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『僕がいた過去 君が生きる未来。』本編  作者: 結月てでぃ
白銀の少年の歌う偽りの願いを
188/210

遥か昔の約束

 カーンカーンと清浄な鐘の音が軍内部に鳴り響く。

「それでは! 只今より中央大会議を始めます!」

 大会議室の四隅に足を広げて立つ軍人が大声を出す。

 円形に囲んだテーブルには、重苦しいコートを羽織ったシルベリア、ビスナルク、リスティー、トリエランディアが座り、シルベリア以外の後ろにはフェリオネルとアーマー、カロル、飛踊がそれぞれ手を後ろに組んで立っている。

 空いた丸い空間の中にミシアと地を這う者がテーブルと椅子を置いて座っている。ミシアは囲いから外れたところに立っているエディスに視線をやり、エディスは視線を受け、頷いた。

「まず最初の議題は」

 エディスが口を開いた瞬間、上から魔力の圧力がかかってきた。ここ一月ですっかり慣れた感覚に、エディスは大きく舌打ちをする。予定よりもエディスさんの動きが早い。むっとした甘い香りに、顔をしかめる。惑わせの魔法だ。

 トリエランディアとリスティーが右側の軍人を、アーマーとフェリオネルが左側の軍人を気絶させる。そして、真っ先に窓に駆け寄り大きく開いた飛踊がトリエランディアに手を差し伸べ、そこから脱出し、リスティーがカロルの手を引っ張って後ろ側のドアから部屋を出て、廊下の窓から飛び下り、ビスナルクとバスティグラン兄妹は廊下を走っていく。

 魔法が効かなかったらしい地を這う者は、立ち上がって警戒するように辺りを見渡していたが、ミシアに背を押されると、はじかれるように窓の方に向かい、小さな体を宙に踊らせた。

 それを見届けたミシアは、椅子から落ちた。

「ミシア!」

 落ちた椅子に手をつき、苦しげに胸の辺りをつかむミシアにエディスは駆け寄り、背を叩いた。だが、他にも入り込んでいるのか魔法が上手く上手く分散しない。片膝をついてミシアの傍に座ったエディスは舌打ちをして軍服の襟を下に引っ張り、さらけ出したミシアの首に噛みついた。




「じゃっじゃーん!」

 と言ってリビングに入ってきたリスティーとシルベリアを他の住人はやっていた作業の手を止めて見た。二人の後ろに立っているドゥルースとシュウは目をしょぼしょぼさせ、猫背気味だ。

「この二人に手伝ってもらって、反惑わせ魔法アイテムを作りましたー」

 くまのできた顔よりも高くバスケットを掲げるリスティーの肩を抱いて、同じくくまのできた顔のシルベリアが親指を立てる。

「魔法構造は俺で、外見はリスティーだ」

 自慢げに言ったリスティーとシルベリアに、エディスたちは拍手を贈る。

「たしか惑わせの魔法は一度破ったことのある人には二度と効かないのよね?」

「ああ。同じ奴に何度でもかけられるが、ソイツが自力で破ったり、他人に解いてもらったらもう二度と使えなくなる」

「じゃあ、この二人とルシリアくん以外の人に配るわね」

 そう言ってリスティーはソファーに座っていたエディスたちの方にやってきた。

「ネックレスタイプにしたから、首からかけてねー」

 差し出されたネックレスをエディスは礼を言いながら受け取る。月のレリーフが彫られた銀の丸いペンダントの表面を撫でてから、首にかける。

「これで魔女対策はバッチリ!」

 そう言ってピースサインをするリスティーに、エディスは笑いかける。バラバラに座っていたため空いていた両隣にリスティーとドゥルースが腰かけた。

「あ、作戦たててたの?」

「アーマーに手伝ってもらいながら、大まかにな。とりあえずの部分は決まったよ」

「ふーん。あ、見せて見せて」

 エディスとアーマーがメモや作戦内容を簡単にまとめたノートを求めたので、エディスは手に取って渡す。リスティーは手招きをしてドゥルースを呼び寄せた。ドゥルースはテーブルの横の床の上に座り、リスティーの手元を覗き込む。赤丸やチェック印がついた地図と照らし合わせながら確認していった二人は、ふーんとなんともいえないような声を出した。

「アンタがミシア少将と戦うの?」

「どうしてもミシアはエディスさんたちと合流させたくないからなー。単独行動してもいい奴を考えると俺しかいなかったんだよ」

「まあ、確かにこのメンバーだとアンタが最適だとは思うけど」

 メモを見ていたリスティーは、顔を傾けてエディスの方に目線をやる。

「だから、リスティー。後よろしくな」

「え? あ! ちょっと、これあたしが総指揮取るみたいな状態になってるじゃない!」

「よろしくな」

「もー……じゃあ、頑張って足止めしてよー。挟まれたらたまったもんじゃないわ」

「そこは勝ってよ、って言えよ」

 口を歪め、眉をしかめて言うと、リスティーはまだ無理じゃない? と手を前後に振る。

「アンタと一緒に戦えないのは残念だけど、全力でやるわ」

「頼もしいな」

「当たり前でしょっ」

 そういって、リスティーは口を開けた晴れやかな笑顔を見せた。




【極南の雄雄しき王よ

 水なる玉の王よ

 我が手に宿れ!】

 エディスがそう唱えると、右手にぼうっと青い炎が灯る。惑わせの魔法を解いた瞬間走り出して廊下に出たミシアは、追って出たエディスを正面を向いて待っていた。

「まさかお前とやることになるとはな」

「予想してなかったわけじゃないだろ」

 ミシアは困ったように眉尻を下げて後頭部を掻く。

「まあ、なあ。けど、できればやりたくなかったなあ」

「俺がエディスさんと似てるからか」

「化け物女と? いや、お前はどっちかっつーと親父に似てるし、別にそれは関係ないぞ」

「え、なんで……」

 化け物女という単語がミシアの口から出てきたことに、エディスは動揺した。

「アンタ、エディスさんが好きなんじゃないのか」

 ミシアはうーんと短く刈り上げた頭を撫でつけると、ため息を吐く。

「すんげえ誤解の仕方だな。ま、俺に勝ったら教えてやるよ。お前の知りたいこともそん中にあるだろうさ」

 ミシアはそう言うと、腰の剣を引き抜き、エディスを顎でしゃくった。

「剣、出せよ」

「持ってきてねーよ」

「ああ? 出せるだろ。ほら、あれだ、あれ」

 エディスは首を傾け、眉間にしわを作ったが、しばらく記憶を探ってからああ! と叫んだ。

「まさか、あれか」

「そ、まさかのあれだ」

「げえー、出したくねえなあ」

 顔を歪ませたエディスにミシアはまあまあと言う。今度はエディスがため息を吐いた。そして、

【王の剣よ

 神に捧げる者の血よ

 我が命に答え

 姿を現したまえ】

 最も嫌な記憶のある魔法を詠唱した。

 懐かしい真っ黒の剣をエディスは手に取り、部屋一つ分程離れたところに立っているミシアに向かって駆け出す。

 気合を入れて叫びながら剣を放つと、ミシアは剣で受け止め、右に払いのける。エディスは剣から手を離し、ミシアの大きく開けた腕の中に飛び込んでいく。

「えっ、おい!」

 ミシアは慌てたが、剣が上になるように手首をひねり、勢いをつけて腕を伸ばすと同時に剣を放り投げた。エディスに掠りもしないように投げられた剣はカラカラと回転しながら廊下をすべる。

 エディスの右腕を抱き、胸元に引き寄せてからミシアは背中を丸めた。後頭部を打たないように背中から倒れたミシアはこら! とエディスの頭を小突いた。

「危ないだろ!」

「こうすんのが早いと思ったんだよ! わざわざ」

 エディスは床に手をついて状態を起こす。

「わざわざアンタを刺したりしたくねーんだよ、俺は!」

「エディス、お前……」

 父親に似た目で自分を見るエディスに、ミシアはうろたえた。だがすぐに冷静さを取戻し、笑い声のような息を吐きながら後頭部を撫でる。

「気づいてたのか」

「剣出せって言われて、アレかと思った」

 エディスは立ち上がって自分が放り出した剣の元まで歩いていく。

「神の封印に必要な魔人の数は、十六。だけど俺が持ってんのは十五だ。最初はグレイアスがそうかと思ってたけど、他の奴とは具合も発見場所も違う。貴族が保管してたんだから、最後の一人も貴族が持っているはずだ。だけど、エンパイアにもレストリエッジにもなかった。他の王からの信頼を得ていない貴族が持っているはずもない。だったら、残りの中央貴族の中で持っている確率があるのは、ルイース家のみだ」

「分かってるなら、ほら。さっさとここ、刺せよ」

「嫌だ」

 自分の胸を親指で刺して言うミシアを見下ろしたエディスは、そうキッパリと言い切った。

「自分の上司を刺したい部下なんていねーんだよ」

 ミシアは目を瞬かせてから、吐息のような笑い声を落とす。片手で目を覆い、下を向く。

「じゃあ、お前はどうするんだ?」

 剣を消したエディスはミシアの前に膝をついて座った。そして、正面から背中まで、ミシアの体に手を回した。

「おい……?」

 自分の人差し指の腹を尖った歯に押し当ててからミシアの背に掌を向ける。

【黒き瞳の魔人

 セトメルチューンよ】

 血の出ている指をミシアの背につけ、静かな調子で唱える。

【我が血に応え

 現れ出でよ】

 ミシアの背に丸い円を描き、叩くと、ミシアがぐっと息をつまらせた。丸まった背中から、黒い塊が出てきた。

 ふよふよと浮くそれをエディスは掌で包み、自分の方に引き寄せる。指先で撫で、軽くキスをすると、自分の胸に押し当てた。すると、塊は胸の中へと消えていく。

 エディスは内部を食いちぎられるような魔力の変化に眉をしかめたが、苦しげに息を吐くミシアの姿を細目で見て、額の汗を手の甲で拭った。

「おい、大丈夫か」

 すでに血が止まって乾いている指を舐めながら訊ねると、ミシアは小さく首を縦に動かす。

「急に魔力が変わって、疲れただけだ」

「そうか」

 無事を知ると、エディスは自分よりも大きいミシアの体を肩に担いだ。

「でも、まだ休んどけ」

 胸辺りの服をしわが集まる程強くつかんでいたミシアは、大人しく運ばれる。通い慣れたミシアの執務室は、一階上にある。

「重いなー、ちゃんと運動しろよオッサン」

「してるから筋肉があって重いんだよーん」

「だよーんとか、マジやめろって」

 えでぃすは失笑しながらも、ドアを開ける。かつて自分の執務室があった場所に入り、壁際に一つだけ寂しく置かれているベッドの上にミシアを寝かせる。肩に右手をつき、左腕を回しながらもドアまで戻り、閉めた。

「で、俺が知りたいことってなんだよ」

 振り返ってベッドの上のミシアに訊ねたが、ミシアは薄く微笑するだけだ。

「おい」

 無視か、と機嫌を悪くしたような調子で言うと、ミシアは両手を上げる。

「教えるのは、やめた」

「はあ?」

「今俺が言わなくても、いずれ分かるしな」

「いずれって、俺にはもういずれがないんですけどー」

 知ってんだろ、とため息を吐くように言うエディスは、

「せっかちは嫌われんぞ」

 と茶化すように言う。

「教えろって」

 エディスはしつこいなと自分で思いながらも再度ミシアに投げかけた。

 ミシアは左に寝返りを打ち、ベッドに肘をついて体を起こす。

「半分だけな」

「ケチケチしねーで全部教えろよ」

「半分だけな」

 言うことを許容せねば教えてくれないだろうことを悟ったエディスは、投げやりがちにはいはい、と言った。

「俺が愛している女は、俺の妻と娘だけだ。お前の母親に恋心なんて恐ろしいものを持ったことはねえぞ」

「じゃあ、なんでエディスさんに加担してるんだ」

 予想がはずれたエディスは片眉を下げ、腕を組む。ミシアは苦笑に近い失笑を浮かべる。

「それも誤解だ」

「巻き込まれたのか?」

「惑わせの魔法はくらいまくったがな、根本は違う」

「じゃあ、なんだ?」

 回りくどいミシアの言い口に絶えられなくなったエディスは、ハッキリ言え! と怒りをふくませた口調で言った。

「自分のダチのためだ」

「ダチィ?」

「そう。お前みたいに不器用で暗くて、お人よしな奴なんだよ。俺が手伝ってやらないと、不安でな」

「なら、最初からそう言えよ」

 エディスは下を向いて息を吐き出す。

「どうしようか、悩んだんだからな」

「いやあ、今日まで秘密って約束してたんだわ、ソイツと」

 口を大きく開けてガハハと笑うミシアに、エディスは呆れ顔になり、おい……と呟いた。

「ミシア、」

 いつまでも言いだしそうにない言葉を伝えるために口を開いたエディスにミシアは手を前に出して待った、と言う。

「こっち来い。急がないんだろ?」

「あのな、急いじゃいねーが、万が一ってのがあんだぞ」

「まあまあ、いいからそこ座れよ」

 ベッドの傍の床を指さして手招くミシアに、エディスは仕方ねーなと歩いていく。横向きに座り、ミシアの方になんだよ、と顔を向けた。

 ミシアはにっこり笑って、エディスの頭に手を置き、髪を撫でる。

「おっ、おい!」

 かさついた大きな手は髪をぐちゃぐちゃにするような荒っぽい動きをした。乱暴に撫でられたエディスは、片目を閉じ、手を顔の横辺りに持っていく。

「やめろよ、ぐちゃぐちゃになるだろ」

「髪切って軽くなったなー。色気抜けてガキっぽくもなったけど」

 少し長めの襟足を擦り、首辺りもうりうりと猫にするように撫でる動きにエディスは目を吊り上げた。

「なんだっつってんだろーが!」

 抑えきれなくなったエディスは左の拳でベッドを軽く叩いた。布の柔らかい音をさせたエディスに、ミシアは声を漏らして笑う。

「お前、短気なの直せよ」

「うるせー、ほっとけ!」

 噛みつきそうな様子になってしまったエディスを、いつものように落ち着かない子どもっぽさのあるニヤけ笑いで見守るミシアの服の裾を掴んだ。

「今までずっと、世話になった。腹立ったこととか嫌だったこととか何回殴ってやろうかって考えたこともあったけど、お前が上司で良かった」

「良い経験になったか?」

「おう。色んな悪い経験ができたぜ」

「それは……」

 口の端に力を入れて笑うエディスに、ミシアはひやりと汗をかく。

「まあ、そのおかげで色んなことが分かったけどな。一応、感謝してるんだぜ。全部知れて」

「全部黙っててくれて、か?」

 エディスは瞬きをしてミシアの方を横目で見た。

「いや、俺は知らないけどな。人を殺せたわりにはお前は民衆から嫌われていないし、どころか悪人を裁いたなんて言う奴もいる。反軍もどきは大将狙いで陣地に突入していくし、町は軍を一人残らず退かせてから大型の魔法で消滅させてる」

 頬を指の背で撫でてから、短く切った左髪を一房手にする。

「どっか別の所に移動させたりしてる? とか思ってたんだけど、どうよ」

 当たってる? と首を傾げるミシアに、エディスは口の端を片方だけ吊り上げた。

「好き好んで人殺しをする奴がいるか。しかも、なんも罪ない人とか、殺したくないに決まってんだろーが」

 アホ! と言いながらミシアの右頬を軽めに引っ張ると、ミシアはそうだなあ、とのん気な調子で返す。

「そーいうのはナシだけど!」

 指を頬から離し、ぺたんとほぼ膝を床につけ、足の裏同士を合わせるようにして座ったエディスは、土踏まずに親指を当て、足を握る。

「エドとかリスティーとかの面倒見てやってくれよ。ほどほどに」

「それは――トリエランディアとかがやるんじゃないのか」

「ビスナルク教官には頼んでるけど、大将は今度の戦いが終わったら飛踊さんと国を出るってさ」

「あのガキと?」

「国に連れ帰りたいって申し出をされたんだよ。俺は本人に言った方がいいって返したけど、シュウはいいっつったからな」

「あー、なるほど」

 ミシアはうんうんと頭を頷かせる。

「ビスナルク教官は、正しく美しいことしか教えない。だから、ミシアにも頼みたいんだ。お前、これが終わったら教官職に移動するつもりだろ?」

「あ、勝手に人の机開けたな!」

 ミシアはプライベート侵害だぞーとエディスにデコピンをしようとしたが、机の上に出しっぱだったんだよ! と言って避ける。

「わかった、見てやる」

 穏やかな笑みを受けて、エディスも目を和ませて微笑む。

「ありがとう」

 そう言ったのをきっかけに、エディスは立ち上がった。

「行くのか」

「うん」

 ドアまで歩いていき、ノブをつかんで開ける。

「じゃあ」

 そのまま出ていこうとするエディスを、ミシアは呼び止めた。エディスはなんだ? と振り返り、

「大きくなったな」

 とミシアは言葉をかけた。

 エディスはぐっと息をつめて大きく頷いてから、慣れ親しんだ部屋から出ていく。

 開かれたままの廊下の窓から外を見ると、黒々とした人の固まりが城と軍にまとわりつくようにして囲んでいた。

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