表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
難攻不落彼女  作者: 斉凛
第1章 柾木譲司編
13/203

恋人達のティータイム 思い出 譲司の事情

 俺が案内したのは、店の中庭だった。

 扉を開けた瞬間に香る、濃厚なバラの匂いに圧倒される。紫も思わず見とれていた。


 店の入り口よりも多くのバラが植えられている。こちらの方が日当たりがいいせいか、盛りをとうに過ぎていっそう醜く散りかけていた。

 中庭の真ん中にテーブルとイスが1組置かれている。



 2人が席についた頃、タイミングよく店員がやってきた。紫はヌワラエリヤを俺はニルギリを頼んだ。

 お茶が運ばれてくるまで、お互い一言もなかった。

 ただ散るバラを見つめながら、遠い日の出来事に思いをはせていた。


「イギリスから日本に帰国した小学生の頃、ここにはよくきたよ。母がこの庭とここの紅茶が好きだったんだ……」


 俺がゆっくりと話し始める。紫は話を遮る事なく、お茶を飲みながら聞いていた。


「最後にここにきたのは中学1年の時だった。母はここで言ったんだ。『私は離婚して国に帰るけど、譲司はお父さんと日本に残りなさい』ってね」

「……」


 重い思い出を語っても、彼女は眉一つ動かすことはなかった。


「子供の目から見ても日本に帰国後両親の仲が悪くなっていたのは、薄々感ずいていたけど……俺に何も相談もなしにかってに決められて……」


 もう割り切った過去だと思っていたけれど、口にだすとまだほろ苦い思い出だった。


「あの時はなんだか母親に捨てられたように思えた……それから母とは一度も会ってない。話によるともうイギリスで結婚して子供もいるらしい」


 話終えて紫を見つめた。彼女は先ほどから伏し目がちに黙々と紅茶を飲んでいた。俺の話が終わると視線をあげて、まっすぐに見つめてくる。

 まるで風のない水面のように、どこまでも澄み切って静かな瞳。そこには哀れみも共感もなく、ただ淡々と彼女は事実を受け入れていた。


 中途半端に憐れみの目で見られたり、わかりもしないのにうわべだけ同意されるよりずっと良かった。こんな風に誰かに自分の過去を受け入れてもらった事などない。純粋に嬉しかった。

 ハーフだとか王子だとか色々なレッテルを張られて、周りの人間とどこか見えない壁を感じていた。しかし紫とは初めからそんな壁などなかった。彼女といると俺はただの男でいられた。

 だからこんなに惹かれるのかもしれない。 


「どうしてそんな話を急に?」

「さっき紅茶を飲みかけて、手が止まっていただろう。あの時の君の表情を見たら思い出したんだ」


「嬉しさと悲しさと両方の懐かしい思い出?」

「ああ……」


 それからまた沈黙がうまれた。すっかり冷めてしまった紅茶を口にしながら思った。俺は古傷をさらけ出してぶつけたが、それで何か紫を変えられたのだろうか?

 俺の話に怯むことなく、ただ淡々と聞く彼女を見ていて、俺以上に底知れない闇が彼女の奥に眠っている気がした。



「私にとっても、バラと紅茶とケーキは、複雑な思い出なんです。二度と訪れる事のない幸せな過去の象徴だから」


 紫は淡々とした表情を変えることなく、ポツリポツリと語り始めた。

2012年1月31日改訂

譲司の心理描写追加しました

紫への気持ちを自覚しはじめた最初の一歩かな?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ