恋人達のティータイム 序章
窓際の席に座り、紫は窓の外をぼんやり見ていた。
やっぱり何か紫の様子がおかしい。しかし俺はまた睨まれないように見守るしかなかった。
お菓子はスコーンを予約してたが、後は真宮達2人に任せた。2人は甘党で、お菓子の話で盛り上がっていた。
こっちはほうっておいて良さそうだな。
「田辺さんお茶どうする?」
メニューを渡しながら声をかけた。目を開けていたのに、びっくりした顔でこちらを向いた。まるでこの場にいながら遠い世界に行っていたようだ。
「ストレートで2種、スコーン用にミルクティーで2種の4ポットにしようと思うんだけど」
俺の言葉が届いているのかわからないが、紫はお茶のメニューにゆっくりと目を通していた。
真宮達が店員を呼んでお菓子を頼んでいく。
「お飲み物はいかがいたしますか?」
「ダージリンとウバをストレートで。アッサムとルフナはミルクでお願いします」
紫はわずかに愛想笑いを浮かべながらそう答え、また庭を向いて一人の世界に閉じこもってしまった。
「呪文みたいにスラスラとすごいね」
「真宮先輩。私紅茶あんまり飲んだことないし、よくわからないんですけど」
「僕もだよ。2人に任せておこうよ」
とりあえず紅茶の事は棚にあげて、また真宮達はお菓子の話に戻った。
紫はただバラを見ているのではなかった。他のテーブルのお菓子の甘い匂いに、カップがたてる音にいちいち反応している。
店そのものが居心地の悪いような感じで、逃げるように庭ばかりを見ていた。
「この店気に入らない?」
「……雰囲気はいいと思います。味は食べてみないと……」
うわごとのようにそうつぶやいた。かすかに緊張している気がした。
ここに来る前に態度悪かったのって、もしかしてこの店が原因なのかな?
しかし紅茶好きで店に来るのは乗り気だったはずなのに、なぜこんな顔をするのだろう。
次々と運ばれてくるケーキと紅茶に、真宮達が歓声をあげた所で、やっと紫もこちらをむいた。
俺は紫の分のダージリンを注いで渡した。紫はゆっくりとカップを持ち上げる。震えて危うげな手つきにハラハラする。顔の近くまできた所でピタリと止めた。
その時の紫の表情をなんと表現したらいいのかわからない。ただ自分にも覚えのある感情だった。
懐かしい昔の記憶、喜びも悲しみもごちゃ混ぜで、ただ懐かしいとしか言えなくなる。
俺にとってこの店はそういう過去を思い出す場所で、だからこそここに紫を連れてきたかったのだ。
「お茶冷めちゃうよ」
俺が勧めてやっとおそるおそる口をつけた。
「……美味しい……」
その後紫は慌てたように、ミルクティーやスコーンなど次々に手を伸ばす。無表情を装ったまま黙々と口にしていた。
お茶やお菓子がなくなってきた頃合いを見計らって、俺は立ち上がった。また外を眺めていた紫の後ろに立ち、彼女の腕をとって無理やり立ち上がらせた。
「ちょっと席外すから、2人でごゆっくり」
驚く紫を引きずって、店の中を歩く。途中で我にかえった紫が手を振りほどこうともがく
「離してください。何なんですか」
「君らしくないね。いつもの猫かぶりはどこに忘れてきたんだ。2人ともすごい田辺さんに気を使ってたよ」
紫は目を見開き、唇を強くかみしめた。少し冷静さを取り戻したのか、すみませんと呟いた。
もう大丈夫かなと思って俺も手を離す。つかんだ所が赤くなっていて、申し訳ない気分になった。
「こっちこそ強引に連れだしてごめん」
彼女は首を横に振った。
「ちょっと他の席でお茶飲みなおそう。特等席があるんだ」
彼女は俺の後を大人しくついてきた。本当は今日あそこに行くつもりはなかったんだけどな。
ほろ苦く切ない思い出が心の中を通り過ぎて行った。