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難攻不落彼女  作者: 斉凛
第8章 柾木譲司編3
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衝撃

 マスコミの目をかいくぐり、葛城の家で会う事になった。セキュリティのしっかりした高級マンション。さすが売れっ子作家なだけある。


 葛城の顔を見たら、殴ってしまいそうなぐらい腹が立っていたが、実際会ったらそれ所ではなかった。元々迫力ある顔だったが、凄味が増してかなりの強面になってる。無表情なのに目だけ鋭い。ちょっとひるむぐらいに怖い。

 俺はこっそり沢森に耳打ちした。


「葛城さん怒ってるんですか?」

「いや、たぶん悩んでるとか落ち込んでるとかそういう顔だと思う。初めて会った時の大スランプ中の時こんな顔だった。正直びびるよね」


 ソファの置かれたリビングに俺と沢森が並んで、向かいに葛城が座っていた。無言で視線はやや下向き加減で睨むような表情のまま葛城は固まっている。

 話かけづらいのだが、葛城からあの日の事を聞かなくては始まらない。


「先生。24日何があったんですか? 田辺さんとはどんな?」

「申し訳ない。私の軽率な行動で、私ばかりでなく、田辺さんの名誉まで傷つけてしまった」


「軽率な行動ってどういう事ですか? 田辺さんに何をしたんですか?」

「誤解しないでほしい。軽率な行動というのは疑われるような行動をしたという意味で、何も後ろめたい事はしていない。誓ってもいい」


 葛城の真剣で鋭い声に、俺は怒りを抑えて話を促した。


「きっかけは去年の4月の終わり頃、4年ぶりに再会したあの対談の時だった。対談の取材が終わった後、雑談をしていたら誕生日の話になって、12月24日が誕生日だと聞いたんだ。誕生日にはお祝いをすると言ったら、喜ばれてその時連絡先を交換した。だけどその後田辺さんからは連絡もなく、社交辞令だと思っていた」


 葛城の低い低音でゆっくりと語られる言葉は重みがあって、俺の言葉にずしりと響いた。まだ紫の作家デビューとか何も知らずに、能天気に彼女の隣にいた頃、あの頃にはもうこの男と紫の間にそういうやり取りがあったのだ。

 俺が連絡先知るのにどれだけ努力した事か。それに比べて葛城は当たり前のように、紫と連絡先交換していて……。まあ正体はしらなくても知り合ってからの期間は葛城の方が長いのだが。


「去年の11月頃、急に田辺さんから連絡があった。誕生日のお祝いの事覚えてるか? と聞かれた。いつもは家族で祝っているのだが、今年は家庭の事情でそれもできそうにない。できれば私に当日一緒に祝ってほしいと言われたんだ」


 家庭の事情というのは、お婆さんの事だろう。しかしだからといって、紫から積極的に葛城に頼むなんて、俺は信じられなかった。


「20歳の誕生日だから、大人の人にお酒が美味しい所につれてって欲しい、保護者としてでもいいからと言われて、彼女が可哀そうになったんです。誕生日に自分から誰かに祝ってほしいと言うしかなかった彼女が」


「それで24日にホテルのレストランに?」

「クリスマスイブでどこも予約が多くて。せっかくの誕生日だからちゃんとした所で祝ってあげたかった。そのホテルは執筆で缶詰めになる時によく利用してて、少し無理が言えたから何とか予約が取れて」


 紫を24日に誘っても駄目だったのは、葛城との先約があったからなのか。それとも初めから俺は相手にされてなかったのか?

 彼女が消えた24日。俺が彼女を探しまわる中、葛城と紫はホテルのレストランで過ごしていた。しかも彼女からそれを望んだのだ。その事実に絶望するしかなかった。

 俺が言葉を失っている間に、沢森が代わりに葛城に質問した。


「それでどうして田辺さんのマンションに行くような事に?」

「レストランで食事中、彼女が引越しをしたという話になって。今までの住所では郵便物は届かなくなるからと、新しい住所を聞いたんです。それからお祝いにお酒を開けて、そう彼女のリクエストでロゼのドンペリニョンだった」


 俺がその前日紫と飲んだシャンパン。なぜそこでその酒を選んだんだ? 酒を知らない彼女の知っている唯一の酒だったから? それとも俺と過ごした夜を、その時はまだ覚えててくれたのか?


「ただ……その……田辺さんがあそこまでお酒に弱いとは思わなかったんです。グラス1杯をゆっくり飲んだのに、酔ってしまって、とても一人では帰れなさそうでした」


「それで田辺さんを家まで送り届けた? 聞いていた住所を頼りに?」

「そうです。まともに歩けそうになかったから、部屋まで送り届けて、部屋に上がらずにすぐに帰ったんです。本当にそれ以上の事は何もしていない」


 葛城の言葉をそのまま信じるなら、好きな女性とのデートというより、可哀想な女の子への同情だろう。

 しかし葛城は紫に好意を持っているのだ。単なる同情だけとは思えなかった。そこにまったく下心がなかったと言えるだろうか?



「先生。それが事実なら、やましい事はないのですから、堂々とマスコミに公表しましょう。ただ誕生日の祝いをしただけで、特別な関係ではないし、何もやましい事はないと」

「果たしてそれで世間は納得してくれるのでしょうか?」


「確かに面白おかしくでっちあげるようなマスコミもいるでしょう。しかしこのまま黙ったままでいるのは、田辺さん以上に葛城先生のイメージダウンです」

「私の事はいいんです。ただ田辺さんが無責任な報道でどれほど傷ついているかと、それだけが心配で」


 葛城の紫を想う真剣な気持ちに俺達は何も言えなくなった。

 紫は今は20歳になったので未成年淫行とは言われないかもしれないが、この報道を見た人間は以前から二人は深い仲だったと思うに違いない。

 そうなったらやはり葛城は未成年に手を出した男として、世間からの風当たりは強くなるだろう。

 しかし自分の保身より紫の事を想う純粋な心に、この男もまた本気で彼女を好きなのだとその想いの強さを思い知らされた。



 どうしたものかと頭を悩ませていた所で、沢森の携帯が鳴った。


「失礼します。会社から何か連絡のようです」


 そう断って沢森は電話に出た。


「どうした? テレビ? なぜ今? ……わかった。すみません葛城先生。テレビをお借りしてもいいですか?」

「どうぞ」


 そう言って葛城はテレビのリモコンを渡した。テレビをつけるとちょうど昼のワイドショーがやっていて、何か記者会見のようだった。

 テレビ画面に映し出されたテロップには、こう書かれていた。


『田辺紫、緊急記者会見。葛城優吾との仲は? 重大報告とは?』


 テレビのリポーターがテロップと同じような事を繰り返し言っていた。


「こちらの対応が遅れている間に、田辺さんが先手を打ってきたか。さすが彼女しっかりしてるな」


 沢森がのんきに感心していたが、俺は嫌な予感しかしなかった。


 テレビ画面に移る紫の顔には、悪魔の様な微笑みを浮かべている。何か企んでいる顔だ。

 その後始まった記者会見は、俺達三人を凍りつかせるような衝撃的な内容だった。

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