準備中
自宅で誕生日となった事で一番悩んだのは料理だ。正直に言うと俺の料理スキルは低い。いつも外食か買ってきた弁当で済ませてたので、ろくに料理してない。
パスタ茹でて出来合いのソース和えるだけとか、レタスちぎってドレッシングかけるだけのサラダとかならできるだろうけど、誕生日祝いでそれはないだろう。
料理は練習するにしても、ケーキはさすがに無理なのでどこか店で予約しようかな? クリスマスシーズンはどこも品薄なので早めの方がいい。
しかし料理をどうするか……。
悩んで結局また朝比奈に相談しに行く事にした。朝比奈がかなりの料理上手なのは知っている。学校にお手製弁当を持ってきた事があるが、見ただけで手が込んでて美味しそうだった。
そういうわけで朝比奈を探すのだがなかなか見つからない。古谷教授なら手がかりを知っているかと思い、教授室へと向かった。
「失礼します」
ノックをして教授室を開ける。応接室のソファで朝比奈が堂々と寝ていた。毛布まで被って、本気で寝る気だ。
「何でこんな所で寝てるんですか、先輩」
「柾木か……。っち、鍵閉め忘れてた。まあいい。入るなら早く鍵閉めろ。誰かくるだろう」
「ずいぶんと堂々と寝てますね。毛布まで持ち込んだんですか?」
「研究室に泊りこむ人用の備品。さすがに床に寝ころぶのは寒い季節だから」
それはそうだが、だからといって、応接室で堂々と寝ていいのか? と突っ込みたいが、もはや何を言っても無駄だろう。俺は素直に部屋の鍵をかけた。
「で? 今日は何の用だ。またくだらない相談でもしに来たんだろう。早く話して早く帰れ」
朝比奈は毛布に頭からくるまったまま、顔を出す気もないようだ。あくび混じりの眠そうな声が聞こえてくる。
一応、この前相談した後の経緯と、なんとか23日の約束をもぎ取った事を報告した。
「ああ、そう。で? 今度は何?」
「先輩は上条先輩にクリスマスどんな料理作るんですか? 先輩の事だから、さぞ凝った料理を……」
「メインは実家から送ってもらう蟹だな。特に甲羅酒は重要だ。あとは煮物とか、ぬか漬けとか、お浸しや酢の物とか、鳥の竜田揚げとか」
「何でクリスマスにそんなおふくろの味なんですか!」
「仕方ないだろう。上条が好きなんだから」
「かすかにクリスマスっぽいのは鳥の竜田揚げくらいですね。かなり和風ですけど。それってどうやって作るんですか?」
「まさかおまえ作る気か?」
「そのつもりです。愛のこもった手料理を」
「それで唐揚げ作った事あるのか?」
「生肉買った事ないし、まして揚げ物なんてどうやるのかさっぱりです」
「辞めろ! どうせ悲惨なできになるのがおちだ。火が通り過ぎて黒こげても、肉が固すぎてもまずいし、かといって生はしゃれにならん。コンビニでチキンでも買っておけ」
練習すればなんとかいけるんじゃないかな? と思ったんだけど甘かったか。しかし他に誕生日っぽい、俺でも作れる料理ってなんだ?
「そもそも田辺はそんなに唐揚げ好きなのか?」
「……嫌いじゃないけど、どちらかと言うと肉より魚派ですね」
「別にクリスマスや誕生日らしいとかこだわるより、ヤツの好きそうな物でも用意しとけ」
「田辺さんの好きな料理って……寿司とか? でも寿司握るのは唐揚げよりハードル高いですよ」
「手巻き寿司でいいだろう。簡単だし。祝い事っぽいし」
「手巻き寿司ってなんですか?」
朝比奈は布団から顔を出して俺を見た。ものすごく呆れた顔をしていた。面倒くさそうに頭をかいて言った。
「そこから説明させる気か! ったく。少しは自分で調べるなり考えるなり……」
その時鍵が開く音がして、扉が開いた。部屋の主である古谷教授だった。ソファで堂々とさぼって、朝比奈がまずいのでは……と心配したが、それは杞憂だった。教授は朝比奈の事はまったく気にせず、むしろ俺の方に注目していた。
「柾木君、こんな所で何をしているんですか?」
「ちょっと……朝比奈先輩に用事があって……」
「あまり朝比奈君の手をわずらわせてはいけませんよ。それに柾木君卒論はどうなってるんですか? 小池教授が嘆いてましたよ、卒論の進みが悪いと」
教師としてしごくまっとうな小言だ。あまり古谷教授にこういう説教された事なかったので油断していた。しかし教授は穏やかな表情のまま、淡々と怒りを湛えていた。長年の貫禄から醸し出す凄味が恐ろしい。
「すみません。帰ってすぐとりかかります」
紫の事がいっぱいいっぱいで卒論が中々進まない。その上23日まで時間もない。どうやら朝比奈にも、この研究室にも当分近づけそうにないようだ。
俺は仕方なく自力で何とかするべく、ネットで手巻き寿司の作り方を見てみた。
なんだ。寿司酢を炊いたご飯に混ぜるだけ。後は具と海苔を用意すればOK。これなら俺でも作れそうだ……と思ったのだが、難関が待っていた。
確か紫は玉子とかっぱ巻き食べないと落ち着かないって言ってた。きゅうりは切るだけだが、問題は玉子焼き。試しに作ってみたのだがどうにも形にならなかったり、焦げてしまったり難しい。
四苦八苦しながら23日が来るのを俺は待ち望んでいた。
これが終わりの始まりだとも知らずに。