祝福の歌
【雛切の縛主よ 我の前に!!】
叫んだリスティーの前に、巨大なシールドが広がる。だが、目の前に立っている女から弾けだされた青白く光るドラゴンは、そのシールドを噛み割った。
【暗黒よ 光を焼き尽くせ!】
リスティーの隣に立ったドゥルースが手を上げて、そう叫ぶ。黒い球はそのドラゴンを呑み、消滅する。
はっと息を切らせたドゥルースが、
「キリがないね」
と呟いた。
リスティーは横目で見て、そうね、と返す。戦闘科の屋上が爆破されてから、早二時間近くになるが、常に防戦一方だった。
「他はどうなってる?」
「……状況は悪いわ」
けれど、と背を真っ直ぐ伸ばし、顔を上げたリスティーに、ドゥルースはん? と首を傾げる。
「未来は変わったりしない」
ローラ前元帥の先読みの能力を受け継いだリスティーは、防戦一方になっても闘志を消していない。
「勝つわよ」
「それが嘘だとしても、心強いな」
二人は小さく声を出して笑い、前を見据えた。
「でも、あたしは、この能力がなくたって、勝つのなんてわかってたわ」
どうして? と訊ねるドゥルースの耳に、甲高い悲鳴が届く。それが化け物のような強さを持つ女のものだと気づく前に、別の声が響いてきた。
「やっと、会えた。やっと会えた……!」
怨霊のような低くしわがれた声に、二人の後ろで疲労困憊で口もきけなくなっていた反軍の面々がヒッと引き攣った音を出した。
「な、なに?」
次いで聞こえた、先程よりも大きな悲鳴に、ドゥルースは足をわずかに後退させる。すさまじい叫び声だ。
「さあ? でも、チャンスね」
そう言ったリスティーは、手を上げて大きく口を開く。
【響き渡れ! 雷王の怒声よ!】
ビリリと電撃が体に当たり、軍人たちは固まった。痺れに体を折り曲げた後、頭を押さえる。気絶したものと正気を取り戻した者。正気を取り出した者たちは、自分たちに守られるように立つ女に、ぎょっと目を剥き、飛びずさる。
美しい銀髪を振り乱し、必死の形相で男の腕から逃れようとする様は、恐ろしくも見えた。
「こ、国王……」
なだらかな金髪を揺らめかせる男は、頬がこけているが美しく、この国の王のものであった。
「なんでここに、国王が?」
訝しむドゥルースの肩を後ろから誰かが掴む。船上から乗り出しているのか、肩に落ちてきた髪の色に、まさかとドゥルースは目を見開いた。
「ありがとう、ドゥー」
「え、エディー」
やっと、出会えた。別れてからずっと、捜し続けていた、目の前で儚く消えてしまいそうだった、誰よりも守りたかった子ども。
「リスティーも。ありがとう!」
頬にキスをされたリスティーの肩が震える。うん、と頷いたリスティーは、そっぽを向く。口に手を当て、なにかが溢れ出てくるのを堪えているようだった。
「大好きだよ」
そう言って、子どものように笑ってくれているんだろう。クリスマスの日、誰もに平等に与えられる祝福の歌のように。
「いってきます」
ドゥルースの肩を後ろに押すようにして、前に飛び立っていく。羽が生えているとも見えそうな軽やかな動きで着地した少年に、ドゥルースは手を伸ばした。
「カロル!!」
名前を呼ばれたカロルは目と口を開けて振り返り、ぱっと笑顔になった。手を上げて、大好きな二人に向かって、大きく振る。
そして、父と母の元へと帰っていく。
「祝福の歌が……鳴り響いている」
「うん」
手で顔を覆ったリスティーの肩を抱き、そっと自分の方へ引き寄せる。
「五分……ううん、三分だけよ」
涙混じりの声を聞いても、ドゥルースは歌の名残に目を和らげるだけだ。
「そうしたら、前を向くわ」
「うん」
父は母を抱きしめたまま、目の端に光る金色の眩しさに一度目を閉じ、また目を開けた。
「ああ……」
視界が広がり、なにもかもが見えるようになっていた。こんなにもハッキリと世界を見たのはいつぶりだろうか。青く輝く空に、白い雲がたゆたい、黒い服を着た民衆が余たちを仰いでいる。足が痛くなり、くずしているのだろうか。横たわる人々に、王である父は微笑した。そして、上を見る。見上げた先には、太陽を背負っている人がいる。金の髪に光が反射して、銀のように見えていた。
「エド、ワード」
自然と手が広がる。それでもなお、右手は妻の体を爪が食い込む程に掴んだままだ。
「エドワード、私の息子。……愛しい子」
夢を見ているようにうっとりとした気持ちで、子を抱きしめようとする。
「おいで」
エドワードと呼ばれたカロルは、笑顔になり、はいっと笑った。そして、腕の中に駆けこんでいこうとする。
「い、いやああああああぁ!!」
王に食らいつかれている女は、叫ぶ。腕を振るう。
「来るなああああ!」
ぶわっと女から黄金の獅子がとび出てくるが、カロルは構わず突き進む。
「父様っ、母様!」
ジジ、と機械音を出しながら抱きついたカロルに、父は微笑し、頭を撫でる。母と呼ばれた女はカロルを見下ろし、引き攣った声を上げた。カロルは自分の胸を見下ろし、うっそりと笑んだ。
割れて中が見えるようになったそこには、真っ赤になって膨らんだ石がぶら下がっている。
カッとそれが光を放つのに、女は待ってと叫んだ。カロルは父の胸に頬をすり寄せる。
「もう二度と、離れないからね」
光は大きくなっていき、弾け飛んだ。
「私は、お前の母ではな――」