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難攻不落彼女  作者: 斉凛
第1章 柾木譲司編
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腹黒女と腹黒男のエトセトラ 後編

 研究室隣の資料室は冷房が効いてなく、蒸し暑い空気に包まれていた。重い古書の入った箱を持ち上げていると、俺の額から汗が流れ落ちる。

 荷物を運び終わって一息ついた所に、部屋に入ってくる者がいた。


「朝比奈先輩……」

「お疲れ様。一人か?」


「ええ……他の方達は食事に」

「一緒に行けば良かったのに、誘われたんだろう」


 以前の俺なら女性からの食事の誘いを断る事はなかったろう。しかし今は紫に疑われるような事はしたくなかった。

 朝比奈はそれ以上追求せずに、本を探し始める。いくつか手に取って中を確認していた。


「先輩。オープンキャンパスのバイト達はどうですか?」

「今のところは大きな問題はおきていないが……」


 朝比奈はズレた眼鏡を直しながら、ちょっと顔をしかめた。


「高校生達とバイト学生が親しくなりすぎているのでは? と、一部のうるさ型の先生達が騒いでいるな」


 俺は紫の事が心配になった。もし男子高校生達が紫に言い寄ったりとかしたら……


「仲良くなった学生達がアドレス交換してるみたいで、後々トラブルとか起きるんじゃないかと……ネチネチ言われて困るよほんと」

「田辺さんは大丈夫……」


 突然朝比奈が大きな音を立てて、乱暴に本を閉じた。俺は急に寒気がした。

 『田辺さん』の言葉に反応して、朝比奈の周りだけ急に気温が下がったみたいだ。朝比奈の無表情が異様に恐ろしい。


「目障りなガキだよほんと。大学に来られないように追い込んでやりたいが、イジメ程度軽くあしらうからな、可愛げがない」


 淡々と紡がれる黒い言葉は、感情がなさすぎて逆に本音な気がした。



「……何やったんですか? 彼女」


「オープンキャンパスに関係する先生方に取り入ってるんだよ……オヤジ共め、優等生で若い女の子にチヤホヤされて、鼻の下伸ばしてデレデレしまくって気色悪い」

「べ……別に先輩に……直接的な被害はないんじゃ……」


「あるよ。まだ僕の信頼の方が上だけど、あの女の言葉を先生方が信じるようになってみろ、僕の悪い話とかばらされて立場が悪くなるんだ」


 朝比奈は今まで本を見ながら話していたのに、急に俺の方を向いた。ゆっくりと距離を縮める朝比奈が、悪魔のような笑みを浮かべている。

 目をそらすのが不自然なほど間近に迫られて、俺は叫びだしたいのを懸命にこらえた。


「先輩近すぎ……」

「彼女、僕の過去の女性歴をネタにプレッシャーかけてきたんだけど、どこでそんな話仕入れてきたんだろうね」


 至近距離で落とされた爆弾発言に俺は震えあがった。


「彼女の弱みをなんか話せよ。それとも僕のプライベートはベラベラ話せても、彼女のはできないとか?」


 朝比奈の手が譲司の首筋をなぞる。今はただ触れるだけだが、力をこめればしめられそうだった。


「弱みなんてあったら、とっくにそれを口実に交際を迫ってますよ……」


 朝比奈は目を細め、手に力をこめた。死ぬ事はないだろうが、首に跡が残りそうなほど苦しかった。

 これ以上ないというほど、唇のはしを釣り上げて、朝比奈はあざ笑った。



「彼女にお前の元彼女達の話を詳細に語った方が良かったか?」


 息が止まるかと思った。紫と朝比奈、攻撃ポイントまで同じの二人に挟まれて身動きもできない。


「……わ、わかりました……話します」


 俺が呟くと朝比奈は手にこめた力を緩めた。俺は恐怖で腰が抜けて、ずるずると床に座り込んでしまった。


「……田辺さん、英語苦手ですよ。俺、勉強教えてましたし」


 朝比奈は会心の笑みを浮かべ、笑い声をあげた。


「なるほどね。どおりで外語系の先生達への囲い込みが甘いわけだ」


 俺最低だ……愛しい彼女を悪魔に売り渡した……。まあ彼女も悪魔なんだけどね。


 その時資料室の扉が開いた。


「柾木く~ん。お弁当買ってきたわよ~……って。朝比奈君もいたの?」


 田所助教の甘ったるい声は、朝比奈を見てなりを潜めた。



「お疲れ様です。論文用の資料を探してたんですが……」


 朝比奈は先ほどまでの、意地の悪い笑みなどなかったように、穏やかに微笑んだ。

 朝比奈が俺に視線を移したので、つられて田所助教も座り込んだ俺を見た。


「どうしたの柾木君?」

「床にあった資料の箱につまづいたみたいで。大丈夫か柾木?」


 本気で心配しているような顔で、朝比奈は俺に手を差し出した。差し出された手を断るわけにもいかず掴んだ。

 引き上げられている途中、穏やかな表情はそのままに、俺にだけ聞こえるように囁いた。



「2度と僕を裏切るな。次はないと思え」



 ぞっとするほど冷たい声音に、浮かしかけた腰がまた床に落ちる。


「大丈夫? 柾木く~ん。つまずいた時どこか怪我した?」


 田所助教は慌てて駆け寄ってくる。朝比奈も、さも心配だという顔をして、大丈夫か? などと聞いてくる。

 悔しさ以上に目の前の男への恐怖が体をすくませる。それでもなんとか平静を装って立ちあがった。


 きっとこのネタで朝比奈先輩は紫に喧嘩売って、俺がばらした事もバレて怒られるんだろうなぁ……。

 ため息しか出てこない。


 腹黒女と腹黒男の板挟みって、どんな生き地獄だ……。自分が招いた不幸だが、俺は運命を呪いたくなった。

鬼畜朝比奈光臨です。

ヒロインの紫の腹黒さが可愛く思えてきました。

次回からクライマックスに向けて話が進んでいきます。

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