お前の命 尽き果てるまで共に戦おう 我が相棒よ
「は……はあ?!」
「なんでそうなる!」
エディスが口をぽっかりと開き、シュウが床を叩く。
「どう考えてもお前と一緒にいた時に使っただろうが」
「どうして俺がこんなガキのお守り役しなくちゃならねーんだ」
最悪だ、と頭を抱える奴に悪かったな、とエディスが口の中でぶつぶつ呟く。
「シュウ、お前はお守り役じゃない。いいか、パートナーとは相互助力の関係で成り立っているんだ。どっちが偉いだとか、守るだとかの関係ではないんだぞ!」
お互いがお互いのことを愛し大切にし、守り合わなければならない。世界で唯一の尊く美しい奇跡の絆なんだぞ! とべらべら喋るシルベリア。それを前にし、エディスは顔を顰めさせた。なにが尊いだ、なにが美しいだ。全く理解が出来ない。なんで俺がコイツと!?
「大丈夫だぞ、心配せずとも」
「は?」
顎をくいっと持ち上げ、シルベリアの目が覚めるような美しい顔を触れそうな程に近づけられ、エディスは後退した。
「シュウに身体を委ねればいい。そうすれば怖いことも悲しいこともなくなる」
「そうやって、俺を可哀想な子ども呼ばわりすんの止めてくんない? 同じ職場だからどっかでまた会うこともあるかもしれねえけど、俺はお前らと仲良くする気なんてさらっさらねえんだよ」
するりと這い出て立ち上がるエディスに一瞥されたシルベリアがふっと笑って子どもだな、と零したため、エディスは眉間の皺を深くさせた。 「子どもが子どもで悪いのか」
「別に悪いだなどとは言っていない。ただ、少しは周りの人にも頼ればどうだ、と言っているだけだ。お前、その態度からすると、どうせ世界は冷たくて酷い世界なんだ、なーんて思って暮らしてきたのではないか?」
「俺にだって頼れる人は過去にいた。勝手な想像で俺を語るな」
お前のその容姿はとても人を魅了しやすく、たやすく人を操ることが出来るというのに、何故それをしない? と訊かれ、エディスは首を傾げた。
「そうやって、人に頼りきった後に何がある? 俺自身にできることがあるというのか?」
ひょこっとシルベリアの前にしゃがみこみ、その頬に手を当てる。しかし、あまりにも幼すぎる少年の手は、当てるだけで、包みこむことができなかった。
「それで満足するような奴に、俺はなりたくない」
だって、と小さな薔薇の花びらのような口が微かに笑みの形を作る。
「俺は、守りたくて……頼ってほしくてここにいるんだ」
小さな身体に大きな汚れのない、子どもの夢と希望。まだ同じ子どもの領域に入るというのに、すでに自分達が捨て去ってしまった、頼りのない存在。 「だから、アンタも」
二人の様子をくだらなさそうに見ていたシュウの前に座り込み、その体に手を伸ばす。
「今はまだ子どもだから弱くて、力になれない主にかもしれないけど、頑張るから」
ぎゅっと、自分の首に抱き付いてきた小さな天使に、壊れてしまった昔を思い出させられ、シュウは歯を噛み締めた。
「いつか、頼って。苦しい時も、悲しい時も、ずっとアンタと一緒にいるから」
誰かと宜しくするために、軍に入ったんじゃない。誰かを守りたいと、自分のように大切な愛しい人を失う人を一人でも少なくするために入ったのだ。その自分が、他の誰かに守られて生きるなどということがあってはいけない。また誰かを自分の犠牲にしてしまうことがないように、強くあらねばならない。 そして、もう二度と俺と同じような目に合う奴を作り出してしまってはいけない。母のような人を出してしまっていけない。
「駄目だ、シュウ。俺の負けだ」
「俺もだ。こーいう真っ直ぐすぎる奴、嫌いなんだよ。扱いにくくて」
「言うな。戦闘科にはこういうやタイプが多いんだから」 くつくつと肩を震わせるシルベリアと額を押さえるシュウに、エディスはさっきからそんなんばっかり、と唇を尖らせる。
「分かったよ、パートナー。お前に付き合おう」
シュウが腰を上げようとする前にシルベリアが勢いよく立ち上がった。
「よし、簡易で悪いが比翼の儀式をやってやろう!」
「あ? それって聖杯の軍の神官共にしかできねえことじゃなかったのかよ」
「俺を誰だと思っているんだ。そんなもの神官を口説き落して教えてもらったに決まっておろうが」
ふっと嫌味な笑顔を満面に浮かべ、髪を後ろに払う姿を見、エディスとシュウが、
「ナルシストかよ!」
「お前はホント、何でもアリな奴だな。感心するぜ」
「馬鹿、感心すんなッ」
と引きながらも言うと、シルベリアは全く気にせず、部屋の真ん中辺りに立ち、両側に分かれている2人にこの前に来いと手招きした。それに反論するのも面倒臭くなってしまっている二人は、無言で移動し、嫌そうな顔でシルベリアを見る。
「じゃあ始めるぞ」
「いや、やり方説明しろよ」
しかし、シルベリアがにこやかに右手を上げると、両手から鋭い声が返りはする。
「本人達は勝手にどのつど方法が分かるそうだから説明はいらんだそうだ」
「んな無茶苦茶な」
「本当に教えてもらったのか? デマカセ言われたんじゃねーのか」
適当すぎるシルベリアに、二人は突っ立っているだけしかできなくなった。
「文句を言うな、本当に始めるぞ」
両手で二人の頭を軽く叩いて黙らすと、もう一度右手を上げ、目をつむる。
【我 白き杯を掲げる者が今此処に儀式開始の鐘を鳴らさん
右翼となりし者よ 我にその絆を見せよ】
「え」
シルベリアが目を開くと、そこにはシュウの前に片足を曲げてしゃがむエディスの姿があった。涼しい顔をしたエディスは、慌てて情けない顔をしているシュウの手を恭しく取り、一礼すると甲に口付けを落とす。エディスが頭を下げ、少し後ろに身を引くのを見た後、シルベリアはまた目を閉じた。
【左翼となりし者よ 我にその絆を見せよ】
「うおっ!」
「げっ、ちょ、待った! それは勘弁!」
上がった可愛くも色気もない悲鳴にシルベリアが目を開くと、そこにはエディスの肩に手を置き、覆い被さるようにしゃがみこむシュウの姿と、自分の顔に近づいてきたシュウの顔を押さえるエディスの姿があった。
【……左翼となりし者よ 我にその絆を示せ!】
語調を強くしてシルベリアが唱えると、シュウの手がエディスの手を裁き、顎を掴む。思わずエディスがぎゅっと目をつむると、右のまぶたの上に軽く唇が触れた。
【此処に一つの絆あり
神よ 此れを受け取りたまえ】
「うっ」
「痛!」
シュウは左手を、エディスは右目をそれぞれ押さえる。
【神は受け取られた
絆を持つ者達よ 汝ら永久に自身の片翼を愛し尊め
我 白き杯を掲げる者が今此処に儀式終了の鐘を鳴らさん】
シルベリアが唱え終ると同時に、糸が切れたかのようにエディスが前倒れに倒れるが、それをシュウが受け止め、ふっくらとした子どもの唇に己のそれを重ねた。が、シルベリアが隣にいたことに気付くと我に返り、
「なっ、何させやがるこの馬鹿が!」
と自分のとった行動を置いて怒鳴った。
「うるせえよ性犯罪者が」
しかし、前方から顔面に容赦のない蹴りをくらい、後ろに沈んだ。
「やりたくやった訳じゃねーよ!」
板にぶつけた後頭部を押さえ、涙目で叫ぶが、エディスはケッとそっぽを向いてしまう。服の袖で口を荒く拭う。
「最後のは明らかにテメーの意思でやってただろーが、このっ、ど変態!」
「へっ!? だ、誰がだっ」
「お前がだよ、このっ、変態!」
信じらんねえ……最低、と手の甲で口をごしごしと拭っているのを見たシルベリアがぐっと近づき、頬に手を添えた。
「お前もか」
「そう怒るな。笑っていた方が可愛いぞ」
むに、と両頬を指でつまみ、
「俺達にしてほしいことがあれば言え。出来ることならしてやるから」
と笑って言う。
それにエディスは首を振ってなにもないと苦笑する。
「アンタには十分してもらったよ」
「そうか。なら、コイツにしてもらえ」
ぐいっとシュウの着ていたTシャツの襟を掴み、引き上げると、エディスは困った顔をした。
「なにもないわけじゃないだろう?」
「お前な、勝手に」
はあとため息を吐くシュウにケチだなお前は、と睨み付ける。
「分かった、分かった。何でも言え。やってやる!」
「えっ、いや……なにもないぞ」
「言え。これだと俺が酷い奴みたいだろ」
半ば脅すようにシュウが詰め寄ると、エディスが口をぎゅっと閉じてそれをじっと見つめる。しばらくすると観念したのか、じゃあ、と切り出した。
「手を」
「ん?」
「……手を、貸してほしい」
意味が分からない、という顔をしながらもシュウがエディスの手の上に乗せると、エディスはその手を頬に当てた。ほっ、と息をついたのに、シュウとシルベリアが顔を見合わせる。
「アンタの手、ドゥーの手に似てるんだ」
「そうか」
あんな小さい子どもの手と成長した自分の手では、大分違う、似ていないだろうとは思う。しかし、シュウはそれを言えず、もどかしさに小さな身体を自分の方に引き寄せてみた。ぽん、と背中を叩くと身体が震える。
「今だけ俺をドゥルースだと思え」
と囁くと、エディスはシュウの顔を見て口を開いたが、気持ちが言葉にならなかったのか、また俯いてしまう。
「ごめん」
呟くと、勢いよくシュウの胸に抱きついた。胸が湿って、熱くなるのを感じながらもシュウは手触りのいい髪をゆっくりと撫で続ける。
なんで、アンタみたいなのがドゥーに似てるんだ、とエディスは心の中で呟いた。
「寝てしまったな」
「そうだな」
自分の膝を枕にして眠るエディスの頬をつつくシルベリアの手をシュウが叩き落とす。あの後、しばらくしたらエディスの身体は全く動かなくなり、体重をほぼ預けられていたシュウがやけに重いな、と思い確認してみれば目を閉じて寝てしまっていたのだ。
「ねえねえお父さーん、この子どうするの?」
「どうするもこうするもないんじゃないか、お前さん」
擦り寄ってくるシルベリアの肩に頭を置くと、シルベリアがその頭の上に手を置いてきた。
「また、うるさくなるな」
目を瞑って落とすと、シルベリアがもう片方の手で俺の手を強く握る。
「心配するな。俺達はもう一人じゃないんだ」
「うん」
「なにがあっても、大丈夫だ」
「うん」
薄く目を開け、エディスの小さい手を握ると、微かに握り返してきたのにどうしても顔が崩れてしまう。
「ずっと、一緒にいるから」
シルベリアの言葉が、ぼんやりとした頭の中に自然と入ってきて、それに反射で頷いた。そう、ずっと一緒にいる。お前の命が尽き果てるまで、共に生きよう。




