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『僕がいた過去 君が生きる未来。』本編  作者: 結月てでぃ
白銀の少年の歌う偽りの願いを
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思い出を心に刻んで

 静寂の中、ジェネアスのはーっという長い息を吐く音が響いた。

「あの人で良かったッスねー」

「そうだな。……な、シュウ」

 一人微動だにしないシュウの腕をシルベリアがつつく。だが、ギールが去ってからエディスを凝視しているだけで、まともな反応を返さない。

「に、」

 凝視されているエディスは、ゆっくり持っていった拳を顔に当てる。

「憎んでも、いいから……っ」

 すでに涙混じりになっている声に、全員ぎょっとする。背中合わせで立っていたジェネアスはわざわざ体の向きを変えて見た。

「嫌いにならないで」

 強く握りしめて当てた手の間から透明な涙が一粒二粒零れ落ちてくる。それを見たシルベリアは苦笑し、シュウは慌てた。

「ああ」

「きっ、嫌いになるわけねーだろっ。その、さっきのは演技だ! 本気じゃないから!」

 頼りなさげに見えるエディスをシュウが抱きしめようとすると、エディスは顔を上げ、抱きつく。

「っと、俺の方か」

 抱きつかれたシルベリアはしっかりと受け止め、肩を抱いた。抱きつこうとして避けられたシュウがぶつかったのは、ジェネアスだった。

「きゃあーいやあー犯されるうー」

「しねーよ!」

 体をくねくねとくねらせ、棒読みにも程がある言い方でそう言ったジェネアスの頭をシュウが引っ叩く。

 それを失笑しながら見ていたシルベリアはエディスの頭を撫でる。

「さっき言うのやめた、あの時ってどの時のことなんだ?」

「……南に行った時、本気で泣きたくなったっていうか、逃げたくなったことがあったんだ。そんで、シュウに電話したら、諦めんなって、俺んとこ帰ってこいって言ってくれたんだ。ガキが分かんねーこと言って泣いてるだけなのに、真剣に」

 ホテルに備え付けられていた白い電話。その受話器を持って、祈るようにして一本の電話をかけた。それを受け取ってくれたシュウは、それまで誰もくれなかった、自分が欲しくて欲しくてたまらなかった言葉をくれた。神様がこの世に本当にいるとしたら、こんな人がいい、そう思ってしまうくらいに。

「俺、それが凄く嬉しかったんだ。何もできずに死ぬのが怖かったんだけど、俺みたいなのにも居場所与えてくれようとする人がいるならって思えるようになってさ。あの時、シュウがああ言ってくれたから、逃げずにここまで来れたんだ」

「だからシュウを王に、か」

 シルベリアは少し呆れた調子を含ませてぼやき、自分の頭に手をやる。

「勿論、強制したいわけじゃないから、シュウが嫌だっていうんなら、諦める」

「返事は、親父に母さんのことを訊いてからでもいいか?」

 ぼそぼそと言うシュウの方を向くと、

「急に言われても実感ねーから返事しにくいし、ちょっと待ってくれ」

 照れているのか、頬をかいていた。

「ありがとう」

 シルベリアが好きだ。自分と似ているけれど、自分よりもずっと強くて、満月のように明るく皆を照らしてくれる。

 俺が母さんになれるはずがないように、俺がシルベリアに近づけるはずがない。シルベリアのように誰かを支えたり、綺麗に人を好きになることができない。初めて会った人と二、三分話しただけで笑い合ったり、仲良くなったりなんて到底無理だ。

 頭を撫でるシルベリアの手は温かい。始めて会った時もそうだった。

「じゃあ、やるか」

「何をッスか」

 ジェネアスの冗談混じりのパンチを左手で受け止めながらシュウはエディスに手を伸ばしてくる。

「コイツの剣探しに決まってるだろ」

 大きな手で頭の左側辺りを撫でられ、エディスは見上げた。

「大切なものなんだろ?」

「うん」

 凄く自分を大切にしてくれているような、柔らかい笑みに思わずぱっと笑みを浮かべ返してしまう。

「よし、やるぞ」

「そうだな」

「そッスね」

 白衣を脱ぎ、銃のホルダーでぐるぐる巻きにしたシュウが再度言うと、エディスは頭を振った。それにシュウが眉間に皺を寄せ、ジェネアスが首を傾げる。

「お前、魔力浴びたりしたんだから休まないと」

「は? あ、あ――」

 すっかり忘れかけていた体調の悪さを出されたシュウは目線をすっと逸らした。

「ジェネアスも寝てないし、シルベリアはさっき俺がふっとばしたし……俺の剣だし、俺一人でやっ」

 だんだん俯きがちになっていくエディスの額をコツッとシュウが小突いた。

「何でも一人でやらなくていい、甘えろ」

「しばらく家に泊めてもらうことに勝手にしたンで。これくらいいいッスよ」

 思わず頷くと、シルベリアが悪かったなと言いながら手を引いてくれる。

「ありがとう!」

 胸の辺りがもぞもぞとくすぐられたかのように痒くて、エディスは隠すように笑った。

「リスティーが作った剣だから、見つけないと殺されるところだったんだ」

「げっ!」

 ふしくれだった、ゴツゴツ豆だらけの大きな熱い手。細くて繊細な手。もう絶対に大切な二人の手を混同したりなんかすることはない。

 そして、もう死ぬことなんて怖くない。今の自分なら、大切の人達のために死ねる。

 だから、皆が作る笑いの絶えない国を、命をかけて守らせて。いるかどうかも分からない神様の傍で見守らせて。

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