白銀の少年の歌う友の決意を
「コーヒーのおかわりはどうですか?」
「ああ、くれないか?」
カップを持ち上げると、濃い茶色の液体が注がれる。
「ありがとう」
匂いを堪能してから、一口含む。カップを受け皿に置いて、目を閉じる。背もたれに体を預けると、二階からエドワードとルシリアのじゃれつく声が耳に入ってきた。
「シトラス」
目を開けて、姿勢を正す。
「迷惑かけるな」
シトラスは少し驚いたように、テーブルを拭く手を止めて凝視してきた。だが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべ、首を横に振る。
「こちらこそ、兄がすみません」
「いいよ。あれは俺が悪かったんだ」
布巾を小さく折りたたんだ後、椅子を引いて腰かける。
「エディスは、兄に恋愛感情を持っているわけではないんですよね?」
「死んでも持たないな」
率直な考えを口に出すと、シトラスがえっ、と上半身をテーブルの上から伸ばす程に食いついてきた。
エディスはそれに少し笑ってしまいながらも、
「アイツだけはなにがあっても好きにならない」
否定した。
「ということは、今はまだ愛してはいない、ということでいいんですよね?」
ああ、と頷き、カップの縁を指の腹でなぞる。
「俺が好きになるのは、ギールだけだ」
「……それは、本当に?」
シトラスの真っ直ぐな目に、エディスは苦笑してしまいそうになる。
「あなたはギールを本当に愛しているのでしょうか」
愛しているか、愛していないか。その問いに答えることは、ひどく簡単なことだ。エディスはまろやかな味のコーヒーを口に含み、そして飲み下そうとした。
「あなたは、ギールとセックスすることができるのですか?」
だが、シトラスの続きの質問に、口の中のコーヒーを噴きだしそうになった。
「セッ!?」
「いえ、兄とできないことでも、彼とならできるのかと……」
「いや、できるかできないかって訊かれたら、多分」
なんとか堪え、腕で口元を隠しながら答えようとする。
「多分?」
「で、できる……かも、しれない」
続きを促され、エディスは言葉を締まらない調子で呟いた。
「けど、愛してるだけじゃないんだ」
「愛だけではない、ですか」
そっと、胸に手を当て、目をつむる。
「恩を返したいんだ」
「恩」
そうだ、と言う自分の顔がほころんでいくのを、エディスは感じていた。
「アイツを守ってやりたい――エディスさんから解放してやりたいんだ。俺に命をくれたから。……余計なお節介かもしれないんだけどな」
「きっと、余計なことではありませんよ」
最後は失笑に変わってしまったエディスに、シトラスはそっと話しかける。
「あなたに手を伸ばしてもらえた時のギールは嬉しそうでしたから」
「……そうか」
カチコチと、時の進む音が耳に入ってくる。この音を、自分以外はどのように思って聞いているのだろう。昼から夜になり、朝になる。ゆっくり、じわじわと死に近づいていく音を。
「軍にいた時は全く使えないどころか、あなたの脚を引っ張っていましたが」
大きな柱時計に目をやっていると、シトラスが静かに話し掛けてきた。
「今度は必ず、彼女の分まで戦ってみせます」
胸に手をやる彼の、瞼の裏に映っているのは、今も太陽のような笑みを浮かべているであろう、自分の妹の姿に違いない。
「一人でも多くの命を救います」
「頼む」
真夏に咲く、向日葵が瞼の裏でチラチラと揺れている。