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『僕がいた過去 君が生きる未来。』本編  作者: 結月てでぃ
白銀の少年の歌う偽りの願いを
158/210

失くしてしまわぬように

 ふらりとギールが立ち上がる。

「エディス」

 すると、その女性は赤い唇の端をにっこりと上に引き上げた。

「いい子にしてた? 私のヴァンパイア」

「ずっと」

 そっと、エディスを扱う時とは真逆のように、優しく優しく抱き寄せる。

「ずっと、君を捜していた。待っていたんだ」

 そのギールの頭を白く細い手で撫で、頬に手を当て、微かに触れるような口づけをした。

「おかえり」

「ただいま、俺の愛しい人」

 うっとりと絡み合っていた視線が外れ、二人は子どもたちの方を向いた。そして、エディスとほぼ変わらない顔をした女性が眉を顰めた。

「ギール、どうしてあれが私の物を持っているの」

 指差されたエディスは、何の感情も浮かんでいない、空虚な目で見返すだけ。

「ああ、あれは彼に貸してあげただけだよ」

 と言ったギールがエディスの傍まで行き、髪を払う。そして、耳についた月の形をしたピアスを取り外した。それからまた、女性の元へと帰っていく。

「どうして、こんなに勝手なことをするの」

「ごめん。この方がより君らしくなれるんじゃないかと思ったんだよ。君にこのピアスがとてもよく似合っていたから」

 怒らないで、と優しく言われた女性は少し機嫌を直したのか、自分の右サイドの髪を持ち上げ、

「つけて」

 と言った。

 ギールはそれに素直に従い、恭しい動作でピアスを取り付けた。

「うん、やっぱりこれは私じゃないと似合わないわね」

 女性はふふ、と笑って周りを見下した。

「あなたは、誰ですか」

 シトラスが恐る恐る言葉を出した。

「エディスのお母様、ですか」

 その女性はそれを聞いて微笑し、

「ええ」

 と答えた。

「それは私の中から出てきたものよ。私に似てるから、綺麗でしょう」

「そうですね。彼はとても綺麗です」

 シトラスは温厚そうな顔でさらりと言葉を出していく。

「それで、本日はどのようなご用件でおいでになられたのですか?」

「ギールを迎えにきてあげたのよ。私に会えなくて寂しいと思ってね」

 それを聞き、シトラスは唖然としたが、すぐに表情を戻し、

「そうでしたか」

 と微笑した。

「……ところで」

 その女性がふふ、と下唇の下に指を当てて笑む。赤い舌をだし、ぺろりと唇を舐めた。

「あなたたち、美味しそうね」

【護り神 此処に!】

 素早く反応し、立ち上がったエディスがシールドを張ると、母は哄笑した。

「エディス」

 守るように彼女の前に進み出たギールの姿にエドワードは奥歯を噛み締めた。だが、すぐにシトラスの手を掴んで立ち上がった。

「シトラス、僕らから離れないで」

 いいね、と言ってから目を閉じる。

【覇王の脈動】

 魔法で槍を召喚した弟の冷静さに、助かったとエディスは胸を撫で下ろした。そして、母を守る愛しい男を見ながら口を開く。

「来い、グレイアス!」

 エディスの自室のドアを蹴り飛ばし、手すりを飛び越え、――グレイアスという名の魔人が入った――金と銀の双剣がやってきた。それを掴み、エディスは鞘を引き抜いた。

 母はその姿に、さらに笑みを濃くさせる。

「いいわ、ギール。こんなに美味しそうな子たち、久しぶりなの」

「エディス、君……?」

 初めて彼女に対しての態度が変わったギールの頬に、大人しくしてなさいと優しくキスをする。

 それからエディスの作ったシールドに手を触れ、

「悪い子に育ったのかしら」

 と呟いた。

 その瞬間、パンッとシールドが弾けて消えた。

「ギール」

 驚きと恐れで呆然とするエディス達に背を向ける。ぺろりと唇を舐めた母がギールの方を向き、睨み付ける。

「あなた、自分の魔力をあれなんかにあげたの」

「あげたよ」

「私のために? 私の、望みのために?」

「……いいや、こればかりはあの子のためにだ」

 目を逸らすギールに対し、母はだんだん目を吊り上げさせ、唇を噛みしめていく。

「どうして」

「死にたくないと言われたし、死んでほし」

 頬を叩かれたギールは自嘲するような笑みを浮かべた。長い爪が引っ掻いたのか、三本赤い線が入り、そこから血がじわりと滲みだした。

「私にさえくれなかったくせに……!」

 女神のように美しい顔を鬼女のように歪ませ、息子を睨みつけてから、母は出ていった。

「ギール、ごめんっ」

 痛かったよな、と駆け寄ってきて頬に触れようとしてくるエディスの手をギールは掴んだ。

「君が、彼女と同じだったらよかったのに」

「また、そんなことばっかり……!」

「ごめん。……エディス、これで最後になると思うから、血をくれない?」

 苦笑したギールにそう言われてしまったエディスは拳をぎゅっと握り、頷く。すると、すぐに肩を掴んで引き寄せられた。前日に怪我をしたそこを強く握られると、ピリリと痛んだ。ギールが綺麗に巻いてくれた首の包帯を、ギールが解いて床に落とす。そして、シュウが噛みついたところに噛みついた。痛みにエディスは眉をぎゅっと寄せ、ギールの服の胸辺りを握りしめた。

「ありがとう」

 と言うギールに、別にとそっけない感じで返して、見上げる。

「エディスさんのこと、捜してた?」

「ずっと」

 そっか、とか俺も、とか言いたい言葉は他にもあった。けれど、エディスはそれを置いてさらに質問をした。

「エディスさんのこと、本当に愛してるのか。愛してるって、言い切れるのか。お前……心の柔らかいところを犯されちまってるから、自分の中での愛情と恩義の境目が分からなくなっちまってるんじゃないのか?」

「いいや、俺はエディスだけを愛してる。ずっと、君の表面にあるエディスに対して愛してるって、言ってきたんだ」

 すると、今度こそエディスは、

「そっか」

 という言葉を零した。

「じゃあ、またな」

「うん」

「……俺の、俺のわがままに付き合ってくれて、ありがとうな」

 エディスは、ギールの服を強く握りしめた指の力を解く。

「ううん」

 そう言って背中を向けて歩き出そうとしたギールに向かってエディスは口を開いて、閉じる。目も口も強く強く閉じ、それからまた開けた。

「ギールッ」

「なに」

「最後に、もう一つだけ質問してもいいか?」

 少しの沈黙の後、ギールは首を縦に動かすことでそれを許可した。

「ここにいて、少しは楽しかったか?」

ギールは肩を震わせ、しばらく何も言わなかった。

「…………楽しかった」

 喉の奥から出された言葉に、エディスは手を差し出す。背中を向けているギールには見えないが、それでもいいと、手を差しだす。

「行くなよ」

 ギールはまた黙る。しかし、今度は口に手をやるという動作を行った。

「行くな、ここにいろよ。俺が、俺たちがお前を守るから」

 その言葉に、ギールが驚いたように振り向く。エドワードとシトラスがエディスの背を押すように、力強く頷く。

「もう、愛してるなんて言葉で自分を守らなくてもいいんだ」

 ギールは顔をくしゃっと歪め、すぐ傍にいるエディスを力いっぱい抱きしめた。

「だから……だから君が嫌いなんだ!」

 掻き抱かれたエディスは初めて涙を見せたギールの姿を目にし、エディスは背中に手を回す。

「どうしていつも君は俺を困らせる」

 そっと目を伏せ、背中に回した手でぽんぽんと優しく叩いた。

「お前が好きだからだよ」

 答えてしばらく、何の音も動きもなかった。

「ギール?」

 それに不安を感じたエディスが顔をあげると、顎の辺りを包まれる。かさついた唇が自分のそれに重なってき、エディスは目を見開いた。

「ありがとう」

 ギールは目元をぐと手の甲で拭い、目を和ませて笑う。

「本当に楽しかった」

 と言い、すでにどこかに行ってしまった彼女を追いかけるためか、離れていった。

 エディスはその姿を見送った後、一言も発しないままキッチンに入っていく。その奇妙な行先に、三人は顔を見合わせて首を傾げてから追っていく。

「あっ!」

 金属の派手な音の後、銀の髪がはらりと落ちるのを見たエドワードが思わず大声で叫ぶ。

 ためらいもなく切ってしまった髪を左手に持ったエディスが鋏をカウンターの上に置いて体の向きをエドワードたちの方に合わせる。

「に、兄さん髪……」

「いいんだ、ただの願掛けだったから」

 と言って笑う兄の顔を見て、エドワードは少しほっとした。

「俺は、この国を変えたい。あの母が産んだ、王の血を引く人間としてではなく、一人の人間として、軍人として」

 届くはずのない人には、やはり届かなかった。けれど、この人たちには必ず届くと信じて、

「だから、俺に力を貸してくれないか」

 エディスは手を出した。

「エディーのためなら」

「うん、兄さんのためならっ」

「あまり力になれませんが、僕でよろしければ」

 ためらいなく握られた手に、エディスは心の中でうん、と呟いた。

「ありがとう、皆」

 まだ自分には残っている。たくさんのものが奪われてしまったけれど、まだ守るべきものがあるんだとじんわりと胸に滲み込ませる。

 これからの長い時間への想い出として、忘れないように、失くしてしまわぬようにと。

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