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難攻不落彼女  作者: 斉凛
第6章 短編集2
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嵐の前の静けさ

 5月・初夏。爽やかで過ごしやすい季節。譲司は大学の構内で昼間から全然爽やかでない人に遭遇した。


「朝比奈先輩どうしたんですか?」


 思わずそう呼びとめてしまうぐらい、いつもと様子が違う朝比奈だった。

 久しぶりに顔を見たが、元々痩せてるのにさらに痩せて、やつれたと言っていいくらいだ。表情もかろうじて笑顔だったが、力のない薄笑いだった。


「ちょっと疲れてるだけだよ。今日はもう帰って寝る」


 朝比奈はそう言ってゆっくりと去っていった。今はまだ昼休みだ。午後の授業ない日なのかな?と首をかしげながら、その時は気にも留めずに午後の授業に向かった。



 午後の授業がすべて終わり、これからどうしようかと考えていた。本当なら紫に会いに行きたい所だが、確か彼女はすでに今日の授業は終わっているはずだ。もう帰ってしまっているだろう。

 そう思っていた所、視界の片隅に移った映像に首を傾げた。

 紫が歩いていた。しかも彼女らしくなく不機嫌さをストレートに顔に出したまま。どうしたのだろう? 気になって声をかけた。


「田辺さん。どうしたの?」

「柾木先輩。朝比奈先輩知りませんか?」


「ああ。朝比奈先輩なら昼休みごろに帰ったけど」

「はっ? あの人午後の授業あるのに、サボったんですか! まったくどうりで1時間探しても見つからないわけだ……」


 紫の言葉に俺は驚いた。大学生が授業サボるなんてよくあることかもしれないが、朝比奈に限ってはそうではない。なにせ普段は真面目な優等生を演じきっているのだから、無遅刻無欠席無早退が当たり前。授業のない時間にどこかに隠れて昼寝する事はあるが、寝過ごして授業に遅れた事もなかった。

 その朝比奈が授業をサボった。そういえばあの時の朝比奈は何かおかしかった。ひょっとして体調が悪かったのだろうか?


「田辺さん。朝比奈先輩具合悪いのかも。大丈夫かな?」

「別に倒れたとかじゃなく、自分の足で普通に帰ったんですよね。だったらほおっておけばいいじゃないですか。子供じゃあるまいし」


 朝比奈にはとことん容赦がない紫だ。そんな彼女がなぜ1時間も朝比奈を捜しまわったのか?


「どうして朝比奈先輩を探してたの?」

「古谷教授に頼まれたんですよ。朝比奈先輩、提出期限切れてるのに論文出してないわ、ゼミも休みがちだわで教授が心配してて」


 俺はますます不安になった。あの優等生を演じてる朝比奈が急にそんな素行不良になれば、古谷教授でなくても心配になる。

 上条先輩に連絡した方がいいだろうか? と思ったがすぐにやめた。

 確か4月から営業に配属になって相当忙しくなったと聞いている。4月頃に送ったメールの返信が最近やっと帰ってきたぐらいだ。

 時間のない中ではっきりしたこともわからないのに、心配させるような連絡をするのは上条先輩に悪い。本当に何かあったら朝比奈先輩が直接上条先輩に連絡してるだろう。


「仕方ないですね。私古谷教授に報告してきます。とうとうあの男の化けの皮が剥がれはじめましたって……」


 意地の悪い笑みを浮かべる紫がどんな『報告』をするのか。心配になった俺は紫に「邪魔です」と邪険にされたがついていくことにした。



「というわけで、堂々と授業をサボってさっさと昼には帰ったそうです。先生の貴重な時間を使って、朝比奈先輩の事に頭を悩ませるなんて、そろそろ辞めた方がいいですよ」

「そうですか。朝比奈君がとうとう授業を休みましたか……」


 紫の悪意を含んだ意見を聞きながら、古谷教授はこめかみに人差し指をたてて押さえ、まるで頭が痛いというようなジェスチャーをした。


「様子がおかしかったし、きっと体調が悪かったんですよ。今まで真面目に授業出てましたし、論文とかちゃんとだせば問題ないですよね」


 紫とは反対に俺は一生懸命、朝比奈を弁解をしようとしたが、古谷教授の顔色はすぐれなかった。


「一時的な事だったらいいんですけどね……」


 古谷教授は窓の外に目をやる。放課後に帰宅する生徒達の姿を眺めてしばらく沈黙していた。


「私も今までいろんな学生を見てきましたが、真面目な優等生が壁にぶつかって、ぽきりと折れて挫折してしまう事もありますからね。最近の朝比奈君の論文のできもよろしくなかったし……。研究に息詰まる事は研究者を目指すなら、誰しも通る道ですから、後は朝比奈君本人が頑張るしかないですね」


 朝比奈の様子がおかしかったのは、壁にぶつかっていたからなのか?もしそうなら俺たちにできることなんてないのかもしれない。


「田辺さん。手間をかけてすみませんでした。忙しい時期に」


 そう言って古谷教授は少しだけ微笑んだ。田辺さんになんだか意味ありげな視線を送っている。


「田辺さんも学業が疎かにならない程度に頑張ってくださいね」

「ご存じなんですか?先生」


「私も同業者ですから」


 紫が目に見えて戸惑っている。俺の方をちらっと見て困った表情をした。まるで俺に聞かれたら困るとでも言いたげな雰囲気だ。

 なんだろう? とても気になったが古谷教授はそれ以上何も言わなかったので、俺も何も聞けなかった。



 教授室を出てそのまま二人で帰る流れになった。並んで歩いていたら突然紫が立ち止まった。どうしたんだろうと首を傾げたら、真剣な表情で俺を見上げていた。


「先輩。私に英語の勉強教えてください」

「いつも教えてるよね?」


「学期末の試験対策です」

「試験って7月だよ。まだ1カ月以上時間あるのに」


「今回はどうしてもいい点数取りたいんです。はやめにみっちり教えてもらえませんか?」

「いいよ。でもどうしたの?」


 紫は俺の問いに答えず微笑みでごまかした。そういえば古谷教授が忙しい時期って言ってたけど、何かあるんだろうか?


「お礼はします。試験が終わったらどこかに行きませんか?」

「それって2人でデート?」


 桜の咲く頃にフリーマーケットをした以来、学校の外で会っていない。あの時もデートだと思ったのに、結局利用されただけだったので、今度も何か企んでるのかと警戒した。


「どこか行きたい所があるの?」

「いいえ。今回は全部先輩にお任せします。1日どこか遊びに行きましょう」


「え? 本当に? 嘘じゃないよね? 大丈夫? どこか具合悪いとか」


 紫の言葉を素直に信じられずに、俺は思いっきり疑いの眼差しで聞き返す。すると紫は少しむくれた顔をした。


「別に嫌ならいいです」

「嫌じゃない! すごい嬉しい。勉強頑張ろう! 成績アップで試験終わらせて、楽しいデートしよう。さあてさっそく今から勉強しようか」


「先輩って単純ですね。やっぱり犬みたい」


 紫は意地悪な事を言いながら笑った。その笑顔は作り物ではない、心からの笑顔に見えた。


 その時俺は何も知らなかった。紫の考えている事、朝比奈先輩や上条先輩達の事、これから待ち受ける様々な事を。

 ただ紫との久しぶりのデートに浮かれて、平和な日々を満喫しているだけだった。嵐の前の静けさだとも知らずに。

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