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難攻不落彼女  作者: 斉凛
第3章 短編集
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古谷教授の秘密

すみません

私の趣味で古谷教授ネタ書いてしまいました

お爺さんの話喜んでくれる、優しい読者様っているでしょうか……

 古谷義孝教授の学内での評判はロマンスグレーの素敵なオジサマ。60を過ぎてもなお姿勢よく、スラリとしたスタイルのよさ。銀縁眼鏡が似合う知的で穏やかな美貌。

 仕草も言葉も丁寧で上品さがあり、着てる服や小物も上等だ。


 還暦を過ぎても女子生徒に憧れられる大人の男。

 しかしそんな完璧に見える古谷教授にも秘密があった。


「あの人誰?」


 学生が行き交うM大学校内を歩く一人の女性にみな目を奪われた。初老の着物を着た女性というだけで、大学という場に浮いている。

 その上、美しく年を重ねて、若い頃もさぞかし美人だったであろう、柔らかで清楚な中にほのかな色香が漂う美貌はどこにいても目立つだろう。

 しかも着物姿で大きなカートをもち荷物を引いているから、そのギャップがますます目立つ。


 女性は慣れた足取りで文学部研究室までたどり着き、上品にドアをノックしてから入った。


「皆様お久しぶりでございます。いつも主人がお世話になって」

「こちらこそお世話になってます。いつもすみません」


 研究室にいた一番年上の助教が真っ先に女性を出迎えた。


 研究室に入ったばかりの学生は驚いた顔で先輩に聞いた。


「あの着物の人誰ですか?」

「古谷教授夫人だよ」


 聞いた学生は言われて納得した。古谷教授と並んで立てばさぞかしお似合いな、上品で美しい夫妻だろう。


「お前今日きてラッキーだぞ。今日は月に一度夫人が来る日だからな」

「どうして来るんですか?」


「文学部研究室の学生に手作り弁当を差し入れしてくれるんだよ。めちゃうまだぞ」

「マジですか!昼めし代がうく! もしかしてあのカートの中身ですか?」


「ああみんなで食べるから、学食に運ぶの手伝え」

「なんでわざわざ学食に運ぶんですか?」


「知らないよ。俺が研究室入る前からの伝統だからな」


 食べ物に釣られたのは学生だけでなく、講師や助教、准教授まで皆が学食に行ってしまい、研究室はもぬけの空となった。


「さて、初めましょうか、あなた」


 夫人がそう言うと隣の部屋から古谷教授が現れた。


「またするのか淑子としこ。着物が汚れるぞ」

「往生際が悪いですよ。着物だって毎月の事でしょう」


 淑子は穏やかに、しかし有無を言わせず微笑んだ。そして着物の袖を紐でたすきがけして、ありえない俊敏さで本棚の梯子を登る。

 迷わず最上段の右から5冊目の本を引き出して、空いた隙間に腕を突っ込んだ。


「はい、ひとつめ」


 引き抜いた手には一本の酒瓶がある。


「それはオークションでやっと手に入れたんだ……」

「ダメです。没収です」


「なんで迷わずわかるんだ」

「あなたの考えなどお見通しです」


 それからソファの隠し引き出しや、カーペットの下の隠し倉庫など次々と暴いて、淡々と酒を回収する淑子。

 マルサのがさいれのようだ。古谷教授もみるみる顔が青ざめる。回収した酒はすべてカートに積み込まれた。


「本当に毎回毎回困った人ですね。こんなに買い込んで」

「いや、付き合いでもらったりするから……」


「さっきオークションで手に入れたって言ってませんでした?」

「……」


「約束ですよね。飲み会とか仕事の付き合いで仕方ない時以外は、1日家で晩酌2合までって。なのに隠れてお酒買って飲んで」


 酒を取り上げられて立ったまま俯いて落ち込む古谷教授。淑子はゆっくり近づいて古谷教授の頬に手を添えた。


「あなた」「淑子」


 間近で見つめ合う夫婦。一瞬甘い空気が漂って、淑子の手が頬から滑り落ち、首を伝って胸元をなぞる。

 ジャケットのボタンを器用に片手で外し始めた時、古谷教授は驚いたように身じろいだ。

 ジャケットの内側にするりと手を入れた淑子の手は確実に獲物を捉えた。


「これも没収」


 古谷教授はスーツの内ポケットにウイスキーのミニボトルを隠していたのだ。淑子はボトルの蓋をあけて匂いを嗅ぐ。


「安い角瓶のボトルに、いいお酒詰め替えてますね」

「なんで淑子は酒飲まないのにわかるんだ」


「あなたの妻になったせいです」


 淑やかに微笑みながら、しかし淑子の追及はまだ終わらなかった。


「今回はまたずいぶんとお金を使ったものですね。さすがのあなたのポケットマネーでも払えないのでは?」

「人からもらったから……」


「先ほどオークションでと言ってましたよね」

「……」


「購入資金はどこから調達したのです?」


 完全に劣勢に回った私は黙秘を貫くことで反抗した。儚い抵抗でしかなかったが……。


「『古典に見る恋愛』の印税、もう入ってきてるころですよね」

「……」


「黙ってても無駄ですよ。ペンネーム変えて、文体を変えたつもりでも、文章にあなたらしさがにじみ出て一読すればすぐわかります」


 それは古谷教授が淑子に内緒で受けた仕事で、その分内緒で使えるへそくりができたと思っていたが、ばれていたようだ。


「すまない」

「罰として今週末は私と箱根に温泉旅行です」


「いや、来週締め切りの原稿や論文が……」

「締め切りなど無視です。旅行に仕事持ってきちゃいけませんよ」


「淑子。仕事をワガママで放棄はできない」


 いくら自分が悪いとはいえ、いつもは仕事には口を挟まない妻の珍しいワガママだ。

 毅然と言い返せば、年甲斐もなく淑子は口を突き出してむくれた。


「あなた大学のお仕事と作家業で忙しいのに、さらにお仕事増やして無理して、年を考えてください」


 そう言って見上げる淑子の目は少し潤んでいた。働きすぎの私の健康を気遣って、温泉旅行などと言ってくれたのか……。

 妻の気遣いに嬉しくなって抱きしめようと手を伸ばす。


「もう宿は予約しちゃいました。美肌に効く貸切露天風呂付きのお部屋なの」


 少女のようにはしゃぐ淑子。あれ? 私のための温泉旅行じゃないのか? と古谷教授は戸惑う。


「その年で美肌とか気にする事……」

「甘いです。あなた。若い子ならお手入れしなくても美しくいられるけど、年をとればとるほど、美にはお金と手間がかかるんですよ」


「君は今でも充分に美しいよ」

「今はでしょ。いつまでも美しく、あなたの自慢の妻でいたいんです」


 ああ……いつまでも美しく、可愛い私の妻。結局私はいつも彼女に弱い。

 酒の没収も旅行も私のためと言われると、どうにも逆らえないのだ。


 妻の尻に敷かれて幸せを感じる古谷教授であった。

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