世界で一番パパが好き 後編
「すごい家だね」
「そう?」
葵ちゃんの家は三階建ての大きなお家で、庭も広々としていた。お嬢様の家というのはワクワクだったけど、ちょっと心配。
葵ちゃんのお母さんどんな人だろう? パパが心配するなんて、怖い人なのかな? ちょっと不安。でも葵ちゃんはイイコだし、そのお母さんだもん、大丈夫だよね。
玄関に入ったらすぐに、葵ちゃんそっくりの女の人が出迎えてくれた。すぐわかった。葵ちゃんのお母さんだ。
「いらっしゃい。どうぞあがってください」
「上条結花です。おじゃまします」
葵ちゃんのお母さんはニコニコ笑っていて、全然怖そうに見えない。よかった優しそうな人だ。私はお土産がある事を思い出して渡した。
「これパパが作ったお菓子なんですけど、よかったら食べて下さい」
「あら。ご丁寧にどうも」
葵ちゃんのお母さんは笑顔で受け取りながら、ぼそっと小声でつぶやいた。
「あの男の菓子ね。毒でも入ってるんじゃないかしら」
怖い。一ミリも笑顔を崩さずに、怖い事言った。やっぱり怖い人かもしれない。
「お母様。結花ちゃんが震えてます。ひどい事言わないで下さい」
「ごめんなさい。つい本音が」
本音なんだ。やっぱり二人は本当に仲悪いんだな……。
「ねーね。おかえりなさい」
「おかえりなさい」
可愛らしい声がはもりながら聞こえてきた。家の奧から幼稚園生ぐらいの子が二人やってきたのだ。見た瞬間天使だーと思った。
ふわふわの髪、ふっくらすべすべの頬、ぱっちりおめめ。お人形さんみたいでものすごく可愛い。葵ちゃんのお父さんに似ていて、将来が楽しみな子達だ。
二人は見た目そっくりで、着ている物がスカートとズボンという違いしか変わらない。二人の手にはぬいぐるみがあった。
「だあれ?」
「だあれ?」
二人して私を見ながら小いさな首を傾けた。その仕草もめちゃくちゃ可愛い。
「私のお友達の結花ちゃんよ。結花ちゃん。弟の薫と妹の明」
「双子? 可愛い子達ね」
薫君と明ちゃんは私の服を手に見上げている。
「あそぼう」
「あそぼう」
「だめよ。結花ちゃんはお姉ちゃんと遊ぶの。あなたたちは『お父さん犬』と遊んでなさい」
お父さん犬って何? と思っていたら、二人は口を尖らせて文句を言った。
「ええー。お父さん犬あきたー」
「うごかないし、すぐこわれるしつまんない」
そう言いながら、二人は手に持ったぬいぐるみをぶんぶん回したり、床にたたきつけたりした。ぬいぐるみの形は犬っぽい。乱暴な扱いに所々壊れかけている。これがお父さん犬かな? なんでお父さん?
よく見ると顔の所が、葵ちゃんのお父さんそっくりに縫ってあった。人面犬みたいで気持ち悪い。そうか、それでお父さん犬。
「あ、首とれた」
「あたしのも足もげた」
「あら、いつもながら脆いわね。直してあげるから、二人ともいらっしゃい」
葵ちゃんのお母さんが二人を連れていってしまった。
それにしてもお父さんそっくりのぬいぐるみを、簡単に破壊する弟と妹も怖いし、それを平気で見てるお母さんと葵ちゃんも怖い。何かここの家の人たちは、どこかずれてる気がする。
「さあ結花ちゃん。私の部屋に行きましょう。本を見せてあげる」
「う、うん。そうだね」
靴をぬいで揃えていたら、玄関の扉ががちゃりと開いた。
「ただいま。あれ? お客様?」
入ってきたのは私達より年上の、背の高い中学生ぐらいの男の子だった。
「お帰りなさい。お兄様」
「ただいま」
ああ。葵ちゃんのお兄さんか。ちょっと不思議な感じがする人だ。お父さんとお母さんの顔を丁度足して2で割ったような顔立ち。お父さんほど華やかじゃないけど、整った顔が凛々しくてなかなかかっこよい。
「お邪魔してます。上条結花です」
「ああ。葵の友達だね。葵の兄の夕です。後で天体望遠鏡用意しておくから後で見においで」
そう言ってにっこり笑った顔がすごい可愛くて、私の胸がドキドキして、体が固まってしまった。固まった私を置いて夕さんはさっさと家の中に入ってしまう。
「結花ちゃん」
葵ちゃんに間近で声をかけられて、やっと私は我に返った。
「結花ちゃん」
「何?」
「お兄様の事好きになりかけてたでしょう」
じと目で葵ちゃんに問いただされて、私は慌てた。恋とかしたことなかったんだけど、さっきのってそういうものなんだろうか?
よくわからなかったけど、葵ちゃんが怖い顔していたので否定しておいた。
「違うよ。確かにかっこいい人だなと思ったけど」
「ならいいんですけど。お兄様モテモテだから、あの人を好きになったら絶対苦労するもの。結花ちゃんにつらい思いさせたくないから」
ああ。葵ちゃんは私の心配をしてくれたんだ。葵ちゃんの優しさが今は嬉しい。
「心配してくれてありがとう」
私はにっこり笑ってそう答えた。
その後は夕食の時間まで、葵ちゃんの部屋で本を見た。葵ちゃんの部屋には児童文学だけじゃなくて、ちょっと難しそうな小説もいっぱいあった。葵ちゃんの言葉遣いが大人っぽいのは、きっとこういう本を読んでいるからなんだろう。
それと葵ちゃんのお母さんが書いた本を見せてもらった。葵ちゃんのお母さんは作家さんで、本が好きな葵ちゃんのために本を書いてくれたらしい。すごい羨ましかった。
そうして夢中で本を見ているうちに、あっという間に夕食の時間になった。
ダイニングにはとても広いテーブルがあって、みんなが一緒に座ってもまだ余裕があった。
葵ちゃんのお母さんは、薫君と明ちゃんがおおはしゃぎで食べているので、目が離せないようだ。葵ちゃんのお父さんは、葵ちゃんの事が可愛くて可愛くて仕方がないって感じで、葵ちゃんばかり見てる。
葵ちゃんは時々「ウザイ」とか「キモイ」とか葵ちゃんらしくない言葉で、お父さんを罵りながら無視していた。葵ちゃんにかまいすぎて嫌われちゃったんだね。うちのパパがあんなだったら嫌だな。
私は主に葵ちゃんとおしゃべりしながら食事していたんだけど、とても気になる事があった。一緒に食べているのに、夕さんは誰とも話をしていなかったのだ。
別に仲が悪いとか、機嫌が悪いとかそういう事じゃないと思う。でもなんだか寂しそうだ。こんなにたくさんの家族の中でひとりぼっちな感じがする。
私は気になって夕さんに話しかけてみた。
「あの! 夕さん」
「何かな?」
「天体観測ってどこでやるんですか?」
「屋上だよ。このあたりは一戸建てばかりで、高い建物が少ないから見晴らしがよくて気持いいんだ」
「屋上があるんだ。楽しみ」
「食事が終わったらね」
もっと話しかけようと思ったけど、他に話題がなくて話しかけられなかった。どうしようと思っているうちに、夕さんが食事を終えて立ち上がろうとしていた。
「結花ちゃん。お風呂先はいる?」
「葵ちゃん先入ってて。私は本読んでるから。ごちそうさまでした」
私は慌てて立ち上がって夕さんの後を追いかけた。廊下で階段を上ろうとしている夕さんを見つけて話しかけた。
「今天体観測してもいいですか?」
「いいよ。おいで」
夕さんは優しい笑顔で私を呼んだ。
「すごい! 月がぼこぼこしてる」
「クレーターっていって、隕石とかがぶつかった後なんだよ」
私ははしゃいでみせたけど、本当は凄い緊張していた。かっこいい夕さんと二人きりで、屋上から天体望遠鏡で月をみている。ちょっとロマンチックでドキドキする。
私は間ができるのが怖くて、いろんな星を見ては夕さんに質問した。そのすべてにスラスラ答える夕さんは、とても頭が良くて優しくてかっこいい。
いいな葵ちゃんこんな素敵なお兄さんがいて。
私はテンションあげすぎて、疲れて少し深呼吸した。すると夕さんはまた素敵な笑顔で笑った。
「結花ちゃんはいいこだね」
「どうして?」
「俺に気を使ったんでしょう。あんまり家族と仲よくしないから」
私の気遣いが気づかれてた。夕さんはちょっと寂しそうに笑っている。
「でもみんな夕さんの事が好きですよ。きっと」
「うん。母さんは薫と明で手一杯だし、父さんは母さん似の葵に夢中だからね。仕方ないよ。別にもう家族とべたべたするような年じゃないしさ」
夕さんは仕方ないっていうけど、私にはそれはひどく寂しい事に思えた。
「私、一人っ子でパパもママも忙しかったから、本当は兄弟が欲しかったんです。兄弟がいたら寂しくないかなって思って。でも兄弟が沢山いても寂しい事もあるんですね」
夕さんは驚いた表情をしたけど、すぐに笑った。
「じゃあ俺が結花ちゃんのお兄さんになるよ。そうしたら結花ちゃんも俺も寂しくないよ」
それはなんて魅力的な話だろう。私は大きく頷いて言った。
「それすごくいい! 嬉しい」
夕さんが私の顔をじっと見て、それから口を開いた。
「結花ちゃん。ちょっと目を閉じてて」
そう言いながら夕さんの顔が近づいてくる。私は素直に目を閉じた。夕さんは小さな声で囁いた。
「目の下にまつげが落ちてる。とってあげるね」
「何やってるんだ! 貴様!」
突然屋上の入口から怒鳴り声がしてびっくりしてふりむいた。そこにはここにいるはずのない人がいた。
「パパ! 何でここに?」
「それは……」
パパが焦っていると、後ろから葵ちゃんのお母さんがやってきて、笑顔で教えてくれた。
「結花ちゃんが心配だから、こっそり覗いてたんですよね。この変態バカ親は。のぞき見出来るようにしてくれって、頼まれたときはどうしようかと思いました」
「余計な事を……」
じゃあ今日ずっとパパが私の事を覗いてたの! 想像してみただけで恐ろしくなった。葵ちゃんのお父さんと同じくらいうっとうしい。
「パパ気持ち悪い」
私が正直な感想を言ったら、パパはすごくショックを受けた顔をしていた。隣にいた夕さんと葵ちゃんのお母さんが、たまらないという感じで大笑いしていた。
「きさま。僕が隠れてるのわかってて、出てくるように、わざと結花に近づいたな」
「さあ? 何の事でしょう?」
夕さんの笑顔はどこか意地悪で不気味な感じがした。まさかね? パパの考えすぎだよね?
「結花もう家に帰ろう」
「やだ。帰らない。パパなんか大嫌い」
私はそう言い残して屋上を飛び出した。たぶんこの家で一番まともなのは葵ちゃんだ。葵ちゃん助けて!
その後しばらく私はパパとは口を聞かなかった。
娘の反抗期に朝比奈もショックを受けているでしょう。
譲司は柾木家で最底辺のポジションです。
幼児の双子よりも弱い。