腹黒女と腹黒男のエトセトラ 前編
俺は研究室で雑用をこなしながら、ため息をついた。せっかく夏休みも一緒に過ごせると思ったのに、同じ校内にいても彼女との距離は遠い。
腕時計をちらりと確認し、そろそろかな?と思う。
「こっち終わったんですけど、そろそろ帰ってもいいですか?」
俺の仕事を監督している田所助教に尋ねる。彼女はずっと俺を見ながら惚けていたために反応が遅れた。
「え、えぇ。そうねぇ……」
だめ押しのように譲俺が微笑むと、田所助教は猛烈に縦に首を降る。
「あっ、ありがとう。お疲れ様」
その言葉を待ってたかのように、研究室を飛び出した。
歩きながら再度時間を確認し、歩くペースをあげた。 最後は走るに近いような速度だったが、視界に目標を見つけて安心した。
速度を落とし、呼吸を調えた。一応付近を確認する。夏休みの学校にくるものは少なく、周りには目標以外誰もいなかった。
「田辺さんお疲れ様」
彼女は立ち止まってゆっくりと振り向きながら、可憐に微笑んだ。
「ああ、柾木先輩ですか。息を乱して追いかけてくるから、どんな変質者かと思ったら、変態先輩で納得しました」
愛らしく首を傾けながら紡がれる毒は、痛みだけでなく甘い。本気でいたぶられて喜ぶ変態に、自分がなってしまった気がして怖い。
「バイトどう?」
「高校生と適当に話しながら案内するだけだから、楽ですよ」
「じゃあ朝比奈先輩は?」
『朝比奈先輩』の単語に彼女のこめかみがピクリと反応する。黒いオーラがにじみ出てくるのが、目に見えるようだ。
「なんなんですかあの人。あんだけ根性ねじ曲がってるのに、人前ではお人好しの振りして。周りも騙されてるし。気持ち悪いです。」
彼女自身を表現しているような感想に、思わず吹き出してしまった。すぐに紫から睨まれた。刺し殺されるような視線も、慣れてしまえば可愛く思える。
「同族嫌悪?」
彼女の視線がさらに厳しくなり、口をへの字に曲げながら呟いた。
「腹黒男と同じ事言う……あそこまでひどくないでしょ、私……」
つい大笑いしたら、紫に胸を殴られた。身長差的に顔まで届かなかったのだろう。暴力などという無駄な行動に出るとは。彼女はそうとう怒り狂っているようだ。
思いっきり殴ったつもりだろうが、華奢な彼女の体格ではまるで痛くない。悔しそうに何度も殴るが、子供が駄々をこねたようで、可愛らしい。思わず微笑むと、彼女は大いに溜め息をついた。
「言葉でいたぶっても、暴力ふるってもヘラヘラ笑ってるだなんて……本気で変態度上がってますよね……柾木先輩を傷つける新たな方法を考えなきゃ……」
がっかりしている彼女の言葉に、今日一番ダメージを受けた。冗談じゃなく変態と思われている。
早めに軌道修正しないと、一生友人にすらなれないかもしれない。
「まあ、田辺さんが先輩の本性をすぐ見抜いてくれて安心したよ。ちょっと別の意味で心配だったから」
彼女が不可思議な表情をするので、素直に種証しをした。
「今は本命の彼女と長続きしてるけど、前はそうとうなプレーボーイだったからね。田辺さん狙われないか心配だった」
「えぇー! なんであんな腹黒男が……信じられない……」
「確かに本性は腹黒でも、知ってる人間ほとんどいないし、騙されてるんだろう」
それでもまだ彼女は納得いかないようだ。
「百歩譲って、あの嘘臭い良い人面で、汚い手口使って騙してるとしても、客観的にそんなモテそうな感じしないんですけど。顔も中の上ってくらいだし、別に柾木先輩ほど高身長でも、お金持ちの家でもないでしょう?」
「うーん、そこが俺も謎なんだよね。しかも女の子と、とっかえひっかえに付き合ってるのに、周りに全然気づかれてなくて、いい人認識が変わらないんだよね」
紫は少し考えこむように無表情になって、しばらくしたらニヤリと笑った。
「周りが朝比奈先輩の女遊びに気づいてないのに、どうして柾木先輩は知ってるんですか?」
嫌な所を突かれて、言い訳を考えたが、下手な嘘など許してくれそうにない。
「俺女の子にモテて仲いいから、女の子の噂情報とか詳しいし……」
「女子の間で噂になるようなら、周りも気づくでしょう。朝比奈先輩のお相手達が口が固い人だから、噂が広まらなかったんでしょうね。その口が固い彼女達がなぜ柾木先輩にだけ話すんですか?」
「……」
じわじわと追い詰めるように、ゆっくりと話す紫。俺は冷や汗をかきながら、それ以上はやめてくれと願った。
「口が固い女性が何か漏らしてしまうとしたら、恋する男とベッド……」
「うわー、それ以上言わないで。正直に言います。俺の彼女の元彼が朝比奈先輩とか、その逆とかかなり被ってました。すみません」
汚物をみるような目つきで、彼女は俺を攻める。
「最低。不潔。いやらしい。女の敵」
好きな女の子から、女性関係で軽蔑されるぐらいつらい事はない。地面に膝つけて土下座して謝ったら許してもらえないだろうか?
俺の追いつめられた顔に満足したらしく、紫は勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。
「この手のネタならまだいたぶれるんですね……うふふ」
まだまだ俺をいじめたりないのか……。ああ……前途多難な俺の恋……。
途中までは、恋は盲目フィルターで甘々な展開だったのに
まだまだ隙が多すぎる譲司君でした