独りよがりの指切り
『もっと――たかった』
そう、なにかを言った君はもう傍にいない。銀色の扉の中で、静かに眠っている。
「じゃあ、手短に確認するわよ」
聖杯の塔の前に立ったリスティーの声に、集った仲間が頭を頷かせて元気よく声を出した。
「ジェーくん、準備はいい?」
「ッス」
「エドくんと、シトラスさんも?」
「はい」
「ええ」
リスティーは、自分の隣に立つドゥルースを見上げ、
「あなたはお留守番ね」
「……わかってるよ。万が一、だろう」
「ごめんなさい。だけど、エディスの体にもしもがあるといけないから……」
「ここで帰りを待っているよ」
頭に手を置くドゥルースに、リスティーは必ず連れて帰ってくるからと言って、前を向いた。
「ルシリアくん」
「はーい」
「今は別の国に属してるのに、このために帰ってきてくれて、ありがとう」
「やっ、ええんです。あん人には恩もあるんで」
ありがとう、ともう一度言ったリスティーはドゥルースに目線だけを送る。すっかり明るくなって扱い辛い、というドゥルースの意見に、リスティーは賛成だった。
「着いたら、まずルシリアくんとあたしで十六魔人の結界を解く。その後、エドくんとジェーくんも混じって全員で、ドア自体の結界を破壊。内側の結界はそれで壊れるはずだわ。そうしたら、エディスを保護した後で……中の化け物を殺す。いい?」
「はい!」
力強く返事を返した面々を見渡して、リスティーも頷き、背を向けた。
「じゃあ、行きましょう」
塔の門を開き、ギールに言って無人にしてもらった中へと入る。真ん中に設置されている螺旋階段をリスティーを先頭にして上っていく。
無言で駆け上がり続けていると、上から光が差し込んできた。顔を上げると、銀色の扉が見えてきている。
「ディー兄さん」
エドワードの呟きに、ドアよりも五段程下にいるギールが振り返った。
【空を翔る 竜王よ
彼の嘆きを聴け】
リスティーがギールの後ろで立ち止まり、星を模した紋章を描く。
【空を舞う 精霊よ
彼の鼓動を聴け】
その隣に立ったルシリアも詠唱を始めた。
【全ての輪廻を解き
光を放せよ!】
そう叫んで魔法を発動させると、扉の前に十六の白い光が現れる。それを見たエドワードとジェネアスも手を伸ばし、唱える。
【牙王よ 黄金の光で世界を包む王!
我が呼びかけに応え
現れ出でよ!】
【全ての障害を
その牙で砕き その爪で裂き
滅せよ!!】
二人の間から出た黄金の獅子が銀色の扉を壊し、その中からエディスが勢いよく弾けだされる。ジェネアスが待ってましたとばかりに胸のポケットから赤い液体の入ったビンを取り出し、コルクを抜いてエディスに向かってかけた。
ギールはエディスを左腕で抱きとめて自分の方に引き寄せると同時に、背中から突き刺さった白い剣の柄を握って引き抜く。シトラスは剣が完全に抜けたのを見届けると、能力を使う。白い光に包まれたエディスの体にできた全ての傷が治っていく。治ったエディスの体に、十六の光が溶けるように入っていった。
凍っているように冷たい身体を胸に押し付けて、ギールはそっと息を吐き出した。
「……エディー」
示す名前を呼ぶと、彼は顔を上げた。扉に入る直前にまで見た顔ではなく、いつも通りの彼の顔だった。事情が把握できていないのか、呆けた表情をしている。ギールはその頬に手を当て、微笑みかける。
「おかえり」
エディスはギールの顔をじっと見つめた後、眉を下げて目線を斜め下に向けた。
「ご、」
謝罪が口から出される前に、扉の向こうから黒い塊が出てきた。先に歯がビッシリと生えた口と無数の手を持つ細長いそれに、背を向けているエディス以外の者は目を見開く。背がぞわりとする不快感に気づいて後ろを向いたエディスの目を、ギールが手で覆った。そして、自分たちの方に飛んでくるそれの口の下辺りに剣を突き刺し、そのまま飛んでいくのに合わせて、両断する。
断末魔の声を上げるそれは、窓ガラスを突き破って外に出た。
窓側に立っていたエドワードが窓を開き、外に向かって叫ぶ。
【鳴れ! 天に祈りし乙女の鈴よ!
この者に天の裁きを下せ!】
轟音と共に青白い雷が黒い塊を貫いた。だが、まだ動いている黒い塊はまたエディスたちの方へ飛んでくる。
【栄華は終わり 都は絶えた
かつての場は此処にはあらず
英雄は元の形を失くす
過去は此処にあらず
英雄は
英雄は無に帰せ!】
だが、外にいたドゥルースが放った魔法により、小さい塊になった。
「あ……」
ギールの手を外したエディスが、それを見て手を伸ばす。
血相を変えて引き戻そうとしたギールの腕から逃げ、階段の手すりを踏み、窓の外に体を投げ出した。右目に血を擦りつけたエディスの背に白い羽が生える。飛び上がったエディスは黒い塊を両手で包んで、地上に下りた。
長い間動かしていなかった足は支えきれず崩れ落ちるが、すかさず駆け寄ってきたドゥルースが受け止めた。
「無茶しちゃいけないよ、ディー兄さん!」
「馬鹿! アンタ、よくあんな動きしたわね……!」
行きよりも速く下りてきたリスティーたちが口々に声を上げながら駆け寄ってくる。
「悪ぃ。だけど、コイツ」
胸に押し当てていた黒い塊は、両手に納まる大きさになっていた。
「もう、憎しみなんて気持ちはない。寂しいだけなんだ」
そう言って表面を撫で、唇を押し当てる。すると、白い光の塊へと姿を変え、エディスの手の中で霧散した。ほっと息を漏らしたエディスの頭に、ギールの固く握った拳が落ちてきた。
目の端に涙を浮かべたエディスが振り返ると、
「こら!!」
とギールは叫んだ。
「そうやって、いつも他のことばかり考えて……本当に、君は」
両目を手で覆ったギールに、エディスは唇を噛んで下を向く。だが、すぐに顔を上げてドゥルースの腕から離れて、反転してすぐに崩れそうになる足で一、二歩歩いてギールの手を握った。
「ただいま。ギール」
そう言って、自分から抱きついてきたエディスにギールは目を白黒させながら抱きしめる。
「あー、足おかしかった。ぜんっぜん歩けねえ」
と言って、声をあげて明るく笑うエディスを、ギールは抱き抱えた。エディスはまだ笑ったまま、高いなと言う。
「とりあえず、病院が先になるのかな」
苦い顔をするギールに、リスティーはそうじゃない? と片眉を下げた。
END