明にシュウはクラッとした。
「無駄骨だったってことかよ……」
「や、助かったぜ、本当にありがとう」
助けなきゃ良かった、と言うのに悪い、と苦笑して返す。そう、助かったことには違いないのだ。
「後、昇進は今日からってことになってたんだ。だから、えっと、ごめん。騙したわけじゃなかったんだよ」
「不思議な古代言語を解読することの出来る少年がいる、という情報はそちらでも流れていたのですから、知らない方が悪いのではないかと私は思いますけどね。シュウもシルベリアも自室にこもりすぎでは?」
「随分と今日は生意気なことばかりを言うな、レイヴェン」
「ええ。貴方方が私の話をロクに聞いていないことがよく分かりましたのでね!」
シルベリアがやれやれとため息をつくと、レイヴェンはツンッとそれを跳ね除けた。
「話を聞いていない?」
跳ね除けられてしまったシルベリアは食物を口に運ぶ手を止める。
「この話は2日前にしました。その人にも会いたいとも。ですのに、二人は私の知らない所でたぶらかしたりして」
「おい、誤解だ。俺もシルベリアも別にコイツと知り合いたくて知りあったんじゃねえ」
「また、そんなことを言って! いつも貴方は人や運のせいにする!」
自分が知り合うことを選んだくせに、と睨まれたシュウが押し黙る。
「気のきかない人ですみません」
「いえ、大丈夫です。俺も好きで知り合ったわけじゃないんで」
最後に残ったパンの欠片を口に放り込む姿ではなく、その口から出た言葉にレイヴェンは固まった。
「ただ、レイヴェン中尉がいるなら話は別。会えて、凄く嬉しい」
華奢な指を組み、その上に顎を置いたエディスがにこっと愛らしい微笑を浮かべる。
「中尉さえよければ、お昼もこうしてご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
などと平気な顔をしてのたまい、首を少し傾げた。




