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難攻不落彼女  作者: 斉凛
最終章
181/203

彼氏彼女の結末 朝比奈の事情

 小田原行きのバスに揺られながら、柾木宛てのメールを送信した。体調が悪い時に車内でメール打つのはきつい。気持ち悪くなってきたな。長文が可能なら散々に罵ってやりたかったが、今はこれが精一杯だ。


 柾木からのメールを見た瞬間、理性はすぐにこれは罠だと告げていたのに、心は怒りに燃えた。上條に協力を頼んだだけでネットで公開する気なんかない。そう言い聞かせても落ち着かない。

 上條も柾木のこんな作戦に乗るなんて何考えてるんだ。今二人は一緒なのだろうか?上条と柾木、二人が並んだら美男美女の似合いのカップルに見えるだろう。想像しただけでムカムカする。


 柾木の思惑になんて乗りたくない。でもこれ以上上条のそばに柾木をいさせたくない。一晩悩んだが結局柾木の思惑通りにメールを送ってしまった。


 上条から逃げて身を引いた時点で、上条が他の男とどうこうなる事に、文句を言う権利なんて僕にはない。

 それなのに柾木に嫉妬してしまう。自分の未練がましい性格が嫌になる。


 柾木に田辺の居場所を教えてしまった。迷惑をかけた田辺に恩をあだで返すような事をして、田辺は今頃怒っているだろうなと僕は苦笑いを浮かべる。

 ホテルに残したメッセージで、僕が密告した事に気づけば、僕への怒りで田辺も自殺なんて馬鹿な考えは思い留まるかもしれない。 あの毒女の一番強いエネルギーは他人への怒りだから、僕が生きてる限り必死で追いかけてくるだろう。裏切りの代償はそれで勘弁してもらえないかと思う。



 バスが小田原駅についたが、僕は寒空の下しばらく動かずに留まっていた。この後どうするか迷ったのだ。数日中に病院に行って薬を処方してもらわなければいけない。

 しかし精神科の病院は混んでる所が多く、予約なしでは見てもらえない場合もある。やみくもに探しまわるよりも、以前行ったことのある所に行く方が無難だ。

 そうなると東京に戻らなければいけないが、上条や姉さん達に捕まりたくない。どうしてあのお節介な人達は僕にかまいたがるのか?そんな身勝手な苛立ちがわく。


 上条は僕を心配してるのか?それとももう連休明けで忙しく仕事をしてるだろうか?

 心配して泣いていたら苦しいし、気にも留めずに仕事をしていたら悲しい。


 希望と絶望。相反する感情が僕の中で戦って決着がつかない。


 自分を好きでいてほしい、会いたいという欲望より、上条が幸せでいてほしい、その思いが勝った。だからやっぱり会えないな、とそう思う。

 柾木に送ったメールからすぐに僕が近くにいるとばれる。追ってくる前に逃げなくては。僕は東京行きのホームへと向かった。


 ホームで電車を待っていたら、階段を足早に駆け下りてくる女性が目に入った。見た瞬間に反射的に身を隠す。どうしてここに上条が?今日は仕事じゃないのか?仕事を休んで僕を探していたのか?

 さっき柾木にメール送ったばかりなのに、もう神奈川にいるなんて、僕の行き先を掴んでいたのか?

 

 上条はあたりを見渡して誰かを探しているようだった。僕を探しているのか?だとしたらこのままじゃすぐ見つかる。上条の気をそらすため、僕は携帯の電源を入れた。


 すぐそばにいて上条を見ているのに、気づいていない振りで電話する。上条もいつもの明るく、勝気な声で話す。声だけ聞いてたら、僕がいなくなった事なんてたいした事じゃなかったんだと思って、落ち込んだかもしれない。しかし目の前の上条はたった数日会わなかっただけなのに、顔色が悪く、目の下にクマをつくり、悲壮な表情をしていた。


 心配してくれたんだ……。そう思うと会いたかった。ここにいると言ってしまって、逃避行を終わらせてしまいたいという誘惑に狩られる。

 しかし一歩踏み出そうとすると、あの晩の記憶がよみがえり、冷や汗が出て動けない。部屋の隅で丸まって脅える田辺。僕と一緒にいたら上条もああなるかもしれない。

 それに心の病気は簡単に治るものじゃない。周囲の負担も大きい。上條の足手まといになんかなりたくない。

 それが嫌で逃げたんじゃなかったのか?


 僕がそばにいても上条は幸せになれない。だから時間稼ぎの会話を続ける。上条に僕の気持ちを話しても、理解してもらえる相手じゃない。だから本音なんか言わずに逃げるんだ。


 なのに……。


『朝比奈が好きだから』


 初めて聞く彼女の告白は涙が出そうなほど嬉しい。仕事人間だった上条が仕事と同じくらい大事だと言って、東京から駆けつけてくれた。

 嬉しいのに、そばに居たいのに、彼女を幸せにできない。それがつらく、苦しい。


 本音なんか言わないと思ったけど、最後だけ嘘のない、感謝の言葉を口にした。

 最後に見た上条は、悔しげに僕を睨んでて、全然諦めてくれなさそうで困った。そんな顔しないで、僕の事なんかさっさと忘れてほしい。



 座席に座って今後の事をぼんやりと考えていた。上条に僕が乗った電車を見られているのだから、このまま東京に向かえば、東京近くで待ち伏せされている可能性が高い。特に姉さんや雛姫はどんな手段を使うかわからないから、警戒しなければいけない。

 だとすると途中下車して他のルートで東京へ向かおう。



 相模線に乗り換えようと、茅ケ崎でホームに降りたら、ホームの端からすごい勢いで走ってくる男がいた。男というか少年というか小型犬?という感じの勢いでやってくる人の顔に見覚えがあった。


 名前は覚えてないが、柾木と一緒にいる所を何度か見かけた、テニスサークルの後輩だ。瞬時にまずいと思って、発車間際の電車に飛び込んだ。男は電車に間に合わず何とか逃げ切った。


 まさかテニスサークルの後輩まで動員してくるとは……。体育会系多人数VS病人一人って分が悪すぎるだろう。上条の容赦のないやり方に執念を超えて恐ろしさを感じる。上条に協力する柾木をも恨んだ。

 もしまた柾木に生きて会ったら、絶対いじめてやる。

 その後も隠れながら車両移動を繰り返し様子を窺うが、どの駅にも人員が配置されているようでなかなか逃げる隙がなかった。このままではまずい。後は乗降数の多いターミナル駅で人ごみに紛れるかだが、東京、品川辺りは姉さん達がはっている気がする。人ごみにまぎれても見つけ出されそうだ。

 勝負を賭けるなら横浜だな。僕はある作戦をたてた。



 横浜駅に到着して扉が開くのを見計らって、他の人間の目に付くようにわざと車内で倒れ込んだ。本当に倒れてしまいたいぐらい気分が悪かったので、まったく疑われる事なく駅員が駆けつけた。

 急病人として駅員室に運ばれる。僕は具合が悪そうに装って、顔を伏せて見えないようにした。誰も怪しむ人間はいない。

 上条や姉さんたちなら背格好だけでばれるだろうが、サークルの後輩達ぐらいなら顔を隠すだけで十分カモフラージュになる。

 人ごみと駅員の盾に身を隠し、僕はホームを抜け出した。



 駅員室の一角の急病人用の簡易ベットまで運ばれ、僕は一息をついた。


「大丈夫ですか?」

「はい。ちょっと風邪で具合が悪いだけで。医者に薬をもらっているので、飲んで少し休めば大丈夫です」


「ここ、使っていただいて結構ですから。ゆっくり休んでください」


 駅員が出て行ってから、僕は薬を飲んで簡易ベットに横になった。本当は早く横浜を出た方がいいのだが、先ほどの車内追いかけっこで体力を使ってしまい、すぐ動けそうになかった。ここにいる間はまず見つかる心配はないし、少しだけ休みたい。

 しばらくはぼんやりとしていたのだが、何もしていないと嫌な事ばかりが頭の中を巡り気がめいる。僕はPDAを取り出して音楽でも聞こうとイヤホンを取り出した。


 今頃上条はどうしているだろうか?血相変えて僕を探し回っているのかな?こんな所でのんきに寝てるとは思わないだろうな。ここまで押し掛けてきたら凄いけどね。

 昔は隠れて昼寝するたびに、上条が探し当てて起こしにきた。そんな事を思い出すと懐かしさと寂しさが湧いてくる。

 誰かの声が聞きたい。でも今携帯の電源を入れたら、GPSで居場所が特定される。仕方なしにPDAでメールチェックする事にした。


 柾木のメールの後に1件の未読メールがあった。姉さんからのメールだった。嫌な予感がした。開いてはいけないと思ったが、同時にすごく気になった。結局誘惑に勝てずに開いて後悔する。


『彩花さんが倒れて病院に運ばれたわ。このメール見たらすぐに電話して』


 柾木といい、姉といい、どうして人の弱みをこうずけずけとつく様なメール送るかな。罠だとわかっていても、精神的なダメージが大きい。

 これでのこのこ病院に行ったら元気な上条に待ち伏せされてて、つかまったりするんだろうな。


 わかってはいるが、本当に上条が倒れた可能性が0ではないと思うと、確かめないと落ち着かない。最後に見た上条の顔色は悪かった。でも今日食事してないって言ってたし、貧血とかかもしれない。それならたいした事ない。

 そう言い聞かせても、不安は膨らむばかり。しばらく悩んでいたが、結局きになってしかたがなくなり立ちあがった。駅員に礼を言い、公衆電話のある場所を聞いて向かった。



 とりあえず電話だけでもして、何か情報を手に入れたい。電話を待っていたように、姉さんはワンコールで出た。


『裕一ね。無事なの?』

『無事だよ。それより、あの悪趣味なメール何?いくら姉さんでも嘘なら怒るよ』


『嘘じゃないわよ。裕一を追ってる途中の電車の中で倒れたのよ』

『なんで?病気?体調不良?』


『自分の目で確かめなさい。彩花さんうわごとで裕一の名前呼んでたわよ』


 病状を隠したり、上条が僕をうわごとで呼ぶなんて、あからさまに胡散臭い。やはり罠かとため息をつく。


『勝手に話し作らないでくれる。付き合いきれないよ』

『嘘じゃないわよ神奈川の○○病院に運ばれたの行ってあげて。お願い』


 一方的にまくしたてて、必死で僕に病院に行くように勧める。いつも冷静な姉が珍しくとりみだした声なんかだすから、本当に何かあったんじゃないかと不安になる。これが演技なら女優になれるよ。

 行け、行かないの不毛な話がしばらく続き、僕は見切りをつけた。本当に危ない状態ならこんな風に上条を駆け引きの道具なんかにできないはずだ。


『もう小銭ないから電話切るよ』

『裕一、待って本当に彩花さんが……』


 僕は受話器を置いて、重いため息をつく。本当はいますぐ上条の無事を確かめたい。でももう彼女から身を引くと決めたんだ。これからも上条に何かあっても僕は何もできない。

 遠くから上條の幸せを祈るぐらいだ。僕が簡単に捕まらなければ、諦めて仕事に戻るだろう。そして仕事が忙しくなれば、そのうち僕を忘れるさ。



 その時急に腕を掴まれた。振り返れば雛姫がいた。


「やっと捕まえた」

「雛、どうしてここに」


 雛姫はイタズラっぽい笑みを浮かべて答える。


「お兄ちゃんが乗ってた電車が横浜駅でトラブルで止まったって聞いて、お兄ちゃんは絶対そこで降り立って、お姉ちゃんが言ったのよ。それでみんな横浜に集合してお兄ちゃんがメールを見るの待ってたの」

「僕が携帯じゃなく、公衆電話を使う所まで読んで待ち伏せてた?」


 雛姫は無言で微笑んだ。それは肯定を表す。僕を病院におびき寄せると見せかけて、電話に出させて捕まえる。

 優姫の策にまんまとはめられたのだ。ではやっぱり上條の事も嘘か……。自分の甘さが嫌になる。


「さ、お兄ちゃん病院に行くわよ」

「病院?ああ……。薬はまだ残っているから急がなくても……」


「違うわよ。お兄ちゃんじゃなくて、彩花さんよ。早く行ってあげないと」

「上條が病院に運ばれたって、僕を捕まえるための嘘じゃないの?」


「違うわよ。彩花さん本当にうわごとでお兄ちゃんを呼んでるんだよ。お兄ちゃんが無事か心配しすぎて倒れちゃったんだよ。お姉ちゃんがそんなたちの悪い嘘言うわけないじゃん」


 雛姫に言われて頭を殴られるような衝撃を受けた。自分の問題から逃げる事ばかり考えて、いつの間に周りが見えなくなってしまったんだろう。

 優姫の言葉を嘘と決めつけて信じようとしなかった。上條は必死に追いかけてくれたのに、おせっかいと決めつけて、忘れてくれと自分勝手な事を考えていた。


 自己嫌悪に陥って動けなくなりそうな所気持ちを押さえつけ、だるい体から体力を振り絞って駆け出した。

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