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難攻不落彼女  作者: 斉凛
第6章 短編集2
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とある編集者の憂鬱 3

 4月号の締め切りまで時間がないため、さっそく『源氏』と打ち合わせする事になった。場所はもはや恒例となった紅茶専門店。しかしお茶の味を楽しむような時間も心の余裕もない。


「今回はとりあえず読み切り1ページ。好評であれば連載の可能性もあります。前みたいに1度で辞めるからってとんでもない記事書かないように」

「わかってます。ちゃんと書いた原稿は事前に沢森さんにチェックしてもらって、問題あると沢森さんが判断したらすぐに修正します」


「ずいぶん素直だね。『源氏』の名前がいいように利用されるんじゃないかって、あれだけ警戒してたのに」

「ファンは大事にする主義だったんですけど、『紫』なんて大変なファンがついて……。なんか『源氏』のイメージを無理に守るの辞めようかなと思って……」


 『源氏』は苦虫をつぶしたような嫌そうな顔をした。よほど『紫』の崇拝ぶりに嫌気がさしているのだろう。どんな理由にせよ、こちらの修正提案を素直に受け入れてもらえるなら、だいぶ私も気が楽になる。


「チェックや修正の事を考えると、とりあえず今週中には原稿一度見せてほしいんだけど間に合う?」

「大丈夫です。大学入試も終わって、もう卒業式までほとんど授業もないし、時間の余裕はありますから」


「そういえば高校生だったっけね。いまだに信じられないよ。3年前はわざわざ高校の制服で偽装までしたぐらいだし」

「あれ偽装だってばれてましたか。まあ仕方なかったんです。私身長低いし童顔だし、一番大人っぽく見える格好が高校の制服だったんです。中学生だと思われたら、子供だとなめられて利用されるんじゃないかって心配で……」


「高校の制服で堂々と、編集部来る時点で無駄だと思うけど。中学生も高校生もあんまり変わらないし……」

「高校生ですら驚かれるんだから、『女子中学生』って肩書がついちゃうと余計にそれを利用されるじゃないですか。『源氏』の正体は現役女子中学生なんて勝手に売り出されちゃうんじゃないかと……」


「君は本当に警戒心が強いよね。もう少し人を信用してほしいな……」

「無理ですね。私のモットーは『人を見たら泥棒と思え』です。世の中の大人なんて汚くて、平気で嘘ついて騙すような人間ばかりだと思ってますから」


 どういう育ち方したら、10代でこんな偏見に満ちた価値観の持ち主になれるのか。普通ならこれだけすさんだら、ぐれて不良とかになりそうだけど、彼女はお茶の飲み方一つとっても上品だし、化粧っ気のない地味な服装も大人しい優等生風だ。


 打ち合わせはスムーズに終わり、原稿も3日で送られてきた。内容は『源氏』らしく皮肉の効いた毒舌風味ではあったが、ぎりぎり掲載できそうな表現に押さえられていた。取り上げた作家も新人が多く、これなら抗議も少なそうだ。それでいて文章の面白さは損なわれていないのだから感心する。

 短期間でそういった計算を働かせて原稿を上げられるなんて、まだ10代とは信じられない。


 いくつか細かな修正は必要だったが、それもすぐ対応してくれたので予想より早く原稿もしあがった。小松編集長も気にいったようで、この内容なら5月号も引き続き頼みたいと言われた。



 こうして『源氏』の辛口コラム『源氏の徒然日記』は始まった。4月号が発売し世に出回ると、コラムの評判もよく、思った以上に掲載作家からの抗議は少なかった。例え批判記事でも売れてない新人作家の場合、雑誌に掲載される事で宣伝効果があるようだ。

 そもそも本当の駄作なら、『源氏』が取り上げるはずもない、葛城優吾のように将来性のある作家ではないかという期待が読者の中にあった。


 『源氏』は筆が早いし、文章のミスも少なく、編集者にとってはありがたい作家だった。あまりに好調な連載にいつしか私の中の『源氏』への危機感が薄れ始め、このまま問題なく連載が終わるのではないか? というような楽観的な気分になっていった。


 そんな私が再び危機感を覚えたのは、連載が始まってもうじき1年という頃だった。


「沢森君。『源氏』の連載好評だし、このまま連載続けよう」

「はあ。しかし、ただだらだらと書籍批評だけを続けて読者に飽きられるぐらいなら、1年で切り上げて新しい企画でもスタートさせた方がいいのでは?」


「もちろん、このまま同じ事だけを続けていてもだめだ。そこで今後の事を私が直接『源氏』と話がしたい。1年も連載を続けているのに、まだ私も会った事がないからね」


 私は逆らう事が出来ずに頷いたが、内心冷や汗ものだった。警戒心の強い『源氏』のためにわざと他の人間には『源氏』の正体を隠して連載を続けていた。

 彼女が編集長と会うのを拒んだら……。また『源氏』と編集長の間で板挟みになる。下手したら『源氏』の機嫌が悪くなって、また過激な行動に出たりしないか。

 恐る恐る『源氏』に編集長との打ち合わせを提案したら、拍子抜けするほどにあっさり了承が得られた。


「いいですよ。いつまでも沢森さんとだけ話していれば、すむとは思ってませんでしたから。前の編集長ほどバカじゃないみたいだし」


 こうして『源氏』と小松編集長の初顔合わせとなった。しかしなぜか私は二人を紹介してすぐ、編集長に席をはずすように言われた。自分の知らない所で何かトラブルが起こるのではないか? と心配だったが、『源氏』も大人になったんだ、昔とは違うと自分に言い聞かせて席を外した。


 それからしばらくして編集長からとんでもない話が持ち込まれた。


「源氏の連載を書籍化しようと思う」

「……は? 正気ですか?」


 思わず上司に失礼な返事を返してしまうほど、私にとって意外な話だった。『北斗』の長年の読者の間では人気があるとはいえ、『源氏』は所詮、素人作家だ。本を出した所でとても売れるとは思えない。


「お言葉ですが、1ページコラムを月1でまだ1年。分量的にもとても足りないですし、書籍化しても一般読者への売りがありません」

「分量に関しては問題ない。3年前の初コラムや過去の読者投稿欄に掲載した投稿もすべて載せる。最近『源氏』ファンになった読者から、過去のコラムや読者投稿を読みたいという要望が多くある。実際それでバックナンバーの取り寄せが多くて、特に3年前のコラムを取り上げた号は在庫がなくて不満が上がってるじゃないか」


「確かにそういう要望はありますが……。すべてって……5年分ありますよ。それを全部集めるんですか?」

「作業負担は大きいから、書籍化に当たっては担当の編集を別につける。君は連載や『北斗』の別の記事に集中してくれてかまわない。それに売れる本作りに関しても、私に考えがある」


 小松編集長の何か企んでいる表情に、私はまた『源氏』に関わるトラブルが起こるのではないかと大いに不安になった。しかし書籍化の企画から外され、どんな本が作られるのか全く分からないまま製作は進んでいった。

 直接編集長が『源氏』と書籍化の企画の打ち合わせをしているはずだが、『源氏』の様子は依然と変わらない。水面下で何が起きているのか……。根拠のない不安で憂鬱な日々が続いた。


 そして本が完成し、書籍見本が出来上がる頃、ようやくその内容を見せてもらう事ができた。そしてその内容に愕然とした。


 連載記事や過去の投稿やコラムは特に手を加えられずに、全文掲載されていてそれに関しては特に問題はない。しかし問題はそれまでプロフィール非公開の謎の批評家だったはずなのに、今回の本では本名や年齢を公開しているのだ。

 著者紹介に書かれた女子大生コラムニストの肩書に頭がくらくらする。『源氏』が危惧していた通り、『現役女子大生』の肩書をいいように利用して売りにしている。


 その上書籍化特典に対談が掲載されていた。

 それはよりにもよって『源氏』と葛城優吾だった。

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