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難攻不落彼女  作者: 斉凛
最終章
184/203

彼氏彼女の結末 紫の事情

 出会った時からずっと、柾木の言動は理解不能だった。同じ日本語だろうか?と疑ってしまう。

 性格や価値観、育ってきた環境が違いすぎて、考え方の土台が根本的に違う。言葉は通じないし、理解できない。

 それでも表情や仕草や言葉にこもった熱意が、私の心を揺さぶる。ペットを飼うってこんな気分だろうか?不愉快な事をされても、犬に懐かれたみたいで、最後には許してしまう。


 柾木が大涌谷まで追ってきて訴えた告白を、私はまだ信じられなかった。私を好きだなんてありえないと思う。それでも腕の中で大人しくしているのは、必死な柾木の熱意に根負けしたのだ。


「大丈夫。世界中の誰が田辺さんを責めても、俺は味方だ。俺が田辺さんを守る」


 柾木の腕の中でそんな甘い言葉を囁かれても、私は柾木の愚かさに呆れるだけだった。

 私はただ人に責められる事を恐れているわけではない。自分に非がない事で責められても痛くも痒くもない。本当に怖いのは、自分がしでかした罪の重さを十分自覚している時、傷つけた相手から責められたり、優しくされる事だ。逃げ出した自分の罪に無理やり向き合わされて、自分で自分が許せなくなる。

 いくら柾木でも、私を責める私から、私を守る事などできない。それなのに私を守るなんて、できもしない夢物語を本気で信じてる柾木の綺麗事が、わずかな苛立ちと根拠のない安心感をもたらした。

 何も理解してないと反発する一方で、この男ならもしかしたら、想像を超えたなにかをやってくれるのではないか?と期待してしまう。だから私は柾木の手を取って、帰る事を了承した。


「玉子だけじゃお腹すいたよね。どこかで食べて帰ろうか。小田原でカマボコをお土産に買って帰るのもいいね」


 いつもと変わらず呑気な声で、柾木は勝手にしゃべっていた。

 大きな手は私を逃すまいと思っているのか、強く私の手を握りしめている。明るい笑顔も優しい眼差しも、まっすぐ私に向かっていてまぶしいくらいだ。

 私がまた思い詰めないように、気を使ってわざと明るく振る舞っているのか?


 こんな風に私だけを見て、見返りもほとんどないのに、気遣ってくれる人間なんて家族以外他にいなかった。しかも私の性格の悪さも承知で、それを含めて丸ごと好きだという。

 人に愛されない事が当たり前だった私には、新鮮で心地よい。親に無条件に愛されて育った子供のように、自分も価値ある人間なんじゃないかと根拠のない自信が湧いてくる。

 でもこんな流されるように柾木の手を取って帰っていいの?そう心の奥の私が問いかける。

 柾木は家族ではない。いつか心変わりするかもしれない。柾木に心を許して離れてしまったら?そう考えると怖くて今まで逃げ出してきた。それなのに本当に信じていいの?

 柾木の会話に適当なあいづちと愛想笑いを返しながら、いまだ信頼と疑心のはざまで心は揺れていた。


 電車が小田原駅に着く頃、柾木は自分の携帯にメールが届いている事に気づいたようだった。


「雛姫ちゃんからだ。どうしたんだろう?田辺さんごめん。ちょっと電話するね」


 雛姫とは誰だ?女性の名前であるのは間違いない。すぐに折り返さなければいけないような、重要な要件、あるいは特別な女性。女友達?元彼女?そう考えただけで胸の奥で何かがじりじりとする。

 今まで学園の王子で女性関係華やかだった柾木に、女性の影がなかったわけではない。それでもこんな気持ちにならなかったのは、私の前では柾木は女性達と距離を取っていたのと、今まで柾木の気持ちを受け入れなかったからだ。

 こんな事ぐらいで心が乱れる自分が嫌だ。


「え……。上条先輩が?大丈夫なの?」


 柾木の口から別の女性の名前が出たことで、私はまたじりじりとした痛みを感じた。朝比奈の恋人だから、柾木が手出しする事はない事はわかっている。しかし彼女と初めて会った時、同性として大きく嫉妬した。

 すらりとした長身、華やかで美しい顔立ち、グラマラスなスタイル。あんなスタイルに生まれたかったなと思う。そして自信に満ち溢れ、明るく裏表のない性格。柾木と同じ光の中の住人で私には眩しい存在だ。一緒に立てばさぞお似合いだろうなと考えると、例え二人が付き合う事などありえないと思っても落ち着かない。 


「わかった。すぐ向かうね」


 さきほどまでの明るい笑顔から一転、柾木は深刻な表情で私を見た。


「ごめん、田辺さん。のんびりしてられなくなった。詳しくは電車で話すから、一緒に来てくれる?」


 事情もわからないし、柾木がいなければ何もできない、無一文の私に断る理由はなかった。ただ、さっきまで私だけを見ていた柾木が、今は他の人間に心を奪われているのが不愉快だった。

 柾木は私と違って多くの友人や仲間に囲まれているんだ。いちいちそれに嫉妬してたら付き合っていられない。そう言い聞かせても怖かった。そうやって柾木が他の人間を気遣っているうちに、いつの間にか私の存在を忘れてしまうんじゃないか。

 自分に自信がない。柾木がなぜ私を好きなのか納得できない。だからいつまでたっても疑心暗鬼にすぎない、くだらない事でいちいちもやもやするのだ。


 電車の中で柾木が説明してくれた。上条が病院に運ばれた事、朝比奈を横浜駅で見失って行方が分からなくなっている事。みんなで横浜駅に集まって、朝比奈を探している事。


「さっきの雛姫さんて誰ですか?」


 見苦しい嫉妬をしてると思われたくなくて、さりげなく聞いたつもりだったが、口調がきつくなってしまった。すぐに質問したことを後悔する。


「朝比奈先輩の妹だよ」


 あの腹黒男の妹ならきっと腹黒に違いない、そう決め付けて少しだけ心が落ち着いた。我ながら嫌な性格していると思う。

 しかし横浜駅についてすぐにその決め付けが間違いだった事を知った。


「柾木さん!」


 柾木に駆け寄ってきた、私とそう年の変わらない女性は非常に愛くるしい容姿の持ち主だった。

 持って生まれた容姿と、それを引きたてる服や化粧、そして愛らしいがゆえに多少甘えても許されるという事がわかっている仕草。そんな計算してもなお許されるのは、本物の天真爛漫さゆえだろう。朝比奈の様なひねくれた腹黒とは似ても似つかない。

 そういえば朝比奈は今の家の養子だと言っていた。血の繋がってない兄妹なら似ていなくても不思議はない。


「お兄ちゃん、彩花さんの事を聞いて慌てて走っていっちゃって、見失っちゃったんです。どうしよう……」


 上目遣いで柾木を見上げる瞳は不安げに揺れている。そんな男心をくすぐる仕草さえも、嫌みなく似合ってしまう所が怖い。柾木も優しげに雛姫を見ている。実に絵になる二人だ。


「大丈夫。上条先輩のいる病院に行ったんだよ」


 なんで柾木はこういう女の子を好きにならなかったんだろう。私なんかよりずっと周りが納得する相手だ。そこで先ほど言われた事を思い出した。


『今まであんなに嫌われた事なかったから』


 柾木が私を追い続けるのが、簡単になびかずに逃げ続ける女だったからじゃないのか?だとしたら逃げるのを辞めた私には、もう価値なんかない。一度思いつくと、それは非常にもっともらしい理由に思えて、頭から離れない。


「田辺さん。俺達も病院に行ってみよう」


 柾木が私に笑顔を向けているのに、今は信じられなくなってしまった。女性に対してひとしく優しいこの男は、例え気持ちが離れた相手に対しても優しくいられるだろう。

 信頼と疑心で揺れていた私の心は、もはや疑心の方に大きく傾いてしまった。


「行くならお二人でどうぞ。私は帰ります」

「どうしたの急に」


「別に……。どうせ行った所で腹黒男の、のろけを見せられて、馬に蹴られるだけですから」

「確かに上条先輩と会ってるならそうだけど」


「ではそう言う事で、失礼します」

「待って。お金もないのに一人でどこに行く気?」


「横浜には知人がいるので、お金を借りて帰ります。もう先輩にお世話されなくても大丈夫ですから」

「嘘だね。田辺さんにそんな知人がいるとは思えない。本当に急にどうしたの?」


「放っておいてください。いつまでも馬鹿犬ストーカーに付きまとわれたら迷惑なんです」


 突き放す言葉を言って、私は駆けだした。また逃げ出して、柾木に追ってきてほしい。そんな駆け引きするなんて我ながら卑怯だと思う。それに柾木が追ってこなかったらどうするつもりだ。しかし動き出してしまったのだ。もう止められない。

 駅前の人ごみは小柄な私の方が有利だった。人と人の隙間を縫うようにすり抜ける。しかし完全に振りきらない程度に手加減していた。柾木は追い掛けてきただろうか?もし追いかけてこなかったら?確かめるのが怖くて振りかえれなかった。


 信号が赤に変わっていたのに、私は立ち止まる事が出来ずに飛び出した。道を渡る途中で突然後ろから突き飛ばされて、歩道脇に転がる。

 すぐに後ろから悲鳴が聞こえてきた。嫌な予感がしつつも顔をあげ、恐る恐る振り返った。


 道の真ん中で柾木が血を流して倒れていた。向こう側にはガードレールにぶつかった車が止まっている。私を庇って車にはねられた?

 自分のつまらないわがままが引き起こした事態に、血の気が引いていく。茫然としすぎて言葉も出ない。柾木の体が微かに動いたので、私も正気に戻って慌てて駆け寄った。


「先輩!柾木先輩」

「田辺さん……。大丈夫?」


「私の心配より自分の心配してください!」

「大丈夫そうだね……。よかった」


「よくないです。先輩」

「最後ぐらいは名前で呼んで欲しかったな……」


 柾木の弱気な発言に、体中が震えて、ぼろぼろと涙がこぼれる。


「でも好きな女の子を、庇って死ぬなら、男としては本望だよね」

「死ぬなんて言わないでください。馬鹿譲司!」


「馬鹿はつけな、い、で……」


 そこで力尽きたように柾木は目を閉じた。誰かが呼んだ救急車がつくまでの間、私はただ柾木にすがりながら、泣きじゃくるしかできなかった。

譲司と紫の結末まで書ききる予定が収まりませんでした

難攻不落な紫の複雑な性格はそう簡単に動いてくれません

次こそは紫の迷いに決着をつけたいと思います

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