白銀の少年の嘆く家族の約束を
それから、また半年が過ぎ、僕は六歳を越えていた。そして、僕はもう、諦めていた。
真夏の――と言ってもこの国は一年中寒いのだけれど、それでも少し暑い日――僕はついに売りに出されることになった。
「六歳までに」
まんまるお日様が笑ってる。お前は嘘を信じてたんだよって。
「お父様……エディスさん」
エディスさんも、嘘だったのかな。僕が作った、嘘の人? ふいに泣きそうになったとき、僕だけに涙が降った。
「え?」
急にずぶぬれになって、目をぱちくりとさせた。
「つめた……」
「おーい! 大丈夫ッスかー!?」
たっと寄ってきたのは真っ黄色の長い髪をした男の子だった。顔を泥とで汚した、汚い格好。
「あー、随分濡れちまったッスね、お前さん。ま、夏だからすぐ乾くッスよ」
ごしごしと顔をふかれる。つんっとした、汗の匂いがした。
「あ! もしかしてお前、今日の大目玉ッスか!?」
「う、うんっ。多分」
「うわーっ、さっすが! 僕らとは違うッスね!」
にこにこと笑っている。
「僕も今日、出るんッスよ」
「そうなのっ!?」
「どうせ安くたたかれるッスよ」
今度はけらけらと。とても楽しそうだ。
「でも僕、奴隷に納まるつもりないッスから」
「え?」
「絶対、偉くなってやるッス! 奴隷なんかで人生終わらせてやらないッスよ!」
ぐっと少年が拳を天に向かって繰り出す。届かない、場所。
「僕はジェネアス! お前は?」
「エ、エディス……!」
にかっと笑う。拳を突きだしてきた。それにちょっと拳をあわせる。
「じゃっ、また生きて会おうッス!」
「うんっ」
その言葉が本当になると、その時の僕らは思ってもいなかったけれど。
「大丈夫?」
ずぶぬれになった、水のしたたる髪に手を触れられた。
「寒いでしょ?」
と言って、その人は着ていた上着をかけてくれた。
「あ、あのっ」
「なあに?」
ふわりと微笑まれて、いたたまれなくなる。
「だ、駄目だよっ。これ……」
上質の布で作られた上着を返そうとする。だけど、その人は首を振って受け取ってくれない。
「着ててよ。こっちが寒くなるから。見ててさ、辛いんだよね」
「あ……」
ずぶぬれの体を抱きしめる。冷えた、感触。
「ねえ。君、今日売りに出される子?」
「え? う、うんっ」
こくこくと頷く。
「だったら、俺と一緒に来ない?」
手を差し出される。その手も、この上着みたいに温かいのだろうか?その手を、取りたい。でも、その手を取ったら、もう”エディス”さんとも、”お父様”とも会えなくなる。
「あの……ご」
「ねえ。俺寂しいんだ」
その人が俺の前にしゃがむ。この人は綺麗な服が汚くなるのを気にしないんだろうか?
「俺とさ『家族』になってほしいな」
「かぞく?」
なんだか、優しい言葉。
「そう、家族。父様、母様、俺もいるから兄様。それにお手伝いさん達」
「お父様、お母様」
「新しい、家族はいらない?」
首を少し傾けて。じっと見られる。
「……新しい」
家族。お父様、お母様。家族は、変えられるものなの? 家族は、お金で買えるものなの?
エディスさんは本当にいたの? それとも僕が生み出した作り物の人? 僕は、僕を誰も迎えに来てくれない。来てくれないお父様に、僕は捨てられたの?
「しい。ほしい、よっ」
もし、僕がお父様にとって、いらない子で。この人にとって必要な子なら。
「あなたの、家族になりたい……」
僕は、エディスでいよう。エドワード・ティーンスなんて。ずっと前に、エディスさんと別れたときに死んじゃってたんだよ。
「うん。じゃあ、おいでよ。絶対にお父様に勝ち取って貰うから!」
ぎゅっと抱きしめられて、涙が零れた。
「俺はドゥルース。君は?」
嬉しかった。でも、
「僕は……僕の、名前は」
でも、
「エディス」
苦しくて、悲しくて、寂しかった。