プロローグ
人類最大の敵である魔を統べる王。その三代目。
後に史上最大の悪夢と称される彼の特徴を一言で表すなら『魔力が高い』ということに尽きる。
言葉にすれば酷くチープに聞こえるが、桁外れな魔力による攻撃は王国最高位魔道師の多重魔法防御結界を軽々貫き、桁外れな魔力による防御は垂れ流す魔力だけで魔法を無効化する。
過去を振り返ってみても、その強さは完全に規格外であった。
勇者が魔王を倒すのではなく、魔王を倒した者が勇者という存在であるため、魔王討伐前の彼らは漏れなく勇者候補と呼ばれるのだが、未だに勇者が誕生したという話は聞かない。
それどころか、魔物の進軍により、人間側は各地で大打撃を受けていた。
この村も、魔物に襲われた村のひとつである。
燃え盛る大地の中で1人の少女が泣き叫ぶ。
「お母さーん、お父さーん」
悲痛な声は周りの建物が燃える音や崩れ落ちる音に掻き消される。それでも少女は必死に叫び続けた。
すると、その声にひょろっとしたシルエットが答えた。
「こんにちは」
少女が振り返るとそこには山羊の様に曲がった角と、蝙蝠の様な黒い羽を持った人型の魔物の姿があった。
「ひっ、魔物!?」
思わず叫ぶ。
「どうしたんだい、こんな所で?」
だが、その魔物は全く構わずに優しい声で話しかけてくる。
優しい声につられ、多少警戒しながらも少女は答える。
「お、お母さんとお父さんとはぐれちゃったの…」
「それは大変だね。あっ!でも心当たりがあるかも?」
「本当!?」
「はぐれた娘を探していたみたいだから、多分そうだと思うんだけど…」
魔物は自信がなさそうに、うーんと唸っている。
その人間臭い動きに少し微笑みながら少女は尋ねる。
「もしかして、あなたはいい魔物さん?」
「いやー、悪い魔物さんかな」
そう言いながら何か丸いものを2つ転がした。
そして、少女の微笑みは凍りつく。
「あ…あ…」
「感動の対面だね!」
探していた顔がそこにはあった。二つの首が少女を見上げている。
「お母さん…お父…さん…」
少女は座り込むと首を両手に抱きかかえた。頭の中は真っ白だった。
「大丈夫、すぐ会えるよ」
魔物は少女の首に手を伸ばす。
「止めろ!」
辺り一面に響き渡る声。魔物はゆっくり声の主を見る。
「誰かな?折角の親子水入らずに水を差すのは?」
「勇者候補のティムだ!何が親子水入らずだ、ぶっ殺してやる!」
青年は言うや否や、10はあろう火球の魔法を放つと共に、剣を引き抜いて斬りかかった。
火球は全て避けられたが、狙い通りである。完全に剣の軌道上に捉えた。
魔物も避けきれないと判断したのか、すっと手を突き出す。
片腕は貰った。青年はそう思った。
しかし、魔物はあろうことか振り下ろされた剣を素手で掴み、握り潰し、真っ二つに折った。
予想外の展開に呆気に取られていると両腕を掴まれる。
直前に剣を折られた光景を思い出し、我に返ったが、その時にはもう遅かった。
鈍い音と共に両腕は動かなくなり、激しい痛みに襲われる。
しかも、魔物の攻撃はそれで終わらない。
足を掴み、青年を持ち上げると、足を折った上で、背中から地面に叩き付けた。
両腕、両足を折られ、仰向けのまま動けなくなる青年。
意識が朦朧としてくる。
ティムだって勇者候補だ。冒険の中で何度も修羅場を潜り抜けた。
パーティを組むことも多い勇者候補の中、単独で活動しているのは自信があるか、人望がないか。
彼の名誉のために言っておくと、もし勇者候補ランキングなるものがあるなら、上から数えたほうが圧倒的に早い程度には強い。
しかし、この魔物は強過ぎた。
霞む視界の中、魔物が少女に耳打ちしている様子が見えた。
少女は虚ろな目をしながら頷くと、小声で何かぶつぶつと言いながら、短剣を片手にふらふらと青年の方へと近づいていく。
「おい、何を言った」
魔物はニコニコと笑っている。
少女が近づいてきたので、呟きの内容が辛うじて聞き取れる。
私は悪くないとか私が悪いんじゃないとか、そんな感じの事を言っているようだ。
青年の前まで来ると立ち止まった。
「おい、その短剣で何をする気だ」
「だって…こうすれば、助けてくれるって…」
「魔物が約束を守る訳ないだろう!そもそも、俺は助けに来て…くそっ!なんだ、ふざけるな!」
青年はありったけの憎悪を込め、少女を睨みつける。
「でも、だって、助かってない!」
少女の悲痛な叫び声、暫しの沈黙。
「助けて…」
また暫しの沈黙。
青年は悔やんだ、自分にもっと力があれば…
「おい」
「ん?」
「大人しくその子に殺されてやれば、その子は見逃すんだな?」
「いいよー、約束するよー」
魔物はニッコリと笑った。
「…だとよ」
「ごめん…なさい…」
青年は少女から魔物に視線を移すと睨み付けた。
少女はふるふると短剣を振り上げるが、なかなか振り下ろせない。
吐く息は荒く、振り下ろそうとして止めるということを数回繰り返す。
しかし、目を閉じると、意を決して青年の左胸に短剣を突き刺した。
青年の目が見開かれ、体が跳ねる。暫く、痙攣していたが、やがて完全に動かなくなった。
その目は殺意を残したまま、死してなお魔物を睨み続けていた。
「やったよ…魔物さん」
「おめでとう!」
魔物は大げさに拍手をしている。
ああ、助かったんだ。と、私は安堵した。
最低だ。助けに来た人の命を奪っておきながら、自分が助かったことに、ただただ安堵している。
「じゃ、お母さんとお父さんの所に行こうか」
うん、もう疲れた。お家に…と、考えたところで、首だけになった両親と目があい我に返る。
「え、お母さんとお父さんはもう…」
「そうだね」
魔物は、うんうんと頷いている。
「え、え?つまり…なんで?」
「不思議だね」
魔物は、やれやれといった感じで両手を広げ、頭を横に振っている。
「だって、だって、私、お兄ちゃんを…だから…」
「折角助けに来てくれたのに悪い子だよね」
魔物は、青年の頭を片手でもぐと、少女の前でぷらぷらさせながら、反対側の手で左胸に刺さった短剣を指差す。
「だって、魔物さんがやれって…」
「言ったね」
「お兄ちゃんと…」
「約束したね」
「話が違…」
「僕は悪い魔物さんだからね」
魔物はニコニコと笑う。
少女は絶望に顔を歪ませると、その場に膝から崩れ落ち、顔を手で覆った。
「ごめんなさい…」
「誰に殺されるかの違いでしかなかったと思うけどね」
魔物はニコニコしながら、少女の首に優しく手をかける。
「止めろ!」
魔物は声がした方を振り向く。
そこには男女2人ずつ、計4人の姿があった。
「また勇者候補とやら?」
「そうだ、この村の惨状は貴様がやったのか」
魔物は頭に?を浮かべると、辺りを見回した。
そして、!と、今気づいたような素振りをするとニッコリと笑う。
「そうだね、僕だね」
「許さん!そこの少女も我々が来たからには安心してくれ!」
暫し、魔法の飛び交う音。
そして、この世のものとは思えない悲鳴。
静寂。
少女に足音が近づいてくる。
足音は目の前で止まったようだ、少女は虚ろな目をしながら顔をあげる。
そこには男女2つずつ首が転がっていた。
「期待した?」
少女は力なく首を横に振る。
「あらら、可哀想に」
爪先で4つの首を軽くつつく。
「魔物さんは…何なの?」
ふむ…と、魔物は思案顔になる。
「質問の意味がよく分からないけど、僕は魔王四天王のドハン。首刈デーモンの名前で呼ばれる方が多いかな」
「どうしてこんな酷いこと…するの?」
「魔王の命令さ。魔物の世界を作るんだって。まぁ、君達で遊んでいるのは僕の趣味かな」
「魔王…」
「あいつは最悪だね。当代魔王さえ居なければ、僕が魔王になったのに…産まれた時代が悪かったよ」
「私も生まれた時代が悪かったのかな…」
「そうだね、仲間だね」
魔物は何が面白いのか相変わらずニコニコしている。
少女は力なくふるふると首を横に振ると、魔物の手を取って首にかけた。
「お母さんとお父さんの所に行かせてください」
「え、やだ」
少女は一瞬何を言われたか分からず目を丸くする。
「な、なんで?」
酷く間の抜けた声で、それだけ搾り出すのが精一杯だった。
「嫌がる人間の首を無理矢理引き千切るのが楽しいんじゃないか、これじゃ面白くない」
魔物は少女の首から手を離す。
「ま、死にたいなら自分で死ぬといいよ」
ばいばーいと手を振ると魔物は飛び去っていった。
少女は泣き崩れた。
そして、泣き続け、やがて泣き疲れて眠りに付いた…
こんなことはよくある光景のひとつ、各地で同じような事態が発生する。
それから時は流れ、10年の月日が経った。
圧倒的な力を持つ魔王軍相手によく持ち堪えた方だろう。
だが、流石にそろそろ限界が近かった。
極めつけは、勇者候補No.1と呼び声の高かったレイのパーティが、下から二番目の強さを持つ四天王を撃破するも、そのまま乗り込んだ敵本拠地にて魔王に骨すら残さず塵にさせられたことだ。
その後も、何百、何千という勇者候補が旅立ったが、その悉くが塵芥と化した。
絶望的な状況ではあったが、人間はそれでも諦めず、魔王を打ち倒す方法を模索し研究し続けた。
100人向かって数人戻ってこれればマシなくらい危険な地域にある貴重な素材などを湯水の如く使い潰し、ありとあらゆる非人道的な実験も行った。
若くして賢者と呼ばれた男性。
かつて発明によって世界を変えた老夫婦。
「生まれた時代が悪い」が口癖の女性。
魔物に家族を殺された王国最高位魔道師。
集結した天才と呼ばれる人間達の妄執と、天文学的な確立の奇跡により『それ』は完成した。
中央都市で開発された『それ』は、更に中心部である王城にて振るわれた。
『それ』は、一振りで魔王とその臣下である残りの四天王を一瞬にして消滅させる。
人類が逆立ちしても勝てなかった魔物の主力を潰したのだ。
後は勇者候補が地道に時間をかければ、再び安息の日々が戻ってくるであろう。
危機は去った。
だが、悲劇はその後に起こる。剣を中心として、人間がどんどん消えていくのだ。
いや人間だけではない、生きとし生けるもの全てが消滅していく。
危機は去った。
だが、引き換えに中央都市に暮らしていた1億人前後の人間とそのペットや家畜の命が奪われることになった。
この時点では無名の兵器は、それは後にこう呼ばれる。
『皆殺しの剣』と。
初投稿。ぼちぼちやります