白銀の少年と帰還の約束を
ビーッとけたたましい音が街中に響き渡る。
「おや?」
ガサッと抱えた紙袋の位置を上にあげ、周りの人の顔を見た。
「今日は買い物、中止ですね」
荷物が落ちないように駆け足で走り出す。周りはきゃあきゃあとうるさい。悲鳴を上げているだけで、逃げようともしない。
「軍は何をしているの!?」
「早く来て!」
「どこに現れたの!! 近くなの!?」
店は急いでシャッターを閉め、シャッターの下にいた人は潰される。
「……惨い」
もう一度シャッターが開き、ゴミのように怪我をした人が路上に捨てられた。白目を向いた目と、自分の目が合う。数秒は見たが、それだけでふいと目をそらし、馬鹿の叫び声から抜け出した。
家の近くの、広い広い道に入る。流石に、警備を雇っているこの地域では悲鳴一つしない。するのは主を守ろうとする者達の足音とひそやかな話し声のみ。
「ふ、わ……!」
地面から何かが起き上がってくる。グラグラと揺れ、地面から落とされる。背中を強打し、息を詰めていると、目の前が暗くなった。土色の、大きな蜘蛛がシトラスの上に影を作っていた。
「気持ち悪いですね」
うっと顔を歪めた。
起き上がり、蜘蛛の横を走る。この横を通り抜けなければ家に着くこともできない。後ろに戻ると、あの悲鳴の中にこれを入れてしまうことになる。蜘蛛がザカザカと追いかけてくる。それにぞっとし、速度を上げる。元々、そんなに足は速くないというのに。
「もう1匹はっけーんっ!」
のん気な声が空中からぽおんと槍と一緒に落ちてきた。
【その身に降り堕ちし罪の数 槍と変え 我が力となれー!】
バカッと槍が割れ、雨のように降ってくる。地に槍で張りつけられ、蜘蛛がぎゃあぎゃあと鳴く。それを顔を引きつらせて見ていると、軽い音をさせてシトラスの50メートル程後ろに降り立った。
「もーっ、鈍くさいんだからー」
むぅっと頬を膨らませ、
「そこにいると邪魔になるから、早く僕の後ろに来たらどうなのさ」
太陽を背後にして、槍を携えた少年が。
「貴方は……エドワード!?」
「たっだいまー、シトラス」
にこにこと笑って、手を振った。
「軍内部に魔物が出るって……ちゃんと警備しろよな」
だかだかと軍のグランドを横切るのはエディスだ。その手には剣ではなく、拳銃が握られている。
「武器庫に剣、取りに行きたいんだけどなー」
武器庫の前にわらわらと群がっている人を見たら、行く気を失くした。間抜けなことにも、目の前に出てきた狼を蹴り倒す。腰に取り付けたガンホルダーに差し、両手を自由にさせる。
「ふっ!」
腹に肘を突っ込み、もう1匹飛び込んできたのの頭を掴み、顎の部分に膝をめり込ます。
「てめーら、」
足に群がってくるのの頭を踏み、上半身に飛びかかってくる血気盛んなやつを掴んで武器庫まで投げる。うおうおと悲鳴があがったのに、さらに目つきを悪くさせた。
「ボサッとしてねーでさっさと武器選んで戦いやがれ!」
狼の顔面に拳をねじ込む。
「いっそ武器なしで戦いやがれ!!」
あらかた狼を沈めた後、次の場所に走って行く。剣を取りに行くのは無理そうだ。
「無理ですって……」
「出来るのはアンタくらいです」
それをぼーっと見つめていた周りの軍人は口々に言い、また武器庫に群がった。
軍を囲む壁に沿って走る。すると、すぐ近くでバサバサと書類の落ちる音がした。
「メルサン!!」
書類を地面に散らばせ、赤い髪のガイノイドが倒れている。その上にいるのは、薄茶色の皮膚をした、半裸の男だ。変態なのではなく、先ほどエディスがグラウンドで戦っていたものの人間体である。
エディスは接近して倒そうと思い、駆けだすが、500メートルは距離がある。足では間に合わないとふみ、腰のガンホルダーから拳銃を取り出し、足を止めた。
「当たってくれよ……!」
狙いを定め、引き金を引く。マズルフラッシュが目に焼きつき、強い衝撃に体が跳ぶ。
「く、ああッ!」
壁にぶち当たる。ゴッと頭までうち、頭を押さえる。
「だっから銃は嫌いなんだよ!」
命中率は悪くないほうだ。入隊試験でも、好成績を収めてはいる。ただ、軽過ぎるだけなのだ。エディスの体では、拳銃を扱うのは難しい。体重の軽いエディスでは、反動を受け止めきれないだけ。
壁にがっちりと背をつけ、もう一度狙いを定める。一発目は一応、かすめたらしく、目標はエディスの方を向いていた。歯を食いしばり、2発目を撃つ。間をおかずに、3発目を。あまりにも目標がメルサンと接近してしまっているので、魔法を使用することが出来ない。
「くそ!」
目標は自分の方に食いつかせてはいるが、決定打となるものを与えられず、エディスはギリリと歯を噛みあわせる。よだれを垂らして、男が走ってくる。ふーっと息を吐き、拳銃を握り締める。
目を開け、構えようと腕を伸ばそうとしたエディスの顔の横からバッと別の腕が伸びてきた。それはエディスの手から拳銃を奪うと、男の足の関節部分を打ち抜いた。
「へたくそなんだよ、テメーは」
壁をよじ登り、眉間に皺を寄せた青年。
「お前、帰って……」
「おう。今帰ってきた」
「地を這うものは」
そう問うエディスの左耳に爆発音が入ってくる。目を見開き、口を一文字にしたエディスが見ると、もくもくと煙が上がっていた。
「元気で帰ってきたみたいだな」
残酷なまでに可愛らしい笑顔を顔一面に浮かべているであろう、幼女を頭に浮かべたエディスは額に手を当てた。
「まーな」
トントンと肩を叩いた青年は大きく口を開く。
【聞こえるか!
血の長るる手に作られた
心を持たぬ人工人間共
聞こえたなら
この俺の命に従え!
悲鳴の元に 生を探せ!】
低い声がエディスの上を越え、倒れている赤い髪のガイノイドまで届く。ゆらりと人間のようにメルサンが立った。
【答えます
血の流るる手に作られた
心を持たぬ人口人間が
声に答え
悲鳴の元に生を探す事を
主の名の元に 誓います
ガイノイド メルサン・ホワーリッジ 起動します】
ガシャガシャと腕が変形していく。それに男は首を傾げて、ダラダラと涎が流れる口の中に指を入れた。
「放て!!」
青年が腕で風を切ると、轟音と共にガイノイドの変形した腕から何かが発射された。
「うおっ!」
身の危険を感じ、横に体を倒したエディスの顔から胸があった位置に大きな穴が開く。
「……おい」
ビチャビチャとかかる男の肉片を払うと、エディスは上半身を起こし、大声を張り上げた。
「シュウ、テメエ! メルサンに何しやがったー!!」
ははっとそれに青年は笑い、メルサンはもくもくと腕を変形しなおしている。
「あの腕の装置は何だよ! まった改造しやがったな!」
腕がまるでバズーカーか何かのようにばっくりと大きく開き、その口から何かが出た。何かが。
「メルサンは俺の物だ。別に何をしたって俺の勝手だろ」
壁の上から下りて、エディスの横に座ると、自分のシャツでエディスの顔を拭く。
「おかえり、シュウ」
その手をエディスがつかんで言うと、シュウは一瞬目を点にさせたが、すぐににっとした笑みに変えた。
「おう! ただいま!」