白銀の少年の嘆く元帥の約束を
「ハイデちゃん、お久しぶりね」
ふわふわとした、薄い金髪の髪に澄んだ黒の瞳。可愛らしいデザインのツーピースに、すらりと細くて長い足には花柄のタイツ。笑顔が可愛い、十六歳くらいの女の子だった。
「ローラ様、いきなり呼び出したりして…すみません」
「いいわよ。一段落したところだから」
仮にも元王子であるハイデをちゃん付けにし、様呼びをさせる人。いったい、誰だ?
「あら?」
じっと廊下から顔だけ出して、こっそり見ていたら、その人と目が合った。
「やだっ、とっても可愛い!」
「えっ? うわあ!」
目が合った瞬間、ふんわりとした柔らかいものに包まれた。
「え? え?」
抱きしめていたのは、目が合った人で。
「なんで?」
「ただ、歩いただけよー」
くすくすと笑うその人が、魔物と同じに見えた。
「ハイデちゃん、この子可愛いわね」
「あげませんよ」
「えー。いいのかしら?」
くすっと最後に笑う。
「ね、エディスちゃんって呼べばいい? それとも、エドワード?」
「……エディスで、いい」
「そう。なら、エディスちゃん。私とちょっとお話をしましょう」
「はい」
「私が聞くことに、心の底で出した答えを返してね。私、嘘付きは嫌いだから」
応接間の豪華すぎるソファーにゆったりと座り、紅茶を喉に通す。
「軍に入りたい?」
「はい!」
優雅だというのに、全く隙がない。
「どうして?」
「……もう、お……私のような者を出したくないからです。世界平和だなんて言いません。できればもう、人が死ぬのが、大切な人が死ぬのを、悲しむのを、見たくないんです!」
「愛しい子ね」
優しく、甘い声が掛かって来る。
「私には、貴方の思いを止めれないわ。もし、貴方が軍に入るとどうしてもいうのならば、大人になりなさい。そして、子どもでいなさい」
「……大人なのに、子ども、ですか?」
「ええ。軍は大人でしかいられない。でも、その今の気持ち、子どもの気持ちも覚えておきなさいってことよ」
頭を撫でられ、気持ちがほっとしてくる。ほろほろと落ちる涙を柔らかいハンカチで拭いてくれた。
「私を、お母さんだと思って。もう一人のお母さん。……でも、年齢的にはお婆ちゃんねえ」
「そんな、まだ若いのに」
「あら、嬉しい。でも私はもう八十も越えたお婆ちゃんよ」
くすくすと笑うのは、少女。
「……え?」
「ふふっ」
少女の姿を取った、お婆様。
「私の名前は、ローラ。W.M.A、黒杯の軍元帥を勤めさせて頂いているわ」
「あ……アンタが!?」
「ええ。ビックリするでしょ」
にっこりと微笑み、頬に手を当てる。
「軍にっ、軍に入れて下さい! お願いしますっ!!」
「いいわよ」
がばっと頭を下げる。が、あっさりと許可され、くずれかけた。
「でも、条件があるの」
「なんでも、します! お願いします!!」
透明な目を、曇らせることをしたくなくて。でも、この瞳を汚すこともしたくなくて。もし、この少年が私を越えられるなら。越えようとするには。
「私は、もうすぐ死ぬわ」
どうすれば、いい?
「私は、近い将来に殺される。元帥だって、永遠に強いわけじゃないわ」
そっと、ローラが自分の胸に手を置き、瞳を曇らせる。
「こんなお婆さんだもの。嫌がる人もいるわ」
どうすれば、私は楽に死ねる? せめて最後だけでも、安らかにいけるのかしら? そんなことは、望んではいけないのだけれども。
「私が、この先生きていけたら、仲間にしたいと思うような子がいるの。でも、私は生きていられないのかもしれないから。もし、私が生きていない場合、次の元帥に、この子達を任せたいの。私の代わりに国を変えて欲しいの」
そこにいるのは、元帥という、過酷な人生を血だらけで走ってきた軍人ではなかった。ただの、人間、一人。
「いいかしら?」
ふわりと微笑んだ顔が、悲しげで、疲れていて。
「……勿論です!」
元気になって欲しくて、大きく頷いた。
「じゃあ、教えるわね。デュー・アネスト、この子は女の子よ。頼りになってくれると思うわ。シュウ・ブラッド、こっちは男の子。貴方より少し大きい子だけど、今はまだ会えないと思うわ。……弟さんに気を付けてね。ビスナルク・クローレッツ。多分、すぐに会うことになるわ。あ、この人は女の人よ。アーマー・バスティスグラン。この子も女の子よ。できればお兄さんと一緒に仲間になってもらうとさらに心強いわ。最後は男の子で、シルベリア・レストリエッジ。とっても頭のいい子よ。もっと先で出会うことになると思うわ」
「……まるで、未来が見えるみたいだな」
すらすらと話す彼女を見て、ぽつりと呟いた。
「未来を読む能力。この力が私を元帥にしてくれたのよ」
「能力?」
「人は、神様に愛されているわ。その神様以外に愛されている人が貰う、特別な力よ」
神様神様。貴方はどこにいるんだ。
「神様」
口に出すと胸がつきんと痛くなる。この痛みは、なんだ。どうして俺は怖がる。
「……神様」
愛してるに、とても似ている気がした。
「それじゃあハイデちゃん。私は帰るわね」
「はい。わざわざ有難う御座いました」
にこやかに笑うローラにハイデが頭を下げる。
「元帥!」
「はい、なんですか?」
中腰になり、背の低いエディスに目線を合わせる。
「俺、絶対にやってみますから。誰にも譲らないで、待っていて下さいっ!」
「待たないわ」
「え!」
「女の人は、あんまり待たせちゃ駄目なのよ。すぐに追いついて来なさいな」
くすりと笑って、片目をつぶる。
「はいっ!!」
慣れない、初々しい様子で敬礼するエディスは隣で見ていても可愛らしい。
「ハイデッ!」
「なあに?」
「俺、頑張るよ!」
ふわりと笑う弟に。一緒にいて、と。もう辛い思いをして欲しくない、と。抱きしめて離したくないと思うのは、いけないことなのだろうか。
だけど、今は君が幸せになれるように祈ることだけをするよ。




