ファイナル アタック スタート
紫の自宅近くの公園。彼女が家に帰る時、いつもこの前を通るのは知っていた。だからそこで待ち伏せた。俺が視界に入ったとたん、紫の表情がこわばったのがわかる。
「とうとう私の前に現れましたか。祖父や祖母の周りでうろちょろしてたから、そろそろだろうと思ってた。バカ犬ストーカー」
この久しぶりに会った時もそうだったけど、彼女はもう俺の事は先輩とは呼んでくれない。
距離を感じてたのは気のせいではなかったようだ。
「今日は田辺さんをクリスマスイブのデートに誘いに来たんだ」
「お断りです。その日は家族とすごします」
「その勝子さんからぜひよろしくって頼まれたんだけどな」
「祖母が何か言ったとしても、私はクリスマスイブに犬といちゃつく趣味はないですね。その日は毎年世のカップルと幸せ家族に不幸を! と呪って過ごす事にきめてるんです」
紫らしい病んだ毒発言だ。しかし俺には彼女の寂しさからくる嫉妬にしか思えない。友達もいない。一緒に過ごしたい両親もいない。そして今年は祖父母もそろって過ごす事もできない。
彼女は街が親しい人々があふれかえる様子を、どれほど憧れ見続けてきたのだろうか。
最初から素直に紫が頷くなって思ってなかった。俺は話を変えて紫に揺さぶりをかける事にした。
「田辺さんは実名で本を出して、本当は何を企んでるの?」
「何のことですか?」
「連載の時はペンネームだったのに、書籍化で正体をあかしたり、葛城さんと親しげな対談を載せたり、これも君の計画だよね。連載もタイミングが良すぎた。君は狙ってたんじゃないか? 『北斗』に記事を載せるタイミングを」
「憶測で勝手な事を言わないでください」
「ただの推測だって言うなら、沢森さんや葛城さんに相談してみようか?」
「二人と連絡とってるんですか?」
「1回会っただけ。連絡先交換したからすぐに連絡は可能だけど」
紫は歯ぎしりするような悔しげな眼で俺を睨んだ。いつもなら俺が紫の腹黒さに痛めつけられているのに、今日は立場が逆転している。脅してでも彼女との約束を勝ち取りたかった。
「葛城先生は田辺さんの腹黒さを、何にも知らないみたいだね。できれば綺麗なイメージを壊して傷つけたくないな」
「……要求は?」
「12月24日。俺と一緒に過ごそう」
「嫌です。24日だけは絶対に」
「どうしても?」
「どうしてもです」
ここまでは予定通り。紫はやはり沢森や葛城に何か感づかれたくない事をしているのだ。それでも24日だけは認めないと必死に抵抗を続けている。ここは折れ時だ。
「じゃあ23日でいい。10代最後の日を俺にくれないか?」
「……どうして、それを?」
「好きな女の子の誕生日は初めにチェックするのが当たり前だ。もうずっと前から知ってた」
そう12月24日は紫の誕生日だ。そして今年は20歳の誕生日。大人と子供の境界の、人生でたった一つの記念日だ。絶対に寂しい思いなどさせたくない。
「絶対楽しい誕生日の思い出にしよう。一生忘れないぐらい。今までで一番楽しい誕生日に」
たぶん、紫の楽しい誕生日の記憶は両親がいた頃の誕生日だろう。
それ以上の誕生日にできるか、正直自信はなかった。それでもできるだけの事はしたかった。
幸せは過去にしかないんじゃない。これからだってあるんだってわかってほしい。
「つまらなかったら、これで最後でもいい。田辺さんの事あきらめるから」
紫が素直に楽しいなんていうわけがない。俺を永遠に紫を失うだろう。それでもたった1日にかける。
「……わかりました。これが最後です」
「ありがとう」
俺は達成感でいっぱいの気持ちだった。しかしこれはまだ始まりだ。最高の誕生日にできるかはこれからにかかってる。
「田辺さん行きたい所とか、したい事ある? 誕生日だからなんでも言って」
「クリスマスでバカ騒ぎする外なんて歩きたくないです。あの無駄にセンス良く生活感のない部屋がいいです」
俺は思わず息を飲んだ。
「それって俺の家?」
「何か都合悪いですか?ああ、お父様がいるとか」
「いや……。たぶん、うちの親父はまた新しい彼女とデートでいないと思うけど。いいの?」
「かまいません」
まさか紫から俺の家に来たいなんて言うとは思わなかった。
「誕生日楽しみにしてますから、準備頑張ってくださいね」
悪魔的な微笑みで反撃をする紫。そうだ。自宅なら店みたいにお金を払えばどうにでもなるわけではない。
むしろ一番難しく、ハードルが高いかもしれない。
「約束通り。楽しい誕生日になるように、用意して待ってるよ」
残り時間はあと2週間。他の人間に手伝ってもらうわけにもいかないから、時間との勝負だ。
紫が楽しんでもらえるような、手作り誕生日をしよう。
決意を胸に俺は最後の挑戦を始めた。