白銀の少年の嘆く軍人の願い
エディスは大股で走りながら魔物を倒していた。そんなに強くなく、数もそう多くはない。ただ、体躯が大きくないため、住民が気付かず負傷してしまう可能性があるかもしれないことが問題だ。
悲鳴が聞こえてくる前に退治をするために、エディスは急いでいた。角を曲がったエディスは、握っている剣を振るった。剣は獅子の頭を刎ねる。
「こちらエディス! 中央地区の八で魔物を殺害した。誰か除去しに来てくれ」
『了解しました』
携帯用の通信機に向かってそう言うと、淡々とした返事がきた。それからまたエディスは走り始める。
「後一体……!」
気配がする方へとどんどん進んでいく。
「エディスさん!」
そこへ、路地から出て来たキリガネが声をかけてきた。後ろ髪を首の付け根の辺りで一つに結い、黒い執事服を着た青年はエディスの後を追ってくる。
「キリガネさん?」
「あなたは一体なにをしているんですか!」
会うなり怒鳴ってきたキリガネに、エディスは眉をひそめた。血の滴る剣を持った軍人がなにをしているかなど、一つしかないだろうに。この人はなにを言っているのかという気持ちが浮かんでくる。
「仕事です」
「なぜエドワード様を放っておくんですか!」
彼を呼んだのがエドワードなのだということを知ったエディスは魔物です! と叫んだ。
「魔物が近づいてきていたので、エドワード様を安全な場所へと避難させて頂きました」
自分は軍人なのだ。彼の義理の兄である前に軍人だ。それは変わらない。
嘘の肩書よりも本当の肩書を重要として動く。自分の帰る場所はあの家ではない。できることはたった一つしかない。それは、泣いている少年を慰めることではなく、死体を殺すことだ。
エディスから事情を聞いたキリガネは、
「分かりました」
と頷く。
「申し訳ありませんが、自分はこのまま戦闘を続行します」
「では、私がエドワード様を」
「お願いします」
エディスはキリガネに頭を下げると、キリガネは目を細めた。背を向けようとしたエディスに、ええという声がかかる。
「私はエドワード様の執事ですから当然です」
あなたと私は違うのだと言いたげな言葉に、エディスはふっと笑みを零した。そうですね、と小さく冷たい息が口から抜け出す。
「存外、冷たい人だ」
それにはなにも答えず、エディスは駆けだした。恐怖をもたらす魔物を殺すために。
彼を迎えに行ったのは、その三時間後だった。他の所からも魔物が集まってきたのと事後処理がなかなか終わらなかったため、大分待たせることになってしまった。途中でコートをかけに戻りに行ったのだが、シールドの中で気絶していたために話せなかった。
心配で戻ってきたら、箱の中で作られた人形は、さらに大きく薄暗い箱で育てられた男と喧嘩をしていた。
心配して損をした――とは思わなかった。エドワードはまだまだ子どもだ。怖い目にあい、知らない人と一緒にいさせられれば怒りもするだろう。たとえ、それが口が悪いだけの無害な男だとしても。
エドワードにつく方がいいか、シュウにつく方がいいか、頭の中でひっそりと算段する。間違えれば手痛い目に合うかもしれない。
結果、エディスはエドワードを選んだ。適当に、なんでも誰にでもいい加減なことを言われ続けてきたであろう子どもと向き合うことにした。
その晩は雨に全身を撃たれながら帰ることになったが、エディスは構わなかった。
ただ一つ、気になることがあった。シュウの首の傷のことだ。
あの時自分は面倒を見るような相手になっているエドワードを庇ったのか、それともシュウを庇ったのか。どちらか分からない。
「……誰を庇ったって、もうどうだっていいのにな」
なんでこんなこと気にしてんだ、と雨色のカーテンのようになってしまった自分の前髪を指で払い、エディスはエンパイア家という任地へと戻った。