一ノ瀬菊くん
連載はじめることにしました。よろしくお願いします。
「なぁ、知っとる?いちごみるくがピンク色なのは着色料にコチニール色素っていう虫から作られる色素使ってるからやってー。」
「コーギーのお尻ってさー、ふゎっふわでハムスターのお尻みたいで可愛くない?僕死ぬときは、コーギーのお尻に溺れて死にたいなぁ。あ、でもおならとかはしてほしくないわぁ。自分の遺体がおなら臭かったらめっちゃ恥ずかしいわぁ。」
「もう僕の免疫組織まじくそなんやけど。また風邪引いたっぽい。今度から病弱キャラで通そうかな・・・。あ、でも僕結構鍛えてるから、それは説得力ないか。僕の筋肉まじむきむきやでぇ、どやぁ。」
いつも実に楽しそうに、実に変態的な発言をこぼす一ノ瀬菊くんは、実に変人だ。
シンプルな黒ぶち眼鏡の奥に見える陽気で、穏やかなアーモンド型の黒目。
綺麗に切りそろえられた艶のある黒髪。真っ黒な髪と目とは正反対な、真っ白な肌。
180センチと大柄で、割とがっちりしている体。
少し低めなハスキーボイス。
密かに香るジャズミンみたいな華やかなにおい。
時にはお母さんみたいに面倒見の良いキャラとして、時には険悪な雰囲気をわざと壊す空気が読めないキャラとして私たちのクラスをまとめる彼は、すごく素敵だ。
決して誰からも好かれる王子様みたいな完璧な容姿ではないけれど、一部の人たちには熱烈敵に人気がありそうな、一ノ瀬君。
そんな彼に、私は仄かな好意を抱いている。これが恋心なのか、ただの友人としての好意なのかはわからない。でも、一つ確かなのは、彼と過ごす穏やかな時間がとてつもなく好きだということ。
「なぁ、設楽さん。僕、チーズ持ってきたけど少し食べる?」
そう、上目遣いで私を見上げるようにして言う彼。
東京にきて、もう数ヶ月たつのに自称関西弁が抜かない彼。
かっこよさと同時に可愛さもあわせもつ、一ノ瀬君。
ふふっと穏やかな笑い声を漏らして、返事を返す。
「相変わらず、変な一ノ瀬君。なんで学校にチーズなんか持ってくるの?」
「だって、おいしいじゃん!僕、コーギーと歴史と美術と同じくらいこのメーカーのチーズが大好きなんやで。」
「一ノ瀬君って、余生をコーギーと絵画と本と過ごしてそうだよね。」
「うわぁ、なにそれめっちゃ悲しい。あ、でも、よく考えてみればそれはそれで楽しそうかも・・・。だってさー、寝転がって絵を描いてたらさー、急にコーギーが自分のお尻に乗ってきて寝始めてさぁ。コーギーを起こさないように慌てて慎重に筆を動かしはじめたらさー、肘に使ってたコップがあたってさー、そのコップの中に入ってた汚れた水が作品にかかってさぁ。うわぁ、なにそれ幸せ。そんな日々送りたいわぁ。」
「じゃあ、一ノ瀬君は結婚願望が無いっていうこと?」
「っえ?まさか!僕結婚したい。すごく結婚したい。」
「もう相手がいるの?」
「・・・いないよ、でも好きな人、いるから!」
「外国の人?一ノ瀬君、帰国子女だもんね。うーん、アメリカ人?」
「ち、違うよ!昔から、大好きな人。」
「へー、意外と一途なんだね、一ノ瀬君。変人なのに。」
「失礼な!」
そう一ノ瀬君が鋭くつっこんだと同時に休み時間の終わりを意味するチャイムが鳴る。慌てて一ノ瀬君は自分の席に戻り、次の授業の支度をする。なんか動作がはやくて、ミーアキャットみたいだなぁ。
どうやら一ノ瀬君は男友達たちと次の教室へ行くみたい。相変わらず、みんなから慕われているなぁ。
「彩花!次の歴史、移動教室だよ!一緒にいこう!」
そう元気よく言う友人の舞につれられ慌てて教室へと向かう。
なんか腰いたなぁ・・・。
その日の夜。ぽこんという間抜けな音とともに一ノ瀬君からの連絡が届く。
「なぁ、設楽さん。今日のしゅくでい何だったった毛?ʅ(シ)ʃ」
「歴史の教科書をp.120〜128まで読んでまとめること。生物の実験のレポートをかきあげること。哲学のジャーナルを8ページ分かくこと。」
「うわぁ、まじけ?宿題多くない?(‾◡◝)」
「まぁね。」
「設楽さん返事が簡素で冷たいよ!お詫びにポトフ作って明日もってきてよ」
「なにそれ面倒くさい。」
「したらsん・・・。」
「なぁに、一ノ瀬君?」
「明日から毎週金曜日にリモコンの角に小指ぶつけて痛みに苛まれてしまえ!( ་ ⍸ ་ )」
「なにそれ、痛くないよ_(:3 )∠ _ 」
「うわ、その顔文字可愛い。」
「あ、り、が、と、う、っと。」
そう口に出しながら彼への返信をうつ。
本当に一ノ瀬くんは面白くていい人だなぁ。優しくて、穏やかで。コーギーと歴史と美術が大好きで。根からの文系で、数学が大嫌いで。生物はそこそこ好きで。好きな教科はとことん勉強して、嫌いな教科はあまりしなくて・だから、成績は上の下で。フルーツときのこが嫌いで、野菜が大好きで、スープ全般が大好きで。偏食家で、基本的に自分の好きなものしか食べなくて。なぜかケチャップは好きな癖にトマトは嫌いで。英語を流暢にしゃべれて、海外の友達もたくさんいて。絵を描くのが大好きで。アクリル絵の具と色鉛筆を使ったらプロ顔負けの綺麗で繊細な絵になる癖に、水彩絵の具を使ったら全ての色がごちゃごちゃになってまとまりのない絵になって。歌も上手で、ネズズミーの曲が大好きで。たまに一人で口ずさんで、周りから少しだけひかれて。私とも趣味がぴったりあって。だけど、運動が結構苦手で。でも、テニスだけは結構上手で。深い話、世界情勢の話とかをするのが大好きで。募金をするのが趣味で、だけど注射が怖いから献血は苦手で。みんなと平等に仲良くて、だけど数人すごく仲がいい親友もいて。肌が真っ白なのは皮膚がんが怖いからであって。だから、クラスのみんなにも日焼け止めをわけたりして。冬にはカイロをみんなの為に余分にもってきて。みんなのお母さんって呼ばれたりしちゃって。自称えせ京都弁でしゃべって、だからちょっとうさんくさくて。変な顔文字が大好きで。
そんな一ノ瀬君が昔は女の子を、私を泣くほどいじめていたガキ大将だったなんて誰が思うだろうか。本当に、あの乱暴で、意地が悪くて、私に対する怒りと軽蔑を露にしていたガキ大将の一ノ瀬君は、どこへ行ってしまったんだろう。
あの、幼い頃の暗くてドロドロした、いやな思い出がいつまでも私を苦しめる。どっちが本物の一ノ瀬君なのかわからない。今の一ノ瀬君と楽しく過ごせてはいても、必ず少しだけ、心の片隅が苦しいんだ。まるで、自分の心の中にたくさんの鋭利な石が転がっているみたいで。
もし、今の一ノ瀬君が本当の一ノ瀬君で、この好意が恋情なのだとするのなら、私はきっと一ノ瀬君と恋人として一緒にいたいとは思わない。なぜなら、あの苦しくて苦しくてたまらなかった、幼い一ノ瀬君が私をいじめていた思い出が私の好意が暴走しようとするのを、必ずとめるから。
元ガキ大将の一ノ瀬君は、いつまでも私を苦しめながらも、喜ばせるんだ。
無駄に設定が多いのでいつか設定集作ります。