白銀の少年と盗聴の約束を
「最近、おかしいですよね」
「お前が?」
じっとシトラスが無機質な瞳で十秒ほど見つめると、エドワードは手に持っていたカップを机に置き、頭を下げた。
「エディス様です」
「確かに。仕事が無い日も帰ってこなくなったね」
うさぎ柄エプロンを着たギールがお茶をすすりながらこぼした。
「それってさ、浮気?」
エドワードがのん気に言った言葉にシトラスとギールが、
「それだ!!」
という風に指を差した。
「ただいまー」
三人で悩んでいたら、タイミングの悪い事にエディスが帰ってきてしまった。口々に名前を叫んでしまう。そうすると、エディスはリビングの手前で嫌そうな顔をして止まってしまう。
「なんだよ、三人そろって。なんか不気味だなあ」
「どうした? って」
「あぁ、最近帰ってきてなかったからか。悪かったな、ちょと外に用があったんだよ」
ふわ、とエディスはあくびをした。
「俺、眠いからちょっと寝るな」
と、すたすたと上に上がっていってしまう。
「やっぱり浮気ですかね」
「浮気じゃないのか?」
「ええ、浮気ですね」
ミシアがどうでもよさそうに、メルサンがいつも通りの抑揚のない声でぽつりぽつりと話す。
「どう考えてもそうでしょう」
「どうにかならないのかなぁ?」
くすりとメルサンがその発言に口をゆがめさせた。
「どう思われますか、マスター」
メルサンに聞かれた男ははーっと息を盛大に吐き出した。
「放っとけよ、んなの。浮気されるような奴が悪いんだろ」
「そんなこと言って! どうにもならなくなったら、どうすんのさっ」
机に手を置いて、身を乗り出してくる少年を見て、男はもう一度ため息を吐きたい気分になる。
「分かったよ、盗聴器かなんかでも仕込んでくりゃあ満足するんだろ、お前ら。やってきてやるよ」
わっと盛り上がる中、エドワードだけはジト目でシュウを見つめて、吐き出すように言う。
「自分が一番気になってるくせに」
シュウはエドワードの頭を持っていた雑誌で叩いてから、扉の外へ出ていった。
なにが悲しいかなんて、なにが寂しいかなんて分からない。だけど、愛しい人が消える時は、そうなると気づいている。
そんなのは、卑怯だ。今まで多くの命を消し去ってきた奴の言う言葉じゃないということは、分かっている。
けれど、そんなことはもう嫌だ。
『エディー』
『待たせちまって、悪い!』
『いや、いいよ』
仕込んだ盗聴器に入るのは少年の声と、青年の声の二つ。
『じゃあ、帰ろう』
『あ、ああ』
そこでその場にいた何人かは顔を見合わせた。
「帰るって?」
「さあ?」
ガビッと酷いノイズが続いて、何が起こっているのか、少しだけ分からなくなる。
『いつまでも、盗み聞きするのはよしたらどうだ。趣味が悪いぞ』
それを聞いていた者の顔から血がざっと引いた。
「早いだろばれるの!!」
「早すぎますね」
「そうですね」
シュウが悲鳴のような声を上げ、それにシトラスとメルサンが頷いた。
「エドワード、どうしたの?」
一人だけ素のままの顔でいるギールがエドワードに訊くのに、
「あの声、どっかで聞いたことがある気がする」
首を傾げて答えた。
「ああ、それはそうでしょうね」
メルサンが肯定すると、他の者は誰だという顔をした。
「反軍の新しいリーダーですよ」
喰われてしまう。自分の中に潜む悪夢に。
そして、アイツはきっと求めるだろう。愛すべき人を。
そうしたら、全てが終わりに近づく。俺は、もう愛されなくなる。
だから、今がずっと続けばいいと俺は願っている。終わった後でも、そう願っているだろう。