第2ラウンドは慎重に
俺は数日迷った。彼女への恋愛攻撃を止めるべきかどうか。しかしかつてない高いハードルにプレイボーイ魂が疼く。
それに彼女はしばらく観察してても、やっぱり一人で、それをまったく気にも止めてなかった。それが俺には許せなかった。
最初にひどいめにあったので次は慎重に行こう。
昼休み大学の敷地内。人気のない広場の片隅にあるベンチで、彼女は一人お弁当を食べていた。
俺が近づくと、食べ終わってもないのに、弁当をしまって腰を浮かせた。
「話があるんだ。食べながらでいいから聞いてくれないか?」
紫は渋々という感じに、無言でお弁当をあけはじめた。まるで野良猫のようにむき出しの警戒心で、愛想笑いもしない。
「色々考えたんだけど、恋愛や結婚を考えるにはお互い知らなさすぎると思うんだ」
そうですね。とまったく気持ちのこもってない、相づち。
「だからまずは友達にならないか?」
「いいですよ」
即答で了承されると思ってもなかったのでうろたえた。しかし『まずはお友達作戦』はここからが本番だ。
「じゃあまずはメルアド交換から……」
「無理です」
今度は間髪いれずに拒否か。
「……なんで? ケータイ持ってない?」
「ありますよ」
彼女はバックの中から携帯をとりだした。
ストレートタイプのコンパクトなガラケー。色もポップで可愛らしい。しかし普通のケータイに比べて妙にボタンが少ない。
「キッズ携帯なんです。子供をネット犯罪から守るため、メール機能なし。電話もあらかじめ保護者が登録したアドレス帳からしかかけられません」
「……なんで大学生なのにキッズ携帯?」
ほんのわずかな間、紫の表情が曇った気がした。しかしすぐにいつもの愛想笑いモードに切り替わった。
「私が小6の時両親が買ってくれました。それからずっと使ってます」
小学生の子供ならキッズ携帯も当然だが、それを6年以上も使い続けるか!
家庭の事情は色々面倒だ。深く突っ込むのは止めよう。
「じゃあ友達とはどうやって連絡とるの?」
「……そうですね……お手紙でしょうか?」
「文通!」
なんて今時古風な……しかも毎日通う大学内の友人宛てに手紙って。
しかし考えようによってはチャンスだ。手紙を送るには住所が必要だ。自宅住所がわかれば遊びにいくことも可能ではないか。
「じゃあ手紙書くから住所教えて」
彼女はレポート用紙を取り出して、スラスラと書き初めた。彼女の字は年のわりに落ち着いた美しい文字だ。
多分、他人におばあちゃんが書いたと言っても、誰も疑わないんだろうな。受け取った住所を眺め、思わず弾んだ声で話しかけた。
「ずいぶん遠くから通ってるんだね」
「私書箱ですから、そこには住んでません」
「……私書箱? 懸賞とかでよくあるヤツ?」
「ええ。企業が使う場合が多いですが、個人でも利用可能です。でも郵便局の私書箱は制約が多くて面倒なので、私は民営の私設私書箱を利用してます。これだと一見普通の住所に見えて便利ですよ」
彼女は完璧すぎた。付け入る隙がみじんもねぇ。
「……うん……じゃあ手紙送るね」
力なく返事してその場を立ち去った。
しかし俺の長所は立ち直りの早さとしぶとさだ。その日のうちにレターセットを買いこんで、徹夜で手紙を書いた。
人に手紙書いた事ないから書き方とか、よくわからないけど、こういう事は気持ちと速さが重要だよな。うん。
勢い余って便箋3枚にもなる長文書いちゃったけど。
手紙をポストに投函して数日。毎日自宅の玄関でうろうろしながら待ち続け、待ちに待った手紙がやっと届いた。
思いっきり事務用茶封筒で、色気のなさに若干引いたけど。返事くれたんだし期待してもいいんじゃないか。
自室に戻ってワクワクしながら封をあけた。便箋が3枚入っているようだ。
良かった。一言でずっぱり切られる覚悟だったけど。彼女も長文書いてくれたんだ~と喜んでいられたのはつかの間だった。
「……うそ~!」
便箋は俺が紫に送った手紙だった。その上から赤ペンで誤字脱字や文法ミス、手紙のマナーなどびっちり添削つき。最後には桜のデザインの『もっと頑張りましょう』判子つき。
負けてたまるか。
こうして第2ラウンドも地味にぼこられてダウン寸前だった譲司であった。
二人の恋愛バトルはまだ続く。