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難攻不落彼女  作者: 斉凛
第7章 上条彩花編
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過去の亡霊

 そしてある日。今にも雨が降りそうなどんよりとした雲行きの中、いつものように後ろを気にしながらの帰り道。新谷との距離がいつもより近い気がした。

 おかしい。嫌な予感がする。そう思った時には遅かった。新谷が突然駆け寄ってきた。慌てて逃げ出そうとした私の二の腕を掴みむ。



 新谷は死んだ魚の様に濁った目で私を見降ろし、開いた手で私の尻を撫でた。


「嫌ー! 離して!」


 あまりの気持ち悪さと怖さに思わず叫び声をあげた。すると新谷の表情が気持ち悪く歪んだ。


「可愛い声だね」


 あまりの事にぞっとした。私の叫び声がこの男を喜ばせてる。まるで声まで汚されたようで、悔しい。これ以上こんな男を喜ばせてたまるか。

 そう思うと口を開いてもひゅーひゅーという呼吸音しか出てこなくなり、声がでなくなった。


 私は掴まれていない方の手を振り上げて、新谷の顔をひっぱたこうとした。しかしすぐに新谷の手で掴まれ押さえつけられた。


 自分より背が高くて強い力。男と女の圧倒的な力の差。それをまざまざと見せつけられて、自分が非力な女である事が嫌で嫌でしかたがなかった。


 私が女だからこんな変な男につきまとわれるのか。女だから力勝負では勝てない。悔しい。どうして私は女なんかに生まれてきたんだろう。男なんかに負けたくない。


 両腕を掴まれ逃げられない状況で、新谷は顔を近づけてきた。こいつ私にキスするつもりだ。気持ち悪い! 嫌! 誰か助けて!

 私は心の中で助けを求めながら、必死で無駄な抵抗を続けた。


「何をやってる!」


 私の願いが通じたのか、そこに現れたのは偶然通りかかった兄貴だった。突然やってきた助けに勇気づけられ、私の喉は機能を取り戻し叫び声をあげた。


「助けて兄貴」


 私の叫びに兄貴はものすごい迫力で駆けつけた。兄貴の勢いに恐れをなした新谷の手が離れる。私がすぐに新谷の手から逃れると、兄貴はその重量級の拳で新谷の腹を殴りつけた。

 文字通り新谷が吹き飛んだ。私が兄貴の背中にしがみつくと、兄は私を背にかばったまま新谷を睨みつけた。


「二度と妹に近づくな。今度近づいたらボコボコにするぞ!」


 兄貴の迫力の低音に恐れをなした新谷は、震えた体でよろよろと逃げ出した。


「彩花。もう大丈夫だ俺がついてるから」


 兄貴がそう言って私をなぐさめてくれたから、私は緊張の糸がほどけたようにその場で泣き崩れた。兄貴にすべての事情を話したら、学校の送り迎えをしてくれるようになって、兄貴を恐れた新谷は私に付きまとわなくなった。


 あれから9年近くたつというのに、あの時の事を思い出すと震えがでる。力づくで理不尽に踏みにじられた心。妄執というべき恋に狂った男の恐ろしさ。


 あの時の新谷は私を好きだったんじゃない。私の体を物みたいに扱って、ただ支配したいだけだった。あれ以来私に言い寄る男が皆、あの時の新谷のように見えて仕方がない。

 美人だから、可愛いからと褒められても、不愉快さしか湧いてこない。私の表面的な飾りしか見ていない男達に苛立ちを覚える。



 男に負けないように、一人で立ち向かえるように、強くなりたい。誰にも負けないくらい強く。そんな過去の亡霊に捕らわれたまま私は生きてきた。



 でも朝比奈は他の男と違った。細くて頼りなくていつもへらへら笑ってて、ちっとも怖くなかった。女好きだけど、女なら誰でもいいといった態度は、いっそ女子全員に平等だ。

 私の容姿で特別扱いするわけでもなく、女だからとバカにするでもなく、私の力を素直に認めてくれた。

 私がからんで文句を言っても、うっとおしそうにしながら、それでも完全には私を突き放さなかった。


 朝比奈と一緒にいるのは居心地良かった。婚約者の振りと言いだした後も、私に気があるような言葉はいつも冗談のように軽くて、私が怒ればあっさり引いた。

 どんなに私が殴ろうとも、一度も反撃しなかった。怖いと感じる事さえなかった。


 だから家に入れた。勝手に泊まっても、居座っても、本当に私が嫌だと言えば朝比奈はあっさり帰る。そう確信があったから、どこか安心できた。

 朝比奈は特別だ。新谷みたいなバカで気持ちの悪い男と違う。


 古谷先生の言った覚悟ってこの事だろうか? 恋愛と向き合う覚悟が足りないと。


 兄貴の言う通り、私にとって朝比奈は特別な存在なの確かなようだ。それでもこの感情に恋愛という言葉を付け加えるのは、まだ抵抗がある。

 それでも朝比奈という居心地のいい場所を失いたくなかった。


 私が朝比奈を好きだと言えば、アイツを引きとめられるんだろうか?またそばにいてくれるんだろうか。そんな風に女を武器にするのは私らしくない。

 それでも私が朝比奈を恋愛相手として扱わない事で、アイツが離れていくのなら引きとめる手段は他にない。

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