反撃の第3ラウンド
マメにお手紙アタックは続けていたが、いっこうに二人の仲は進展しない。
そろそろ新しい作戦を考えなければと思いつつも、彼女に付け入る隙はみじんもない。
半ばあきらめかけていたところ、突然チャンスはやってきた。
ひともまばらな学生食堂の片隅に彼女がいた。
遠目には何かレポート用紙のような物を、食い入るように見つめているようだ。
図書館でとろけるような笑顔で、本を読んでいたのとは正反対の、青ざめて余裕のない様子は珍しい。
レポート用紙に集中していたせいか、俺が間近に近づいてもまったく気づいていなかった。
俺は後ろからレポート用紙を覗いた。それは英語のレポートだったが、あまりにひどい点数に思わず絶句してしまった。
さすがに真後ろに立たれて、紫も気づいた。慌ててレポート用紙を隠したが、恥ずかしそうに頬を染める表情が、いつもと違ってごく普通の女の子に見える。
可愛い!
予想外の反応に感動しつつ、俺はやっと見つけた彼女の弱点に付け入ることにした。
向かいの席に腰掛けて、余裕の表情で話しかけた。
「英語苦手なんだ~」
「……」
彼女は悔しげな表情を浮かべながら、俯いてた。
「俺が英語教えてあげようか?」
びっくりしながら彼女は顔をあげた。いつもよりぎこちない愛想笑いを浮かべながら冷たく切り返す。
「結構です」
「俺、田辺さんに手紙で添削してもらうようになってから、文章書くの上達したんだよね。おかげで課題のレポート評価がよくなったよ」
「それが何か?」
わざと間を作って、意地悪な笑顔を浮かべてみた。
「今度は俺が協力するよ。お互い助けあうのが友達だよね」
「……」
目で人を殺せるなら、今俺死んでたかも。それぐらい彼女の目は殺気だってた。
「俺は母親がイギリス人のハーフで、親の仕事の都合で、子供の頃イギリスに住んでた帰国子女だから、ネイティブな英語話せるよ」
「英語がうまいからって人に教えられるとは限りませんよ」
「高校生の家庭教師した事あるけど、その子メキメキ英語上達して、志望校のランク一つ上がったよ」
紫は唇を真一文字にして、まるで何かに耐えるような表情をした。俺の提案に少しは心を動かされているのかもしれない。俺はとどめの一言を言った。
「それにその成績のままじゃ単位ヤバいんじゃない?」
彼女は渋柿をうっかり口にしたように、ものすごい嫌な顔をしてしばらく黙っていた。俺の誘いにのるかどうか。プライドと成績アップを天秤にかけて相当悩んでいたようだ。
そして長い長い沈黙の後、無理やりしぼりだすように小さく声をだした。
「よろしくお願いします」
俺は心の中でガッツポーズをあげた。
それからすぐに、2人のスケジュールを確認をして、個人レッスンの日程を組む。
下準備にまたも徹夜だったが、今回は得意分野で攻められる。彼女が悔しがる姿を想像してにんまりしてしまった。
今まで好意のある女性をいじめて喜ぶ趣味なかったんだけど、すでに散々精神攻撃を受けてちょっとおかしくなってんのかな?
レッスン初日。場所は大学近くのコーヒーショップの片隅だ。
「まずは実力確認のためテストをするね」
俺はパソコンで作った自作のテストを彼女に突きつける。
彼女も大人しくシャープペンシル片手にテストに取りかかった……はずだったが……右手を持ち上げたまま固まってしまった。
目はテストの隅々まで見るように動いているが、まったく手は動いてなかった。
しばらくして地の底から這うような重く暗い声がした。
「……わかりません……」
つまり、全問手がでないくらいお手上げって事ね。一応高校生レベルで作ったテストなんだけどな……。
「じゃあ次はこっち」
念のため作っておいたもう一つのテストを取り出す。
今度は彼女もちょっとほっとした表情で、テストに取りかかったのだが……5問で手が止まった。後はさっきと同じだ。
「……わかりません……」
ちょっとまて、これ中学レベルのテストだぞ。しかも回答した5問だって、スペルミスとか文法がおかしかったりで点数は0点だ。
「よくこのレベルでうちの大学受かったよね」
「……高校3年間この大学の英語過去問だけを、徹底的にやりました。他の教科でカバーしないとやばいくらいギリギリでしたけど」
でも、受験対策の勉強って身につかないですよねって、最後にボソッと紫がつぶやいた。
つまり山はって、意味もわからず丸暗記。受験終わったら綺麗さっぱり忘れたと。
俺も溜め息つきたい。先は長そうだ。
「じゃあ今日の課題。これ貸すから次までに暗記するくらい聞いてきてね」
差し出したのはMP3プレイヤー。紫が戸惑っていたので、イヤホンをつけさせて録音していた音を再生した。
彼女が青ざめた表情のまま固まった。
それは俺が英文を読み上げるお手製学習教材だ。
「英語はまず耳からなれて覚えるのが一番だからね。一応その英文と日本語訳の文章もあげるけど、できるだけみないで勉強してね。次のレッスンでその英文からテストするからよくよく聞く事」
彼女はあからさまに嫌な顔した。
俺の声を何度も聞きこめって言ってるのだから、かなりの精神的ダメージを与えられそうだ。
心の中で高笑いをあげたら、うっかり顔にもでたようで、彼女にまた目で殺せそうな殺意をこめて睨まれた。
第3ラウンドにして初の反撃成功。
先のわからなくなった恋愛バトルは、ついに運命の第4ラウンドに突入する。