白銀の少年の歌う約束の願いを
軍を出、整備された道を走っていた。咄嗟に引っ掴んできた銃を腰のホルスターにつけながら、シュウは隣で息も切らさずに走るエディスを見た。
「今更だけど、アイツってお前のことが好きなわけじゃないんだろ?」
「えぇ?」
「だから、さっきのデカい奴!」
誰のことだと不思議な顔をするエディスに叫ぶと、ああと頷いた。
「俺の母親の愛人。俺が好きなわけないだろ」
「嘘つけ」
ぼそりと毒づいたシュウを横目で見たが、何も言わず黙々と走り続ける。
「お前を好きじゃない奴があんな事を言うか」
ぶっきらぼうに言うシュウに、エディスは何も返さない。唇をきゅっとすぼめ、顔を赤くし……シュウは目を細めた。
「なんか言え、よっ」
「いっ」
手を伸ばし、エディスの頬をつねる。
「黙って走るッス」
普通にしていても睨んでいるようなジェネアスにじっと視線をやられたシュウは、つねる指を離す。
それから頬を撫で、
「ごめんな」
と囁いた。
「べ」
別に、と言おうとしたエディスの体がシュウ達の目の前から消える。
「この期に及んでまだエディーを口説こうとするなんて、本当にいい度胸してるね」
ジャッと音を立てて止まったギールに抱えられたエディスは瞬きをする。舌打ちをしたシュウは銃を取り出し、ギールに向けて発砲した。
咄嗟に腰のL.A-21に伸ばした手をギールに止められる。
「大丈夫だから」
そう言って微笑むと、また空間に黒い玉が発生し、銃弾を溶かした。
エディスの屋敷近くにある、鉄に囲まれた空き地。エディスを抱えたまま、溝の上に大雑把に置かれた鉄板の上をギールは通り抜ける。以前、犯罪者の溜まり場になっていたここには、もう誰一人住んでいない。
「っ、ここ……!」
あの時、ギールは反抗するエディスを気絶させた。連れて帰られたのは自分の家だったが、今度はどこに連れて行かれるのか分かったものではない。いくら好きな、恩のある相手だろうと、自分を愛してもいない人の世界に閉じ込められるのは嫌だ。
「あっ、いや……だ」
ぐっとL.A-21を掴んだギールの手を押さえる。だが、力任せに腰のホルダーから引き抜いた。金と銀の双剣を冷酷な目で見つめ、ギールはふっと息を吐く。
「返せ」
それに手を伸ばしてきたエディスを横目で見る。
「大切?」
「大切だ!」
届かないように手を上げながら意地の悪い顔で訊ねた。そう、と呟き、一箇所だけある出入口に視線をやる。
「でも、もう君は戦わなくていい」
出入口に現れたシルベリアに、L.A-21を放り投げた。投げられた剣をシルベリアは受け止め、胡乱げに見つめる。
「なんだ、これは」
「エディスの剣だ!」
シュウが叫ぶと、シルベリアは眉をひそめて剣を見た。そして、まるで汚い物に触ったかのように、嫌悪し、投げ出した。
「グレイアス!」
その剣はシャラシャラと、泣くような音を立てて、深い溝の中に落ちていく。町を巡る、細い川の道。その流れに入っていってしまう。
「離せ」
短く命令したエディスをギールは薄らとした笑顔を浮かべ、首を横に振った。エディスはその顔をガラス玉のような目で見つめ、手を伸ばした。コートとシャツの襟を掴み、荒々しく開く。そうして見えるようになった首に顔を寄せる。
薔薇のような唇を開くとチラリと見える白い歯で、首に噛みついた。
「え……」
たどたどしい、慣れていない様子だが、確実に血を吸われたギールは目を見開く。トンッとギールの腕の中から下りたエディスはシルベリアの正面に移動する。
彼はきっと君の大切な奴を殺しても、俺はコイツを殺さない。コイツにはこの世界の方が地獄に思える。
「たかが剣二本が」
他の奴はどれも等しく屑に見えるんだろう。けれど、シュウだけは特別なんだ。コイツは俺によく似ている。そう、その長い髪を持った姿も強い魔力も、一人しか愛していないことも、だけど誰にも心を全て任せられないことも、愛している人だけは永遠に自分だけを愛してくれやしないないことも。どんな人だろうと、本能的に愛した人と恋はできない。
愛情よりも憎しみに近い存在だ。シュウやリスティーとは違う。
「悲しいのか!」
青から赤に変わった右目のまぶたに触れたエディスはそう返し、色の違う瞳で強く見返した。
「こんな気持ちはお前なんかには分からないだろうけどな」
唇を歪にゆがませ、眉を片方下げ、自分よりも格下の者を見るような顔で見られたシルベリアは自分の肩の前に腕をやり、隠す。
エディスは爪先で地面を二度蹴り、シルベリアに向かって猛然と駆け出した。