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『僕がいた過去 君が生きる未来。』本編  作者: 結月てでぃ
白銀の少年の歌う偽りの願いを
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また一緒に公園で

 さあっと風が吹き、桜色の花びらが舞い上がる。黒い軍服を着た男女が足を止め、建物を見上げる。

「どうしたの?」

 斜め後ろで付き従って歩いていた男が、前の女性に話しかけた。女は軍帽のツバをつかんで直しながら、いい天気ねと口に笑みを浮かべた。

「そうだね」

「変なところはない?」

「ないよ。いつも通り」

「そう。じゃ、行きましょうか!」

 女は片手を上げて歩き始め、男は彼女の後ろをゆったりとついていく。二人は並んだ軍人の間を通り抜け、白い宮殿へと真っ直ぐ向かって行く。その上に、祝福の歌が鳴り響いている。

 顎を上げて凛々しい様子で進んでいく女の左手の薬指には、指輪がはまっていた。腰までの長い茶髪は結われて帽子の中に入れてある。後ろの男は、短く切った夕暮れ色の髪の毛を黒い手袋をはめた手で撫でる。

「リスティー・フレイアム大佐、ドゥルース・フィンティア補佐」

 城への入り口で直立で止まった二人の名が呼ばれる。呼ばれた二人は目くばせをして、内へと入っていった。

 一礼し、舞台まで歩んでいく。階段の下でドゥルースが立ち止まり、リスティーのみが階段を上がっていく。赤いカーテンで縁どられた舞台の上には、赤いマントに着られた状態になった濃い緑色の青年が居心地悪そうに立っていた。

 リスティーはその正面まで行き、跪いて儀式が始まるのを待つ。床についた手にはまっている指輪を見てから、目を閉じる。もう傍にいない友人と金色の少年が、在りし日の姿で浮かび上がる。

 そうしている内に儀式は始まり、軍帽が取られ、近づいてきた――現在、代理扱いではあるが――国王のシュウが危なっかしい手つきで白い元帥用の軍帽を頭にのせてくる。予行で何度も落とされたので不安だったが、上手くいったようだ。

『続きまして、W.M.A聖杯の軍、神官長ギール・エンパイアからの祝詞を……神官長?』

 司会者の声が揺れたのに、リスティーは顔を上げそうになる。しばらくの間沈黙が続いたことにより、リスティーはなにが起こったのか悟り、舌打ちをしそうになった。

『失礼しました。大神官のパプリカ・ミューレンハイカから――』

 苛立ちをリスティーの中に残して、新元帥任命の儀式が終わった。




「就任おめでとうございます」

 グラスを持って寄ってきた青年に、リスティーは目を細めて笑った。

「ありがとうございます。大臣、それに医療長も。お久しぶりです」

「この辺りは僕たちしか今いないので、いつも通りでいいと思いますよ」

 お酒の呑める年になったエンパイア公爵に、そうね、と返す。

「エドくん、またアイツはあそこにいるの?」

「そうみたい。暇があればあそこに行ってるみたいだし、最近は寝る時もそこみたい」

「体に悪いからやめるようにとは言ってるんですがね……」

 リスティーはもうっと言ってワインで唇を湿らせる。

「でも、そうね。もう少しで完成しそうだものね」

「ええ。……ディー兄さんの部屋の本棚から解除と撃退用の魔法を書いたお手製の魔法書が出てきた時には驚きましたが」

「まあ、アイツらしいわよね」

「それが単体用だったことがますますディー兄さんらしかったです」

 ふうと息を吐いたエドワードも、リスティーも苦笑する。

「自分にだけ使える魔法作ってもなんの意味もないのにね。あのお馬鹿ったら」

「魔力が人の三倍あるということを自覚してなかったみたいですからねえ。困った人です」

「ルシリア君でも魔力足りないって言われた時にはどうしようかと思ったわよ」

 ふふっとリスティーが懐かしさに笑い声を零した時、わっと場が盛りあがった。エドワードたちも階段の方を見たが、シュウと眼帯をつけたシルベリアが下りてくるところだった。

「っと」

 だが、シュウがマントの裾を踏んで前にぐらついた。澄ました顔で斜め後ろから見張っていたシルベリアがすかさず手を伸ばし、抱きとめる。

「シルベリアさんもよくやるね……」

 その光景を半眼で見たエドワードに、そうですねと同意の声を上げたシトラスは額に手をやった。

「あの二人、いつも通りだね」

 そこに、ドゥルースが帰ってきた。リスティーは顔を上げ、昔よりも少しだけ距離が近くなったドゥルースの顔を見る。

「あ、おかえりなさい。どうだった? ルシリアくん。今日帰ってきたのよね?」

「ああ、すっかり元気になっちゃって……正直ちょっと扱い辛い」

 はーっと息を吐くのに、ははと乾いた笑いが起こる。

「もっと広い見聞を持ちたいって言って、自分から留学を申し出るなんて、素晴らしかったじゃない」

「だから、それには文句はないよ。飛踊さんの国で安心だったしね」

「ステアちゃん、だっけ? 留学先で彼女作るなんて意外とやるわよね、あの子も」

「君のような明るいしっかり者だったよ」

 くすくすと笑い声を上げると、ドゥルースがリスティーの左手を握ってきた。

「あなたがいてくれて、良かった」

「……私もよ。きっと一人じゃ耐えられなかった」

 指と指を絡めて握りあい、見つめ合う。

「アイツ、あなたの髪を見てどう言うかしらね。楽しみだわ」

「ええ……っ。そんなことを楽しみにしないでくれよ」

「いいじゃない。きっと、格好良いって言ってくれるわよ」

 エドワードとシトラスは目くばせをし、その場を離れる。

「この後、どうします? 予定がなければ、久しぶりに二人で食事でも……」

「ああ、ごめん。アーマーにドレスを見立ててくれないかって相談を受けてるんだ。また今度でもいいかな?」

「え、ええ……」

 あっさりフラれたシトラスは涙ぐみながら、顔を上げる。風に遊ばれて舞うあえかな花に目を細めてから、宮殿とは違う、穢れを知らない白の塔を見上げる。

「もう、少しですよ。エディス」


 神殿の最上階、螺旋階段の一番上の段で寝っころがっていた細長い男は、大きなくしゃみをした。

「う~寒い。やっぱり毛布を……ああ!!」

 寝癖を盛大につけた頭を両手で押さえて叫んだギールは、ピタリと制止した。だが、すぐにまあいいかパプリカがやってくれてるよねと結論づけて、あくびをした。そして、背の後ろにある銀のドアに向き直る。

 純白の神官服を階段に散らばっている紙と本に擦りながら、脚の間に手を差し込む。ドアに頬をつけて、目を閉じる。

「エディー、またいつか」

 最後に見た、君の顔が忘れられない。最後に聞きそびれた君の言葉はなんだったのだろう。ギールは月色の目を瞼の下に隠して、三日月を今日も恋想う。




 足を動かすと、ちゃぷ、という音がする。

「のう、いつも同じ景色で退屈しないのか」

「いや……今日は城の方に行く人が多い。なにか儀式でも行われてるのかもしれないな」

 暗闇の中で話しかけてくる声――神の声なのかもしれないが、姿を見たことがないのでなんともいえない――に答える。大きく作られている窓からは太陽の姿が見えるのに、ここにまで光が差し込んではこない。コイツも俺も、光を与えてもらえるようなものではないんだろう。

 胸に突き刺さった剣も抜けず、顔も、足も、腹も、どの傷も治ることはない。時が止まっていて成長することがないのだから、当然だ。死ぬこともなく、流れ落ちていく血が足元に溜まっていくばかりだ。血は流れていく分だけ、次々と補充されていく。

『汝の憎しみは心地良い。私のそれと似ている』

「……そうか」

 桜色の花びらの木など、あっただろうか。こんなに暖かそうに見える春を、自分は感じたことがあっただろうか。少しずつ、正常に戻りつつあるのかもしれない国の姿に、エディスは窓にこめかみ辺りをつけて見た。もう体の感覚はとうになくなっており、ひんやりとした感触でさえ感じられない。

 また視線を下に向けると、

『そんなに見ても、汝が見たい者はそこにはおらぬぞ』

 諭すような声に、エディスは頷いた。

「一度くらい見せてくれたって、いいのにな……」

 神らしき声の主は鼻を鳴らして、口をつぐんだ。

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