白銀の少年の嘆く真相の約束を
「二人共、ドゥルース・フィンティアという人を知っているか?」
「フィンティアァ?」
「そう、フィンティアさん」
いきなりなんだ、という顔をするシュウと、眉を顰めるシルベリア。
「悪魔か」
苦い物を食べたような顔をしてシルベリアが言葉を落とすと、それを聞いたシュウがは? と言った。
「フィンティア候の子だろ。母の腹を破り出た、悪魔と契約した悪魔の子ども」
「何言ってんだお前、同じ貴族だろーがお前」
シュウがもうちょい発言慎めよテメエ、とシルベリアの頭を手の甲で叩き、シルベリアは邪魔だとシュウの顔を手で押す。
「確か、月の夜になると人の内臓を求めて歩き回るだとか。フィンティア家はコイツを殺害するために来た軍の人間を返り討ちにしようとして滅ぼしたっていう噂が一時期流れていたな」
「あ? それって赤き雨降る日のことか? 何かで中将に鎮圧の命令が来て大騒ぎになった事件だったよな」
「そうだ。トリエランディア中将が行った時には全員死亡していたらしいが。けど、あの悪魔の死体だけは土掘り返しても見つからなかったらしい」
「中将は仕事の話は絶対に誰にも喋らねー人だから、勝手に作った話かもしんねーぞ」
エディスは呆然となった。あの事件は自分のせいだったというのに、そんなことを言われているとは、ドゥルースのせいになっているとは知らなかったのだ。
ドゥルースと離れてから、ドゥルースについてのことを自分以外の人の口から語られる彼のことを聞きたいと思ったことは一度もなかった。だから、他人から悪魔という悲しい呼び名を付けられていることに腹の底が煮えるような気分に襲われた。彼に、会いたくなった。勝手にそんな名前をつけた奴の顔が歪む程に殴りつけたくなった。小さな弱い自分と一緒にいてくれた、たった一人の愛しい人。エディスにとっては夕焼けのように優しく温かな、ドゥーに。
「違う、ドゥーはそんな人じゃない。勝手に話を作るな」
この二人に怒っても仕方がないというのに、口から言葉が滑り出ていた。
「ああ、俺は分かってる」
なにが分かっているんだ、と先程から話に茶々を入れていた男に目を移す。
「一度会ったけど、そんな怖くない」
「また、危ないことを……」
「そんな危ない奴じゃねーって。なんか変な奴だった」
「それもちょっとなあ」
シルベリアは苦笑するが、エディスは握り締めていた拳を緩めた。エディスは、シュウがどういうのか、耳の神経を尖らす。まるで、耳が息をしているように感じられた。
「あれは多分、奴隷だろうな。ボロボロの服着たガキしょって歩いてた。金も持たずに馬鹿みたいに助けたいんだって泣いてたよ。悪魔ってのは、周りが勝手に言いふらした噂だったんじゃねえのかな。少なくとも、俺には優し……甘っちょろいガキにしか見えなかった」
「同じ年だぞ」
シルベリアは呆れた顔でそう言ったが、エディスは凄く凄く嬉しかった。本当のドゥルースのことをちゃんと知っている人がいた、ドゥルースを優しいと言った。ドゥルースは、皆が知らないだけで、本当に優しいんだってことを知れて、笑顔がこぼれた。
「一応、二人共知ってることは知ってるけど、ソイツがどうした」
シュウとシルベリアに見つめられ、エディスは口を開く。大好きな人と暮らした日のことと、その後のことについてを伝えるために。
「俺がエディスさんと暮らしたのは、奴隷市にいたほんの数ヶ月だけだ。エディスさんは誰かに……多分、父に買われて市から出て行き、俺も別の人に連れて行ってもらった」
「それが、ドゥルース・フィンティアか」
「そうだ。ドゥーは俺に家族になって欲しいって言ってくれた。さっき、シュウが言った通りの、優しくて温かい人だった」
そこまで言うと、シュウからの視線が鬱陶しくなってきて、エディスは眉を顰めた。
「なんだよ」
「もしかして、お前が?」
「そうだ、多分ドゥーと一緒にいたのは俺だと思う。他の使用人はドゥーを怖がって寄らなかったから」
「身体は……」
と聞いてくるのにそんなことはどうでもいいと首を振る。それは、もう少し後のことだ。
「さっき、ドゥルースを殺すために軍がって言っていたけど、それは全くの嘘だ。そういう風に見せただけで、あれは軍の制服を着た反軍の仕業で、狙いはドゥーではなく、俺だ」 「反軍が? 何故」
「そんなの知るか。あん時は俺もガキで頭が回らなかったからそこまで聞いてねーんだよ」
「お前が目的? いくら高値で売れそうな奴だとはいえ、そこまでするか?」
相手は貴族だぞ、と首を傾げていると、シュウが馬鹿かお前らはと呟いた。
「あのな。ガキ一人くらいじゃそんなに利益ねえよ。狙いは王族との繋がりだ」
お前は人の値段まで分かるのか、という顔をシルベリアがするが、その冷ややかな視線を無視して続ける。
「お前がティーンス王家の者だって知っていたなら、お前を人質にとって王家を軍じゃなくて自分達のテリトリーに巻き込むことができる。だろ?」
「確かにそうだが、どうやって奴らがそれを知ったんだ。軍どころか貴族すら知らなかったというのに」
「奴隷市からに決まってんだろ。女王と一緒にいた同じガキなんて怪しいだけじゃねえかよ。それ追えばいいだけだろ」
「あ……ドゥーッ」
そう言われ、エディスは顔を暗くさせた。やっぱり、自分がいたからなのだ。自分が家族になりたいなんておこがましいことを願ったから、ドゥーが殺されてしまったのだ。
震える手を口元まで持っていき、目をぎゅっと閉じる。が、十秒もたたないうちに目を開ける。
「俺はそこで金の瞳をした癒しのヴァンパイアに会った」
指に勢いよく噛み付くと、じんわりとした痛みと共に皮膚が千切れていく。シュウの抗議も聞かず、皮膚が千切れた左手の一指し指を目に擦りつける。
「もう分かっているだろうけど、俺は半ヴァンパイアだ」
血紅玉の天使だなんて、魔物につけるべきでない浮かれた名称が嫌いなエディスの右目は、真っ赤に染め変えられていた。
「二年前までは兄と一緒に暮らしていたけど、今は寮に住んでいる。戦闘科治安維持部に所属しているエディス軍曹だ。王族からの支援を受けている」
「卑怯な奴だな」
「勝手に言え。俺は戦闘科なんだ、支援を受けてもらっても死ぬもんは死ぬし責任は自分でとる」
フンッとそっぽを向く子どもにシュウとシルベリアは苦笑する。
「今俺が話したことを信じるかどうかは全て自分で決めてくれ。別に信じて欲しいと思って話したわけではないからな、俺は」
これで終りだ、とエディスが投げ捨てるように言うと、シルベリアはそうか、と頷き、シュウは毛を逆立てる猫のように吠えた。
「終わりだ、じゃねえよ! さっきのは何だ、魔法か!?」




