表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
難攻不落彼女  作者: 斉凛
第6章 短編集2
105/203

夏の思い出 1

上条と朝比奈の関係が気になる所ですが、紫と譲司の物語に戻ります

3回の短編ですが、こちらも大きく話が動きます

 無事夏休み前の試験が終わり、紫との約束の日がやってきた。俺は嬉しくて朝早く目が覚めてしまった。この日のためにデートプランを練って待っていたのだ。


 行き先は渋谷。学生のデートらしい場所だと思うのだが、紫に言ったら「人が多くて犯罪者とかうろ居ついてそうで嫌」と言われた。

 人が多いのは確かだけど、犯罪者が多いというのはずいぶん偏見にみちた意見だ。しかもどうやら紫は東京育ちなのに、一度も渋谷に来た事がないそうだ。

 そのくせお爺さん達と一緒に巣鴨とか上野のアメ横とかはよくいくらしい。ぜひ紫にも若者らしい街で夏の思い出を作ってあげようと、かなり強引にせまってようやく渋谷で納得してくれた。

 待ち合わせ場所と時間だけ決めて、どこにいくのか何をするのかは当日までのお楽しみ。紫が驚く顔が見たかったのだ。



 そしてデート当日。初めての渋谷でもわかりやすいようにと、待ち合わせはハチ公前にした。いつもの通り待ち合わせ時間よりだいぶ早く着いたのだが、予想通りハチ公前は人であふれていた。

 初めての渋谷で紫は無事にここにたどり着けるかな? もう着てて見失ってないかな?心配になって待ち合わせ時刻の10分前に携帯を取り出し、紫に連絡しようとした。その時後ろから服の裾をひっぱられた。振り向くと紫がいた。


「なんでこんなに人が多い所で待ち合わせなんかするんですか」

「よく見つけられたね。田辺さん」


「無駄にでかくて目立つ先輩のおかげですね。周りの女の子達の視線が痛いんで早く移動しましょう」


 言われてみれば、周りにいる女性の多くがじろじろと俺達の方を見ていた。周りの視線に恥ずかしそうにうつむく紫が可愛い。俺は紫の半ば強引に手を取ってひっぱった。


「どさくさにまぎれてなんで手を繋ぐんですか」

「人が多いから手を繋いでないとはぐれて迷子になっちゃうよ」


「子供扱いしないでください」


 紫はむくれたが、すぐに不安な顔になって落ち着きなく周りを見渡していた。慣れない街への戸惑い、気を抜くとぶつかってしまいそうな人の渦。頼りない子供のような紫の姿を見て、俺は手を強く握りかえした。正月に握った時冷たかった手は、今少し汗ばむほどに温かかった。


 横断歩道が青に変わってすぐに足早に歩きはじめる。小柄な紫には駆け足のようなスピードだが、この交差点は信号が変わるのが早いの。皆急ぎ足でその流れに乗らないと人にぶつかってしまう。

 横断歩道を渡り切って、少し呼吸を乱した紫のために一度止まって休んだ。


「どこに行くんですか?」

「まだ時間あるから先にお昼食べよう」


「時間? なんの時間ですか?」

「お昼食べながら話すよ」


 不安そうな紫に微笑み返して、また手を繋いで歩き始めた。109の左の坂をゆっくりと歩いた。渋谷は駅が一番低い所にあるから、どこに行くにも上り坂ばかりだ。

 坂の途中で右に曲がる。すぐに小さなペットショップが見えた。ガラス張りの窓から、狭い部屋の中に押し込められた、子犬や子猫達が外からでもよく見える。こんな所で大勢の人間の視線を浴びる動物達が可哀そうだ。

 きっとそういう人間の同情心に付け込んで買わせようという、店の人間の狙いなのだろう。そんな思惑など気付いていないかのように、若い女の子達は立ち止まって無邪気に「可愛い」なんて言っていた。


「あんな所に押し込められて動物達が可哀そうだよね」


 俺は紫にそう言ったが、紫は無言で挙動不審に辺りを見渡すばかりだ。やっぱり慣れない街に来ない方がよかったかな? と少し後悔もしたが、今日はどうしても渋谷じゃなきゃいけない理由があったのでしかたない。

 俺は紫の手を引いてまた歩き出した。しかし少しして2手に別れる道の途中で紫が立ち止まった。


「どこに連れていく気ですか?」


 紫の顔が青ざめて震えている。どうしたんだろう。ここら辺は裏道なのでさっきよりは人も少なく歩きやすいと思うのだが。


「どこってお昼だよ」

「私が渋谷知らないと思って変な所に連れていく気じゃないですよね」


「変な所って……」


 改めて考えてみた。俺が紫を連れていこうとした回転寿司の店はこのまま右の道を少し歩けばつく。そして紫の視線は左の道へ向いていた。左の道に何があるんだっけ?と思いだしてみてはたと気付いた。ま、まさか……。



 左の道を行くとすぐにラブホテル街だった。



「田辺さん、なにか誤解してない?」

「私を甘く見ないでください。渋谷に行くと聞いてからネットで渋谷の情報を調べたんですよ。特に危なそうな所を中心に。ここ左に行くと……」


「右だよ、右。この先に田辺さんの好きな回転寿司の店があるんだ。店内の皿ほとんどが1皿100円の激安店で……」

「慌てる所が怪しいですね。寿司で釣ろうとしたってそうはいきませんよ」


 疑いの眼差しで絶対動くもんかと強情をはる紫を説得できず、結局目の前のパスタ屋に入る事にした。完璧なデートプランが、初めから頓挫した。ああ、こんな場所を選んだ過去の俺を呪いたい。


 不幸中の幸いだったのは、入ったパスタ屋が激安だったのと、もちもち太麺が値段の割にかなり美味しかったため、紫が店を大いに気に入り機嫌が直った事だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ