白銀の少年と嘘つきな愛の約束を
【彷徨える刻の神よ
我が元へ 我が生へ
力は此処へ
力を破壊へ
変換し 我が柄へと変わり
創造等齎してはならない
我が名を呼ぶ
破壊を この手に 創造を 壊す】
カキカキカキと氷を削るような、機械音のような、変な音が辺りを囲む。
【創造神の反乱】
ふわりと少年のきつく結ばれた茶の髪が浮く。すぅっと空気を吸い、そして一息に手を上から下へと振り下ろす。
「彷徨える魔術か」
「うん。そうみたいだね」
特別仕様の軍服の中に自分より小さい飛踊の体を入れ、背に鋭い刃を含めた風を大量に浴びながら、トリエランディアは頷いた。彼は平気だ。その軍服は近距離戦専用になっているのだから。
「エド君達は?」
「我が軍最強の少女が一緒にいるのを忘れてる?」
トリエランディアが苦笑して見ている方向を見ると、そこには二人の子供がいた。
「うわっ、うわわわわあっ!」
なさけない声を上げるエドワード。その前の小さな小さな少女であった生物兵器。両手を前にやり、飛んでくる全てのものを爆発させている。
「うるさいわ。黙ってて」
幼い少女のそれで話している人物は、確かに兵器だ。
「だって、お前……!」
「仕方ないでしょう」
飛んでくるものには、仲間の軍人も含まれている。だが、少女はそれにも構わず爆散させてしまっていた。エドワードには、憐れ。としか感想の言い様がなかった。
他の兵はというと、無残に切り刻まれる者、必死に逃げる者。はたまた、地を這うものの背後にギリギリで入り込む者等色々だ。
「彷徨えるを使えるとなると、相手出来る者が限られて来るよな」
「あれはやっかいな魔術だしね」
彷徨える神の魔術。この国で最もよく知られた、禁魔術の事だ。彷徨える神の力を自身の力へと強制変換し、何かをもたらす魔術。その強力な効果も禁術とされた原因だが、一番の原因は、術者への反動だ。効果よりも、術者の力が少しでも劣れば、その術者は身を焼かれる。様々な方法で、命が絶えた後も、魂が焼かれ、死ぬ事が許されなくなるのだ。
「僕らが行くしかないね」
「それが大将だったらどうするんだ」
「あ、そっか」
じゃ、とトリエランディアがある方向を見る。
「ギール君っ、出番だよぉー!!」
「無理無理無理無理!!」
先ほどからずっと走り回って刃から逃げている情けなさすぎな男。その隣のシトラスがその首根っこをわし掴む。
「行って来なさい」
「でもこんな状況で……」
死屍累々としている戦場になど、一般人を投入するなど、殺人行為である。
「はいはい。兵士が倒れてなければいいんでしょう?」
くすくすと微笑むシトラスを見、ギールはふと気が付く。そういえば、シトラスも一般人だ。こんな所にいていいのだろうか?
「何時までへたってるんですか、情けない。エディス様が見られたらどう思われる事か」
身に羽織っていた黒のコートを、地を這うものの背後でへたっていたエドワードにかけ、中央に歩いて行く。
「シ、トラス! 危な、いって、あれ?」
「はい? どうしました、一般人さん」
ふふっとシトラスが笑む。身にまとうのは、薄蒼の軍服。
「シトラスは、私と同じよ」
「へ?」
地を這うものが、こちらを向いていた。
「シトラス……ううん、NNS-RTC。物体名゛The person who heals all″はね、マスターが適合者なの」
「エディーの?」
「うん。でも、戦場に立つ事を拒み、人間でいる事を、望んだの」
それは、許されない行為。国民として、許されない、行為。
「でも」
「今は、もう軍人じゃないよ。あの軍服はもう何の意味もなさないの。だって、マスターが身代わりになったから」
「エディーが?」
人間兵器の代わりを、そうでないエディーが、出来るのだろうか?
「うん。実験体として、身を捧げたの」
「実験体!?」
「人間じゃないもの。当たり前よね」
くすっと地を這うものが笑う。人の心を持たない、生物兵器。幼い少女の体の中に入った、化け物。
「どうして、そんな……」
そんな事、俺は知らない。どうして。エディーは、ヴァンパイアが嫌いで。
『魔物を、研究してるんだよ』
そういえば、一度、家にある実験室の事を聞いた時、エディーはそういう風に答えた。なら、その実験は――
「俺の、せいなのに……なんでアイツは」
「大切な人が、幸せに暮らすためよ。そう言ってたわよ、マスターは」
「自分が実験体に、されてまでか」
「そう、彼は、犠牲愛しか与えられない人」
犠牲。自分を犠牲にして、誰かを愛するしかできない?
「そんな事は、ない」
エディーは。
歓声があがった。シトラスが傷を癒したのだ。
「何している!! これくらいで怯んでる場合じゃないだろう! 進め、前を見ろ!」
飛踊のはっきりとした声が響く。トリエランディアの剣が人を引き裂く音が、地を這うものの人を爆発させる音が響く。
「行ってくるよ」
「い、いってらっしゃい! ギールッ」
「え、なに?」
「帰ったら、言う事が、あるんだ! だから、ちゃんと帰ってきて、聞いて」
いつも正面から、ちゃんと自分を見てくれていたエディーの義弟。
「分かった! きっとエディスと帰ってくる!!」
「当たり前でしょう! 早く!」
シトラスがそっと背中を押してくれる。
「僕らが道を作る。だから! だから、お願い!」
エドワードが泣きながら叫ぶ。ああ、うん。もう泣かなくていいよ。俺が彼の元に行くから。エディスのために。俺のために。そして君たちのために。
「大丈夫だよ、俺はもう行く」
そう、もう行かなくちゃ。
「帰ってきてよ!! 絶対に!」
ごめんね、ただいまは言えない。だって、俺はもう行かなくちゃ。
「エド、シトラス、有難うね」
俺は、行かなくちゃ。うん、少しだけでも、嬉しかった。彼がいて。君達がいて。久しぶりに、平穏な生活を得た。
あの愛は、本物だった。エディーのくれた愛は。
だから、ちゃんと返そう。再び、会うことができなくても。
「愛しているよ、死した後も…エディス」