極彩色の青年の歌う爆発の願いを
どおんと大砲でも撃ったかのような大きな音が上からし、地上にいた者たちは顔を上げた。リスティーは勝気そうな目で軍のある方を見た後、わざと口の端を吊り上げ、笑みの形を作る。
「派手な狼煙」
ハッと吐き捨てるように言うリスティーに、後ろのドゥルースは苦笑した。
「……そろそろね」
左手の薬指にはめてもらった指輪にキスをしてから、地上を見下ろす。川に浮いた船の上から見た地上には、黒い軍服の群れと、一人の化け物じみた美貌を持つ女がいた。エディスの母である女は銀色の髪を風に遊ばせながら、リスティーたちの方をやっと向き、口を開いた。
「随分、立派な船を造れるようになったのね」
場とも、後ろに控えさせている者たちともそぐわない、たおやかで瑞々しい鈴のような声に、反軍の面々がほうと息を吐く。
女は船の上にいる男をエディスよりも薄い目でチラリと見て、舌なめずりをした。
「壊しがいがありそうで、楽しみだわ」
困ったなあ、というように眉を下げる、ひょろりと長い男は、
「困ったなあ」
と零した。
「よりにもよって、君たちが相手か」
「やり辛い?」
「一番ね」
にこっと見ようによっては天使だとか無垢だとか言われてもよさそうなエドワードの笑顔に、ギールははあと息をつく。
「できれば他の人が良かったな」
「えーっ、なんで!?」
「いい時間稼ぎだよ、本当」
「別に他の所に行ってもいいんだよ、ギー兄さん」
心底面倒くさそうな様子のギールに、エドワードはそう言うが、ギールは頭を横に振る。
「そうしたら君たちがついてきちゃうでしょ」
「うんっ」
「それじゃあ意味ないからね」
うん! ともう一度頭を大きく振ったエドワードに、ギールはこれだから、と肩をおとし、心の中でエディーめ、と呟いた。
その三人の耳にも、大きな爆発音が伝わってくる。ギールは咄嗟に二人の腕を引っ張り、黒いコートの中にその体を閉じ込める。
「な、なんでしょうか」
すべては入りきらなかったものの、それでもすっぽりに近い状態で包まれたシトラスがおっかなびっくりという様子で口を開いた。
「さあ……地を這う者とかが暴れてるんじゃないかな?」
「それにしても、大きいですよ」
「うーん、そうだね」
違和感に首を捻るが、答えは出てこず、二人は考えるのをやめた。
「ギー兄さんありがとう」
「すみません、ギール」
確かな守りから離れ、笑顔と感謝を向けると、ギールは呆れ顔でまったく、と二人の頭に手を置いた。
「医療班なんだから、気を付けなよ」
「はーい」
「心配ありがとうございます」
無邪気な返事に、ギールはもう一度心の中でエディーめと言った。
ぱらぱらとシールドの上に落ちてくる石クズの音を聞きながら、シルベリアは口を開く。
「なにか上で爆発したようだな」
向かい合った状態で立っている地を這う者は髪を後ろに流し、知らないわと返す。
「私もちがーう」
シルベリアの隣に立つ、金髪に桃色の目をした美女がふふっと声を上げて笑う。触り心地の良さそうな腹を出し、豊満な胸を強調させるような恰好をした彼女は、デュー・アネストと呼ばれる、国で最も有名な踊り子だ。シルベリアは、そのデューに目を向ける。
「今のは能力か?」
「ううん、ちがうよ。今のはただの魔法」
「予想していなかった事態でも起きているのかもしれないな」
派手な色をした髪を後ろで結んだシルベリアは、地を這う者に向かって手を差し出す。
「どうだ、手を組まないか?」
「お断りするわ」
「なぜ断る。あなたも俺も、想いは同じはずだ」
「ええ、同じよ。だからこそ手は結べない。シュウちゃんは一人しかいないもの」
地を這う者の切り替えし方に、シルベリアはぱちりと瞬きをしてから、確かにそうだと口に笑みを浮かべた。
「けれど、今はそんなことを言っていられる状況でもなさそうね」
ぎゅっとワンピースの生地を強く握った地を這う者は、大きな桃色の目をシルベリアに向けた。
「私たちは、シュウちゃんを守ってあげなくちゃいけないの」
「駄犬ならここに来る途中で会ったけど、准将に会いに行くって言ってたわよ。一番安全な人と一緒にいるから大丈夫じゃないの?」
デューが頬に指を当てながら言った言葉に、地を這う者は片眉の根を微かに下げる。
「それは……危険ね」
「えっ、どうして? 准将なのよ」
「そりゃまあ、エディス自体は安全だろうさ」
「なんだかんだでエディスちゃんはシュウちゃんに甘いから、お守くらいはしてくれるでしょうね」
「じゃあ、なにが危険なの?」
シルベリアは少し考えた後、答えを口に出す。
「ハイデ・ティーンスだ。コイツが一体なんのためにいるのかが分からない」
シルベリアがそう言うと、地を這う者は笑うように息を吐いて、二人に歩み寄っていく。
「ハイデ・ティーンスではなく、ハイデ・ブラッドよ」
シルベリアはそれに、目を丸くさせ、はあ? と零した。
「ハイデ・ティーンスを、エディス・ティーンスと愛を嘆く者との間に出来た愛し子だとでも思っていたの? あれは違うわよ」
二つに結った長い髪を指で弄んだ地を這う者は、目を鋭く細めて笑う。
「金の下の髪色は緑ではなく、深緑」
「……そんな、まさか」
「あの女は化け物ではないわ。きっとね」
蒼白になったシルベリアと、落ち着いた色を携えた目をする幼女とを見比べたデューは、
「けど、ブラッド家なら、駄犬には手を出さないでしょう?」
と眉を寄せた。
「まあ、襲ってくることはないだろう。自分がなにかも分かっていなさそうな様子だったしな」
「それでも、なにがあるか分からないわ。シュトー・ブラッドの件もあるし、先程の爆発も気になるしね」
「ああ」
地を這う者と頷きあったシルベリアの腕をちょっと! とデューが掴む。
「なんだ?」
「准将の作戦と違う方向にいってるじゃない!」
「ああ。……まあ、いいだろう」
「よくないわよ!」
逃さないと強く掴むデューの指をそっと離したシルベリアはいいんだ、と言った。
「俺やアイトさんがなによりもシュウのことを想って動くのを、エディスは分かっている」
「私はどうするのよ」
「ついてこればいいだろう?」
むっとした様子のデューの頭を撫でて、微笑みかける。デューはシルベリアの顔を見上げて、
「美形って得ね」
と呟いた。
「それはお前もじゃないか」
「うんっ」
にぱっと微笑んだデューの頭から手を離したシルベリアは周りに目を向ける。
「五秒後にシールドを解くから、戦闘科棟の屋上まで一直線な。デューは俺たちの後をついてこい」
地を這う者は周りを鬱陶しげに見渡す。
「これ、倒しちゃいけないかしら」
「気絶させて魔法の無効化を狙う、ってことにしてるんだ」
「……面倒臭いわ」
「我慢してくれ」
冷めた目で前を見る地を這う者を通して、愛しい者の姿をまぶたの裏に想う。目を開いたシルベリアは、カウントを始めた。