白銀の少年の歌う魔力の願いを
銀の剣が、少年の体を斜めに切る。肉を焼くような音と臭いをさせて、右肩から左腰までに黒い傷を生んだ。斬られた少年は、燃えるような目で女を睨む。背から血を流しながらも、女に向かっていく。そして、女の持っている剣を奪い、豊かな胸の間に突き入れた。
「エディスさん……ッ」
その様子を同じ名前の少年はただ突っ立って見ていた。リスティーが駆け寄ってきて、その背中を叩く。
ふらついているルシリアが突き刺した剣は、崩れていく。
「……無傷?」
剣が突き刺さったはずの胸には、血や傷どころか、衣服の損傷も見当たらない。ルシリアは悔しさに歯を噛み締めたが、母は笑い声を立てるだけだ。
「自分の魔力で怪我をする馬鹿がいると思う?」
そう言って、もう一度剣を作り出す。エディスの手からリスティーが剣を取り、後ろに押す。リスティーは剣の柄に唇を二度当て、構えた。母はそれを嫌そうに顔をしかめて見ている。
リスティーは剣を一振りすると、母は苦笑して避ける。目を閉じ、一呼吸置いてから、二度かかとを蹴り――突進した。
いきなり近距離に迫ってきた剣を母は間一髪のところで避ける。二撃目は剣で受けたが、リスティーの勢いを殺せず、剣を真っ二つに折られた。
「リスティー、エディス、大丈夫ッスか!?」
そこへ、玄関の方からジェネアスとドゥルースがやってきた。ジェネアスは魔力の密度に顔をしかめて、ウエストバッグの中から数本の細長いビンを取り出す。親指でコルクを押し上げて抜き、次々と空中に投げていく。色とりどりの液体は、空中に浮いている魔力を吸い込み、消えていった。
リスティーに攻め込まれている母は、眉の間を狭めると、しゃがみこんでいるルシリアに目をやった。
じわりと、母の目の色が変わっていく。赤紫に近い、その目の色は――
「惑わせの魔法だ!」
と叫んだエディスよりも先に動いている者がいた。
「ルシリア」
ルシリアの目が暗く虚ろになる前に、ドゥルースは瞼を中指と親指で閉じさせてから、大きな手で覆う。そして、薄く開いた口と、自分の口を触れあわす。
母はその様子を右の奥歯を噛み、眉根を下げた表情で見ていたが、やがて高笑いをし始めた。
「男同士でキスゥ!? 気持ち悪いわね!」
そしてまた、赤紫色の目でルシリアを見る。今度はドゥルースも一緒に。
惑わせの魔法は、目で見ることで行われる。魔法を行使する者が見ることが発動方法であり、対象者が行使者を見ていようがいまいが、関係はない。
エディスは二人に駆け寄ろうとしたが、ドゥルースが手を上げてそれを制した。
「俺には、惑わせの魔法は効かない。惑わせも、闇系統の魔法だからね」
その言葉を聞いた母は、小首を傾げる。やがて、そう、と呟く。
「あなた、フィンティア家の赤い悪魔ね」
赤紫色の目が見つめ合う。優しいドゥルースのことを、悪魔と呼ばれることが、エディスはなによりも嫌いだ。顔にその気持ちが表れる。
「魔力異常の子どもが、同じ魔力異常の子どもを守るだなんて。滑稽だわ」
「魔力異常?」
今にも母に跳びかかりそうな体勢のリスティーが口を開いた。
「後で説明するッス! 今は……」
「そうね!」
ジェネアスの発言によって、リスティーは攻撃を再開し始めた。今は他に人がいることもあり、後ろを守る必要もないので、母にだけ注視して向かっていっている。
母は舌打ちをしそうな顔で、飛ぶ。文字通り、体を浮かして塀の上に乗った。両手を大きく開き、聖母のように微笑んだかと思うと、甲高い超音波のような声を発した。
耳と目を塞いで耐える。目を開けると、そこには母の姿はなかった。
「消えたか……」
終らない闇は、まだ深さを増して、エディス達を包んでいっていた。