白銀の少年の嘆く紹介の約束を
「あー、やっと一息つけたなー」
どっかりとクッションもなしに座り込む。
「さて、と。話をするか」
それを見ていると、長髪の男に優しく頭を撫でられた。
「ああ」
いつも信頼できるのは自分一人。この目で全てを確かめなければならない。
「そっちからだと話しにくいだろうから、こっちからな」
青年がココアの入ったカップを床に置いて、口を開いた。
「俺は軍兵器開発部所属にしている。シュウ・ブラッドだ」
よろしくな、は、いらない。
「ブラッド?」
エディスも、よろしくな、がないことよりもシュウの苗字に眉を曇らせていた。それって、か、まさか。何か言葉を繋げようとしたが、男にふさがれる。
「ああ。色ーんなトコで見つける家な。医療器具から殺人兵器まで、ぬいぐるみから大人用の人形まで。子どもから大人、男から女まで幅広い方の手にお望みの商品をお届けする商売人の一家だよ」
ベッドの傍らに置いていたライフルを手に取って放り投げてきた。それを抱えるようにして受け取る。ズッシリとした重みがあった。金で囲まれた盾の中に丸いフォルムの銃が浮かんでいるマークが銃身に彫られていた。
「よく見るな。なんにでもついてる。いい商売をしてる」
投げ返すと、シュウは手首で回して跳ばし、最初と同じベッドの傍らに戻した。
「まあ、上の連中からするとこの国一番の成金だがな」
「貴族か」
「ああ。商売にしろ、軍にしろ、全てが全て貴族が上になっている。貴族の手からはずれ、自分勝手に振舞えるのは王族とブラッド家くらいだ」
心底嫌そうに長髪の青年がため息をつく。
「それ以外の奴は、貴族に媚びなければ上に行く事ができない」
今度は二人揃って、盛大にため息を。
「面倒臭いことだ」
数秒だけ口を閉じると、シュウが首からタオルを掃った。
「俺のことを言うと、まあ、そうだな。一応人間だ」
くい、と今度は普通の人間の形をしている耳を引張る。
「数年前に狼男に遭遇した時に呪いをかけられちまったな」
「呪い?」
「さっき、見ただろ」 ぶらぶらさせる手と、引張っていた耳。
「雨の日だけ、あんな風になんだよ」
爪は便利な時もあるからいいんだけどよ、とシュウはぶすっとした顔をした。
「それが呪いか」
長髪の青年の腕の中から出、シュウの前に膝立ちになる。シュウの首の左側。蜘蛛の足のような、傷。それは獣の爪痕に見えないこともなかった。
「試してみるか……」
ふぅ、と息を吐いてすぐ、エディスはそこに唇を押し当てた。ぎょっとして目を見開いたシュウと、それを鋭い目で見るシルベリア。
「あー、強い呪いだな。無理だわこれ」
ぺろりと首を舐めて血を拭い、唇を離したエディスを少しの間シュウはぼーっと見ていたが、すぐに戻り、
「なにすんだ、このガキ」
「あで!」
ゴンッと頭に拳骨を一つ落とした。
「噛んだりしたら痛いだろうが!」
「解呪してやろうと思ったんだよっ」
殴られたところをこするエディスを、シルベリアが苦笑して見守る。
「まあ、そんくらいだ」
もう終わる! とでも言いたげな、不機嫌な様子でシュウが背後の壁にもたれかかった。
「なら、次は俺だな」
エディスは話し手に背を向けているのもどうかと思い、向きを変える。
「俺の名はシルベリア・レストリエッジ。地位は少佐だ。シュウと同じく軍兵器開発部に所属している。まあ、やっていることは全く違うんだがな」
「俺は主にアンドロイドなどの仲間を作ることをしている。後はまあ、得意分野じゃねーが、銃とかの武器もな」
アンドロイド。半年ほど前にいきなり軍兵器開発部が熱心にやり始めた研究の一つだ。ある程度理解できる頭は持っているが、それでも開発部の一員ではないエディスが説明を聞いても、あまりそう簡単には理解できない仕組みで出来ていた。人工の髪の毛に人工の皮膚に人工の眼球。それをはめたり貼りつけたりするのは、重い金属だ。内臓の代わりにつまっているのは大量の螺子だったり、歯車やら金属板だそうで。本当によく分からない。エディスとしては硬い硬い金属を耳鳴りがしそうなほどに削るよりも古文書の一つでも読んでいた方が確実に有意義な気がする。
「俺はそうだな、魔法装置や生態研究を主にしている」
魔法装置? とエディスが首を傾げる前にシュウが、
「馬鹿野郎!」
と大声を張り上げた。それに、え、なんだ? と驚いて見ると、後ろのシュウも前のシルベリアも口をおさえて視線を下にして、顔をしかめていた。しまった、の顔だ。
「忘れてくれ」
「無理」
できれば忘れてやりたいところだったが、あいにく人よりも大分記憶力はいい。だから無理だ。
「悪い、シュウ」
「……馬鹿」
シュウが片膝に顔をうずめて、はーっとため息をついた。それから低い声で
「口外、しないな」
「まあ、しないけど。後でちゃんと提出はするんだろ?」
壁にもたれかかるようにし、シルベリアが上半身を起こした。
「残念だが、魔法装置はまだ研究に入ったばかりの物だ。なにしろ、資料が一つもないのでな。最初から自分達で考えながら作らねばならないのでな」
ふーっとシルベリアが肩を少しだけ浮かせ、目を閉じた。
「なにに使うかも決めていない物を上に提出するのは、こちらは避けたい。むやみに期待させてしまっても悪いからな」
「っつーわけだから、大人しく口を閉じてろ。いいな」
冷静に物を見ているシルベリアと違い、カッとしやすい性格らしいシュウは、エディスを指差し、自分にできる精一杯怖い顔をして言った。
「ハイハイ、りょーかいしました。少尉殿」
雰囲気が和らいだのを感じ、シルベリアが再度口を開いた。
「もう一つの生態研究は……まあ、魔物だったり、能力者だったり、半魔物なんかを調べているだけだ。民間の調査期間の大規模バージョン、といったところだ」
「え? それって事務部の仕事じゃなかったのか?」
能力者、その名で呼ぶ者は少なく、多くの者は侮蔑を込めて『生物兵器』と呼ぶ。一人一人、不思議な力を持っているため、戦闘にて活用され続ける。兵器、という嫌な言葉がついていることから分かるだろうが、武器として扱われている。かといって、非人道的というまでの扱いを受けてはいない。何故人間がそんな力を持ってしまったのかは未だ不明だ。一切の書類が残っていないことから、救星の世の後の現象だということと、魔物に原因があることだけしか分かっておない。どうしてだか、全ての能力者は魔物に襲われた時に自分の中の力に気付いたのだという。だが、魔物に襲い掛かられても、能力が開花せず餌食になってしまう者が大半だ。研究者にとって頭を傾げることばかりだ。
軍における人間兵器の種類は二つある。一つは一人の人間と共鳴することで兵器化し、能力を発動させる憑人タイプ。もう一つはどの人間とも共鳴することができる兵器タイプ。兵器タイプの方が人数的に考えると人数が少なく希少だが、能力の種類を見ると、憑人タイプの方が上だ。
「事務部にやってもらっているのはそれのファイリングや管理だ。調査は開発部の仕事だ。時々、医療部に手伝ってもらうこともあるが」
へえ、とエディスは息のような声を出した。まさか医療部が開発部と手を組んでそんなことをしているとは思ってもいなかった。なるべく近寄らないようにと気を付けていたから、というのもあるが。他の部署――特に医療部以外――とはあまり交流を持たないでいる戦闘科とは違い、開発部は随分と親密な関係を各所に持っているようだ。
「俺はただの人間だ。まあ、身分はコイツと違ってあまりよくはないが」
「シルベリア!」
シュウが目を吊り上げるが、シルベリアに片手で押さえられてしまう。
「俺は、まあ、なんだ。簡単に言うと没落貴族というやつだ」
「珍しいな」
くすっとシルベリアがため息をついているシュウを見て笑う。
「この貴族さま、王族さま、万々歳! な所で没落するのは珍しいな。まあ、別に本当に貴族としての地位を剥奪されてしまったわけではないんだが、それに近い感じではある」
かろうじて俺が支えている、とシルベリアだけが明るく言う。
「ま、今に見ていろ。また昇りつめてやるから」
随分と簡単に言うが、そういえる自信よりも上の力を持っているのだろう。先ほどから、シュウとは違い、なにを言っても姿勢が揺らいでいない。
「そんな感じだ、よろしくな」
腕を組み、妖艶な笑みを浮かべる。シルベリアはそんな表情やしぐさがとても良く似合っていた。腰までの長い髪は白色――というよりかは、光の加減にとって色が変わってしまうので、極彩色といった方がいいだろうか――をしている。瞳は美しい月の光のような、淡い金色をしている。鼻梁は高く、睫毛は恐ろしく長く量が多い。唇には黒っぽい赤色の紅をつけていた。女性的な容姿だが、凛とした、誰も近寄らせはしないオーラが確かに男なのだということを知らしめていた。
「よろしく」
くすりと微笑む、気高い薔薇のようなシルベリア。ぶすっとしている、優しさを内面に閉じ込めた黒百合のようなシュウ。
「よろしく!」
エディスはシルベリアに手を差し出して、照れくさそうに笑った。




