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難攻不落彼女  作者: 斉凛
最終章
188/203

エピローグ 田辺紫の受難

 3月ももう終わりごろだというのに、まだ肌寒さが残るある日。私と柾木は公園を散歩していた。隣の柾木はやっと松葉づえが取れたとはいえ、まだ治っていないようで足を引きずっている。それをみるたびに私は申し訳なさでいっぱいになる。


「やっぱりまだ咲いてないね。4月にならないとだめかな?」


 桜の木を見上げて柾木はそう言った。まだ膨らみ始めたばかりの蕾がいくつかみられるばかりで、桜はまだ咲いていなかった。


「桜が咲いたらまた見にこよう」

「でも……。先輩4月から社会人ですよね。忙しくて花見なんてできないんじゃ」


「大丈夫。俺が田辺さんとお花見したいんだ」


 柾木がいつもと変わらぬ、優しい笑顔で隣にいる。今まではこれが当たり前だったけど、柾木が大学を卒業してしまえばなかなか会えなくなるだろう。柾木が頑張ったとしてもそれは避けられない事だ。

 わかっていても寂しい。私が俯くと、柾木は私の手を握ってきた。温かく大きな手。壊れ物を扱うように優しく包み込む手が好きだった。


「俺がいなくて寂しい?」

「ち、違います。変態ストーカー先輩と離れられて清々します」


 私の口は素直じゃなくて、憎まれ口ばかりが出てしまう。柾木は私の言葉に動じずに、私を包む手と反対の手で、私の頭を撫でた。


「俺は田辺さんの友達でしょ。ずっとそばにいるよ」


 子供をあやすような仕草がくすぐったい。今日の柾木はやたら私に触れてくる。柾木に触れられるたびにそこが熱を帯びたように熱い。


「手離してください」

「どうして?友達なんだしいいじゃないか」


「友達って手を繋ぐものですか?」

「田辺さんも小学校の時は友達いたでしょう。手を繋がなかった?」


 そう言われてみれば、遠い昔にいた友達との思い出に、手を繋いで学校を帰った記憶がある。そうか、友達なら手を繋いで当たり前か……。と納得しかけてなんかおかしい気がしてきた。


「先輩。私が友達いないからって、騙そうとしてません?」

「そんな事しないよ」


 柾木の笑顔が優しいというより嫌らしく思えてきた。そうだ、大学で手を繋いでいる人間なんてカップルぐらいしか見なかった気がする。私の無知に付け込んで、卑劣な!


「セクハラ親父!」


 私は怒って柾木の手を振り払って逃げ出した。慌てて柾木が追いかけようとしたが、まだ治ってない足が不安定で体が大きく倒れそうになる。怪我人相手に大人げなかったと慌てて支えるべく、私の肩を貸した。


「ありがとう、田辺さん」

「私も怪我人相手にすみません……って先輩?ちょっとどこ触ってるんですか!」


 肩を貸すつもりが、なぜか抱きしめられている。私の頭の上に柾木は顎をのせながら嬉しそうに言った。


「松葉づえないから、田辺さんを支えにしてる」

「私の足が浮いてるんですけど、先輩持ち上げてませんか?」


「田辺さん小さくて可愛いから、高さが俺と合わないんだよ」

「これ支えになってませんから。支えなしで立てるなら離してください。怪我を弱みに付け込むとは、先輩も性格悪くなりましたね」


「田辺さんの友達だからね」

「なんかさっきから友達強調して、何が言いたいんですか?」


「別に」


 絶対なにかある。私が友達になってほしいって言ったのが不満だったのか?友達が嫌なら私から離れて行けばいいのに、あいかわらずこうやってそばにいたり、妙にべたべたしてきたり。何がしたいのかわけがわからない。



 柾木の態度がちょっとうっとおしいなと思ったものの、4月を過ぎて会えなくなると寂しくなった。大学の新学期、柾木のいない大学に行くのは憂鬱だった。それでも行かないわけにもいかない。

 久しぶりに大学にやってくると、周りの人間達の反応は微妙なものだった。

 1月頃ほどの大騒ぎではないものの、私をどう扱っていいのかわからず遠巻きに噂している。自業自得だからしかたがないと思っている。むしろテニスサークルのメンバーが、私が迷惑をかけたにもかかわらず以前と変わらず声をかけてくれた事に驚いた。


「田辺さんとは一緒にお茶に行ったんだしもう友達でしょう」


 美咲がそう言った時には驚いてしまった。そんな簡単に世の人間は人を信用して友達になってしまうものだろうか?わからないし簡単に信じられないけど、信じる努力をしてみようかと思う。柾木先輩が全力で追いかけて私の心をこじ開けてくれたから。

 先輩はもういないのに。

 新学期の初日の帰り道、そう落ち込みながら下校しようと歩いていたら、信じられない声が聞こえた。


「田辺さん」


 振りかえるとそこに柾木がいた。


「どうして?先輩がここに?会社はどうしたんですか?」

「俺、就職したって言ったっけ?」


「何言ってるんですか。大学卒業したらお父さんの会社に入るって」

「卒業したらね。でもまだ卒業してないんだ。卒論間に合わなくて留年しちゃったから。もう1年大学生活を満喫するよ」


 あっけらかんと白状した柾木に開いた口がふさがらなかった。そういえば昨年末からずっと、卒論で忙しい時期に私の周りでうろちょろしていたけど、それで卒論間に合わなかった?


「馬鹿じゃないですか!」

「田辺さんとまた1年一緒だね。どうせならもう1年留年して一緒に卒業しようか」


 この馬鹿男はたかが女の事で人生の重要事項を決めてしまうのか?やっぱりこの馬鹿の考えてる事は理解不能だ。


「私お人よしの馬鹿は嫌いじゃないですけど、しゃれにならない馬鹿は軽蔑します。次また留年するって言ったらミジンコ以下の脳味噌しか持たない微生物男と呼びます」


 思いっきり冷たい目で睨んでやったら、柾木はひさびさにひきつった笑顔を浮かべた。甘やかすとつけあがる馬鹿男にはそろそろお仕置きが必要かもしれない。大学構内で人が通る中、柾木譲司への公開罵倒大会をしてあげた。どうせ売名騒動で私の腹黒さもばれたし、もう猫被りなんか辞めてやる。

 久々に柾木を罵れた楽しさと、また1年柾木と一緒だという喜びで、私は上機嫌で帰宅した。



 私は今マンションで一人暮らしをしている。お爺ちゃんとは仕方なく和解したものの、まだ許せない気持ちもあって、素直に帰る事が出来なかった。それに今まで家族に縛られすぎていたから、少し一人になって視野を広げてみるのもいいかもしれないと思ったのだ。

 あれだけの騒動をおこしたのに、『北斗』での私の連載は続いていた。おせっかいな沢森が上に掛け合って連載を存続させてくれたらしい。

 本の印税も入ってきたし、テレビで露出して知名度が上がったせいか、執筆依頼やマスコミへの出演依頼がいくつかあり、当面の生活費は問題なかった。このバブルの様な騒動の余波がいつまで続くかわからないので、今のうちに安定した収入源を確保しないとなとは思う。

 先輩の言う通り、生きて行くって大変だ。


 一人暮らしでも手抜きせず、節約自炊料理で生活している。一人分の食事というのはなかなか難しい。買ってきた方が安上がりな気もするな。

 そんな事を考えながら夕食を作っていたらチャイムが鳴った。何だろう?誰かが訪ねてくる予定などないはずだが、キャッチセールスだったら嫌だな。しかし一人暮らしだと代わりに出てくれる人間はいない。警戒しつつ玄関に向かった。

 覗き窓から観察するが死角なのか相手の姿が見えない。怪しいと思いつつ、放置するのも怖いので、チェーンをしっかり締めた状態で扉を開けた。


 扉の隙間から外を見ると柾木が立っていた。


「先輩。どうしてここに。用もないのに家まで押し掛けてくるなんて、本当に粘着質な……」

「ちょっと待って、用ならあるよ。はい、これ」


 のし紙のついた箱を柾木は差し出してきた。何のつもりだと思いつつ、ドアの隙間を通して受け取った。


「なんですかこれは?」

「確か日本では引っ越しのあいさつでご近所さんにそばを送るんだよね。だからそばにしてみたんだけど」


「なんで私に引っ越しそばなんて持ってくるんですか?」

「隣に引っ越してきたから」


 聞き捨てならない事をあっさり言ったよ、この男。今日二度目の開いた口がふさがらないだ。


「な、なんで」

「留年したって言ったら親父に怒られて、家をでてけって」


「そりゃあ怒るでしょう。先輩が真面目にやらなかったのがいけないんだし」

「そろそろ自立しようかなと思ってたし、いい機会だったから一人暮らししようと思ったんだ。せっかくだから田辺さんのご近所がいいなと思って家さがししたら、たまたま隣が開いてたから」


「たまたまでこの春の引っ越しシーズンに、都合よくうちの隣が開いてるなんてあるわけないです。どんな卑怯な手段使ったんですか」

「普通に不動産屋で探したんだよ。これで大学卒業してもずっと一緒だね」


 柾木が大学にこなくなったら寂しいなんて思った私が馬鹿だった。この男は大学卒業しようが、私が地球の裏側に行こうが絶対追ってきて付きまとう。私が宇宙に逃げても追ってきそうな気までしてきた。

 嫌だ、絶対に嫌だ、怖すぎる。


「イケメンだろうが、学園の王子だろうが、何をしても許されると思ったら大間違いですよ。常識と節度を勉強して、生まれる所からやり直して来てください」


 私が勢いよく玄関の扉を閉じても、まだ扉の向こうでなんか言ってる。頭が痛い。私これからどうなっちゃうんだろう。



 その後の譲司と紫をとあるM大学新入生の目線で語ってみよう。


 まだ大学に入ったばかりの一人の女生徒が、構内を歩く譲司に見とれていた。


「かっこいい!!。誰ですか?あのモデルみたいな人」

「……ああ。4年の柾木譲司。『学園の王子』とも言われてたけどね……。あいつは辞めといた方がいいよ」


「なんでですか?まあいかにも競争率高そうですけど。それとも素敵な彼女がもういるとか?」

「彼女……なのかな?素敵とは思えないけど……」


 歯切れの悪い先輩の言葉がどうにもひっかかって仕方がない。どうしたんだろうと思いつつ、譲司を目で追った。すると何かを見つけたのか、思わず見とれるほど魅力的な笑顔を浮かべた。


「田辺さん」


 譲司が極上の笑顔で声をかけたのは、それに不釣り合いなほど平凡で大人しそうな容姿の少女だった。誰だろう?どこかで見た事ある気がするが?


「あの女の子誰ですか?」

「作家の田辺紫って知らない?今年の初めごろ結構話題になってただろう」


「え!あの田辺紫ですか!そういえばM大学の学生でしたね。でもテレビで見るより地味で普通ですね」

「普通に見えるのは見た目だけだよ」


 先輩の言葉通り、女性なら思わずうっとりしてしまいそうな譲司の笑顔を向けられているのに、紫はゴミを見るような不愉快な顔で譲司を睨んだ。


「ついてこないでください。授業はどうしたんですか」

「もう必要単位は取れてるから、卒論さえできれば卒業できるし、授業でなくても大丈夫」


「暇人のごくつぶし、M大学の恥さらしのお荷物学生は、大人しく隅っこで遠慮して生きてなさい。視界に入るだけで目が汚れるわ」


 大人しそうな外見を裏切る罵詈雑言に耳を疑った。それ以上にこんなひどい事言われたのに、ますます嬉しそうな笑顔の譲司が怖い。


「俺は田辺さんを見かけただけで、声を聞けただけで今日一日幸せだよ。次の時間講義ないよね。お茶しない?」

「人の話を聞いてないんですか?それともその耳は飾りですか?無駄に良すぎる顔が善良な女子学生を騙してるのがわからないんですか?存在がすでに公然わいせつ罪男」


 ますますヒートアップする紫の罵倒と侮辱の眼差し、それに比例するように輝くような笑顔を浮かべる譲司。美形だからこそ痛々しい光景だ。


「……あの柾木譲司って人、変態ですか?」

「最近では田辺紫は『毒姫』、柾木譲司は『学園の変態王子』と言われてM大学名物面白カップルとして話題だよ」


「確かにはたから見るだけなら面白いですが、二人とも友達にはなりたくない感じですね」

「それぞれファンクラブがあるらしいね。『毒姫に罵倒され隊』っていうドM男集団と、『バカ犬を愛でる会』っていう、柾木譲司を遠くから盗撮する女子軍団」


「その『バカ犬を愛でる会』って入会方法は?」



 夏にはM大学内ではこの名物カップルを、遠巻きに楽しむのが日常となりつつあった。


 毒の試練を乗り越えて、高い塔の上まで辿り着き、血だらけになっても笑顔で迎えに来る変態王子。

「姫。助けに参りました」

「頼んでねーよ。一昨日きやがれ」

 毒姫はあっさり窓から王子を突き落とします。おかげで王子は城の入口に逆戻り。それでも王子は変態なので、毒姫を諦めず、いつまでもどこまでも姫を追いかけるのでした。対人引きこもりな毒姫が、恋に目覚める日はくるのだろうか?めでたしめでたし?


 難攻不落な彼女の物語はいつまでも続くでしょう。いつか譲司が紫を手に入れる日が来るのか?それは誰もわからない。


柾木譲司編終了

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